炙山家の歴史
アニスが、空那にもらったコロッケをみつめる。
彼女はコロッケを半分に割って、片方を空那の皿に乗せた。そして、自分の皿に残ったコロッケをサクリと齧った。
炙山父が、話を続ける。
「ある日、生後間もない地球人の女が、社の前に放置された。置いていった人間は、遠くへ行ってしまった。戻ってくる気はなさそうだった。
よって私はそれを、私への『贈り物』と判断した。
その女こそが、そこにいるアニスの祖母にして、姉である」
……ん?
なんだろう?
今、なにか、炙山父が、妙な事を口走った気がした。
空那は、コロッケを齧りながら尋ねた。
「あ、あのう、えっと……? 『祖母』なのに、『姉』っていうのが……? よく、わからんのですけれど……?」
その疑問に、炙山父がコーヒー牛乳をドボドボと穴に流し込みながら答える。
「それは、今から説明する。
私は女を育て始めた。女に子供を作らせるためだ。
それは、私の身体情報を混ぜた胎児だ。宇宙人と地球人のハイブリッド種族だな。
私の狙いは地球上に、かつての私に匹敵するだけの演算能力を持った個体を、生み出す事であった。
しかし、狙いは失敗した。生まれた子供は、明らかにかつての私よりも劣っていたのだ。
どうやら、私の身体構造と地球人は違い過ぎて、うまく混ざらなかったらしい」
空那は口に運ぼうとしていた豚肉を途中で止めて、ビックリして叫ぶ。
「えっ、それじゃ、炙山父さんは、アニス先輩の『育ての父』ってわけじゃなくって……『本当のお父さん』なんですか!?」
「そうだ。アニスにも、私の身体情報が多く混じっている。だが分類するならアニスは、身体的にも概念的にも……まだ地球人と言えるだろう」
「それじゃアニス先輩って、宇宙人とのクォーターなんですか!? すげえーっ」
アニスには、宇宙人の血が混じっていたのだ!
空那はアニスを、驚愕と尊敬のこもった目でみつめる。炙山父は、空那が落ち着くのを待たずして、話を再開する。
「今、話したように、ハイブリッド種族を作る計画は、期待した結果がでなかった。
だが、私は諦めなかった。『私』の純度を高めていけば、いずれは限りなく、『私に近い存在』が生まれるはずだ。
そこで、生まれた子供が充分に成長したら、それを『母親』に、さらに私の身体情報を混ぜ合わせて新たな子供を作らせた。私は、同じ手順を繰り返したのだ。
つまり、『母体』の世代は変わっても父親は私になるのだから、何世代続こうと、理屈の上では『姉』である」
先ほどの驚愕も冷めやらぬ中で、突如明かされる
「……え? うえええっ!?」
(そ、それって……炙山父は、自分の『実の娘』と子供を作ったってこと!? いくら宇宙人のやることだからって!?)
長く……本当に長く沈黙した後で、空那は口を開いた。
「ア……アニス先輩も……その。『母体』…………に、なる予定なんですか?」
それはもしかしたら、炙山家にとっては当然の行為なのかもしれない……けれど空那は、嫌だったのだ。
答えは、即座に返ってきた。
「アニスは、『母体』にならない」
空那は、ホッと胸をなでおろす。
「そ、そっか! アニス先輩は、ならないんだ! そうかぁ! ……ふぅー」
そして乾いた喉を潤すため、コーヒー牛乳を飲んだ。こってりと甘い液体で喉を潤してから、次に気になっている事を尋ねる。
「えっと。炙山父さんは、なんの為にそんな事をしてたんですか?」
その問いに、炙山父は酢豚のピーマンを脇に避けると、タケノコをつかんで答えた。
「私は、この星を出たいのだ」
「宇宙に……帰りたいってことですか?」
炙山父はタケノコを放り込みながら、目を光らせた。
「その通りだ。以前の私は、宇宙を自らの能力によって渡り歩いてきた。あの広大な宇宙こそが、私がいるべき場所と感じてる。
しかし、地球人に半身を奪われた今の私には、不可能だ。
そこで私は、『自らの失われた器官に匹敵するだけの能力』を、別の方法で手に入れることにした。つまり、『新しい私の半身』を作ることにしたのだ。
それは、『ケイ素的な素材』と様々な『有機物』で構成される。
設計には、とても長い演算が必要だった。アニスの母も、祖母も、交代で演算し続けた」
空那は首をかしげた。
なんだか……言ってることが回りくどすぎて……また、あまりにも壮大すぎて、よくわからない。
そして、なぜ自分がここに呼ばれたのかも……まだ、わからない。
炙山家にまつわる、そんなドス黒い歴史を聞かされるためだけに……呼ばれたのだろうか?
そんな空那の戸惑いをよそに、炙山父はさらに続ける。
「君は、私にとっての
まさかこの星に、かつての私に匹敵するほどの演算能力を備えた生物が存在するとは思わなかった。
君は、非常に優れた固体である事は間違いない。
あのノートは完璧だった。おかげで演算を、20年も短縮できた。
私は君に……敬意と感謝を表したい」
そこで空那は頷き、手をポンと打つ。
「ああーっ! ようやく、わかったぞ! ええと、つまり……俺が見せてもらった、あのノート。あれを、俺が完成させたから、お礼を言う為に、呼んだって事ですか!?」
炙山父は、しばらく黙った後で答えた。
「平たく言えば、そういう事だ」
「なぁんだ! そんな事ですか。いいっすよ、別に。お礼なんて!」
あんなの、自分でもよくわからないで、なんとなーくやっただけなのだ。
まったく苦労しなかったし、大変でもなんでもなかったんだから、礼なんて言われても、逆に困ってしまう。宇宙人って、意外と律儀なんだなぁ、空那は笑顔で手を振る。
しかし、炙山父は……まだ、話をやめない。
「私は生存本能に従って、危険なこの地を旅立たなければならない。
この星が私より奪ったものは、あまりにも大きい。
今さら返せと望むべくもないが、せめて旅立つために、協力はしてもらう」
まだ何か必要らしいと聞き、空那は首を傾げて聞き返す。
「えっ? あのノートで完成じゃないんですか!? あと、何が必要なんです? 俺に手伝えるかな……? で、その、協力と言うのは?」
ふと気づくと大皿の上には、もうほとんど食べ物が残っていなかった。
炙山父は、そのわずかに残った最後の食物を、大皿ごと胸の穴に入れ……こう言った。
「現在、この街にいる8596人と胎児が162体。彼らには、『私の新しい器官』の『部品』となってもらう」
『人』を『部品』にする。
その無機質な響きに、空那の背筋をゾッと恐怖が貫いた。
「……は? そ、それ……どういう意味だよッ!?」
炙山父は、空那の怒鳴り声に怯むことなく、淡々と返す。
「理解できるだろう? そのままの意味だ。この地域の住人には、気の毒に思う。
その上で、君に感謝の意を示す。
明日の七時までに助けたい人を連れて、この地域より離れてほしい。24人までならば、誤差として修正できる。見逃そう。
それが、君への感謝だ。
本当は、もっと報いたいのだが、私の生存本能は、一刻も早くここを離れよと命令している。もはや、抑えられそうにない」
空那には、炙山父の言葉が、よく理解できない。……いや、したくない!
急激に乾いていく口で、空那は呆然と呟く。
「お、おい……待てよ。な、なんか……話が、すごくおかしいぞ……? これ……どこで、おかしくなったんだ!?」
おかしい……絶対におかしい!
なんなのだ、これは!?
さっきまで、それなりに平和に食事をしてたのにッ!
たった数分で、一気に状況が変わってしまった!
……それも、想像もつかなかったほど、最悪な方向に!
炙山父は、衝撃で震える彼に言う。
「待てない。おかしくもない。
順序立てて、丁寧に説明したはずだ。君は、理解に努めると約束しただろう。
もう一度、同じ説明を繰り返してもよいが……すでに、計画は発動しているぞ」
空那はもう、自分がとんでもない勘違いをしていたと、認めざるを得なかった。
彼は、「ありがとう」「どういたしまして」と言った、そんなほのぼのした平和な用件で呼ばれたのではなかったのだ!
そして、同時に理解する。
自分が、なにに手を貸してしまったのか……あのノートの数式を解くという行為が、どんな事態を生み出すか。
罪悪感と混乱にクラクラと揺れる頭を、なんとか支えて、やっとの事で問いかけた。
「……ア……アニス先輩は? あんた、先輩の事は、どうする気だよ?」
「アニスは、私のためによくやってくれた。
だが計画後、私はこの星にいない。共に連れて行くには脆弱すぎる。
よって、これまでの母体と同様に廃棄する」
廃棄。その言葉に、空那はいよいよ青ざめる。
そして、ふと廊下に張ってあった写真を思い出した。
「廃棄って……? アニス先輩のお母さんはどうしたッ!?」
「彼女は演算能力が著しく衰えたので、しばらく前に廃棄した」
「だから今、どういう状態かって……」
「今、現時点での状態の事か?
それに対する回答は存在しない。
空那は、アニスを見る。
その目は相変わらず眠そうで、どこを見ているのかわからない。
空那が手を引っ張るが、首を振って立ち上がろうとしない。あきらめて、空那は部屋を飛び出した。その背に、抑揚のない声が響く。
「繰り返す。明日の朝七時までに、24人以内の人間を連れて、この地より離れて欲しい」
その声が届いたものか……否か。
しばらくしてから、箸を置いてぼうっとしている無表情のアニスに、炙山父は言い放つ。
「ご苦労だった。アニス、我が娘よ。
ずいぶんと悲しそうな顔をしているな。
そうか。お前は、深く考えたことがなかったのだな。この設計図の『材料』を、何処から持ってくるのかを。
そして今、彼との会話で伝えた通りだ。お前は脆弱ゆえに、共に連れていけない。
私にとってのお前の存在価値は、今、この時をもって失われた。
……よって、これより廃棄である」
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