絶望の帰り道
空那は街を走っていた。
炙山家からどうやって出たのか、覚えていない。
走りながら、空那は異常に気づく。
街が……あまりにも、静か過ぎるのだ。
耳を澄ましても、どこからも生活音は聞こえない。人の話し声も、テレビの音も、車の走る音さえも。
計画とやらが動き出して、どれほどの時間がたったのだろう?
道に、老人が倒れているのが目に入った。その首筋に、細い何かが取りついてグニグニ動いている。慌てて掴み上げると、それは長さ7センチほどの、ハリガネのような物体だった。
「痛っ!?」
ハリガネが動き回って先端が手に食い込み、悲鳴を上げる。引っかかれた傷を中心に、鈍い痺れが広がった。
空那は驚いて振り払う。
地面に落ちると、それはカサカサと気持ち悪い動きで、壁を登って逃げて行った。
なるほど……これが首筋に噛み付けば、昏倒するという仕掛けらしい。
怖くなった空那は、傷口を押さえて家へと急いだ。
途中、人の頭くらいの大きさの影をみて、ギクリと立ちすくむ。それは先ほどのハリガネが、幾重にも巻きついて形作られた銀の塊だった。
銀塊は、その身体から触手のような腕を伸ばすと、まるで猿のように電柱を登り、壁の向こうへ消えていった。塀の上にいた野良猫が、毛を逆立てて威嚇する。
アーケード街は、横たわった人たちで溢れ返ってる。その光景は妙に現実感のない、シュールな恐怖に満ちていた。電柱の陰で怯えた犬が、情けなく鼻を鳴らして悲鳴を上げる。
日常の破壊……これは、悪夢だ!
必死に走り、家に飛び込むと、母親が倒れていた。
食卓の上には、湯気を上げる夕食が並んでいる。
「母さんっ!」
慌てて抱き起す。例のハリガネは……体に引っ付いていないようだ。だが、目を開けない。
「母さん! 起きてくれ! ……頼むよっ!」
何度呼びかけても、揺すっても、頬を叩いても、目を覚まさない。
空那は、諦めて立ち上がる。青ざめた顔で階段を駆け上がり、砂月の部屋へと飛び込む。
「砂月っ、無事か!?」
怒鳴ると、ベットの上の盛り上がった毛布が、びくりと跳ね上がる。
空那は毛布に呼びかけた。
「砂月! ……そこにいるんだろ? 出てきてくれ! お前の顔を、俺に見せてくれ!」
真剣な声で、必死に何度も呼びかける。
しかし、砂月は出てこない。
……おかしい。
砂月が空那の呼びかけを……こんなにも無視することが……あり得るだろうか!?
街中で見かけた銀塊が、脳裏に浮かぶ。
毛布の中にいるのは、本当に砂月なのか?
嫌な予感が……それも、今までにないほど猛烈に嫌な予感が、彼の頭をよぎった。
それは、最低最悪の想像。
決して、あってはいけない未来。
空那は震える足に必死に力を込めて、覚悟を決めると一歩踏み出した。
そして、ゆっくりと手を伸ばし……勢いよく、毛布をめくった!
「は、はえええ? ご、ごめんなさいぃっ!」
そこには空那の下着を握り締めた砂月が、目をつぶってブルブル震えていた。
……空那は、別の意味で血の気の引いた顔で言う。
「……あの。お前、なにやってんの?」
砂月は、なにも答えない。
空那が、本当に、真剣に、いくら考えても、まったく意味がわからないと言った顔で……確かめるように、砂月に問いかけた。
「おい、砂月? それ、俺のパンツだよな? お前さ、さすがにパンツはないだろ、パンツは!? 兄のパンツを無断で持ち出すって……なあ、冷静に考えてみて、どうだ? それやっちゃうのは女の子として、あまりに『下品すぎる』って思わないか? ……ねえ、砂月。俺の……おにいちゃんの言ってる事ってさ、おかしいかな?」
砂月の頬を、大粒の汗がツツーっと伝う。
「あ? あー、いやー、うん。……そ、そーだよねぇ? 今回ばかりはアタシも、全面的におにいちゃんが正しいと思う。……う、うーん? ちょーっとこれ、無理だなー? い、言い訳できないや……うんっ」
「……もうどうせ、怒っても無駄だろうから、怒らない。だからその下着、どこから持ってきたのか、ちゃんと俺に話してみろよ?」
空那が無表情に促すと、砂月はエヘエヘと焦り笑いを浮かべながら話し始めた。
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