魔王、完璧に極まる!

 ……カチャリ。

 空那の部屋のドアが開き、入ってきたのは砂月だ。

 部屋に誰もいないのを確認すると、彼女は頭の中で、魔方陣を展開する。すると魔力を帯びた血液が、一気に体を駆け巡った。

 同時に、変化が訪れる。頭からは角がメキメキと音を立てて伸び、腕はザワザワと獣の色を濃く帯びる。闇の中で目が真っ赤に輝いて、バサリ……虚空から、漆黒のマントが出現した。

 この魔術は、己の身体を不死身の悪魔と融合させる事で、身体能力を飛躍的に高めることができるのだ!

 魔力、攻撃力、防御力は言うに及ばず、視覚、聴覚、嗅覚に至るまで……っ!

 そこにいたのは、魔によって人を超えて王となりし者……『魔王』……であった……!


 砂月は、その恐ろしげな姿でジャンプして、空那のベッドにダイブする。そして、シーツに顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。


「スゥー……ンスゥー。くんかくんかくんかっ! あぁーん、おにいちゃーん! どこ遊びいっちゃったのさっ!? さびしいよう、あなたの砂月が、こんなにも寂しがってますよぉ!? ……くんくんくんっ!」


 彼女は、数倍に強化された嗅覚で、空那の残り香を存分に楽しむ。

 そして、ウヘヘと笑いながら、脳みそをピンク色の妄想に浸し始めた。


「ほらぁ……おにいちゃぁん? もう逃げられないよ? あっ、泣き顔もカワイイねぇ……? んー、でも口では嫌がってても、ここはこんなになってるねぇ? ん……アタシのも触ってみる? 怖い? だぁーいじょうぶ! アタシが、ちゃぁーんと愛してあげるから! うふふっ」


 最近の砂月は、嫌がる兄を強引に襲うのを、お気に入りの妄想のネタとしていた。……かなり、変態的で倒錯的である。ヤバい。恐ろしい。怖すぎる!

 砂月は、空那の毛布に抱きついてクネクネと身を捩った。妄想が加速してるのだ。


「……ね、おにいちゃん……。こ、ここ、どうっすか? いいっすか? そっすか。あ、もちろんアタシもいっすよ? たまんないっす! う……うな、うなな!? うななななぁーんっ!」


 突如、謎の雄叫び上げて身をプルプル震わせ……パタリとベッドに突っ伏した。それから妄想遊戯を一旦中止して、ごろり、寝返りを打って、妙に冷めた声で呟く。


「……あーあ。いっそ今夜あたり、ホントにヤッちゃおうかなぁー? もーっ、めっちゃくちゃに愛してあげたい! 前世でヤッてたみたいに無理やりっぽく、泣いて嫌がる顔を、可愛いよ、綺麗だよーって褒めまくり、イジメまくりながら、 一晩中、愛し合いたいよぉっ! ……はぁ。でも、それやると……決定的に嫌われるかもだしなー?」


 誰もいないと思って、もう完璧にやりたい放題だった。極まりすぎている。

 そしてまた、ごろりと寝返り。と、その時だ。暗闇でも見えるように視覚を強化している彼女の目が、床に落ちてる物体を捉えた!


「!?」


 ごろごろーん。砂月は驚いて、ベッドから転げ落ちる。彼女の目が捉えたもの……それは、空那の下着であった。

 震える手を伸ばしながら、彼女はひとりごちた。


「こ、こここ、これ、おにいちゃんのパンツ!? な、なんでこんなとこに落ちてるの? ごくり。こ、このウッスゥーイ布が……お、おにいちゃんのアソコを包んで……? ふぅ、ふぅ、ふぅー……こ、こ、これの匂い嗅いじゃったら……ア、アタシっ、ど、どどどっ、どれだけトリップできちゃうんだろっ!? も、戻ってこれるのかなぁ!?」


 そう考えた瞬間に、頭の中がピンク色に染まって……気がついたら、パンツ握って自室で毛布被ってたわけである。で、いざ、パンツで遊ぼう! と思った瞬間に、空那が飛び込んできた。


 とまあ、これが実際にあったことなのだが……さすがに彼女も、これを全部素直に言うわけない。

 言ったら、死ぬ。いろんな意味で死ぬ。いくらなんでも、生きてけない。

 そこで、当たり障りのない感じに脚色し、もう全部が嘘ともいえないくらいに本当を混ぜ込んで、


「いやー、なんかね? 寂しくっておにいちゃんの部屋に入ったらね? 床に、これが落ちててさー? 本当だよ!? それで、つい、反射的に持ってきちゃったのー。……あっ! でも勘違いしないで。これきっと、洗濯した後のパンツだよ。たぶん、お母さんがタンスに入れようとして、落としちゃったんだと思うんだ。うん、さすがに使用済みじゃないよぅっ! ほら、アタシだって乙女だもん! そ、そこまで下品じゃないよぉ?」


 などと、薄笑いを交えた真っ赤な顔で、弁解になってない弁解をした。

 そんな妹に、空那は冷静にツッコミを入れる。


「いや。兄貴のパンツ持って、使用済みがどうとか言ってる時点で、お前、下品の極みだからな?」


 なんだか、すべてに疲れてしまい……空那は、はぁーっと息を吐いた。

 その時。階下で、玄関のドアが開く音がした。

 背筋を緊張が走った。何者かが、階段を上がってくる。

 空那は、砂月の部屋のドアを静かに閉めると、息を潜めて、手近にあった椅子を高く持ち上げた。

 砂月は何が起きたのか、きょとんとした顔で見ている。

 空那は、しぃっと口に手を当てると、身構える。

 ギシギシと廊下を歩く音。気配が、近づく。

 そしてドアが開き、影が見えた瞬間、空那は椅子を思い切り振り下ろした!


 ――ギィンッ!


 刹那、光が瞬き、床に両断された椅子が転がる。その陰から姿を現したのは……、


「ゆ、雪乃!?」


 強く奥歯を噛み締めた、雪乃だった。

 雪乃は、怒りに燃えた目で砂月を睨む。


「ついに、やってくれたわね! 魔王シェライゴスっ! これは、どういうことなの!?」


 砂月は、目を丸くして首を傾げる。


「はあ? ……どういうことって、どういうことよ?」

「たった今、この町で起こっている異変に決まってるでしょッ!」


 怒鳴るや否や、手に持った得物を突きつけた。

 白刃が煌き、目を眩ませる。

 雪乃の手に握られていたのは、いつかのビニール傘とは比較にならないほど凶悪な武器……どこで手に入れたのか、白鞘の日本刀だった。

 空那は、慌てて仲裁に入る。


「い、いや、ちょっと待て! そりゃあ濡れ衣だ! あのな、砂月は無関係なんだ!」


 雪乃は、戸惑ったように空那の顔を見てから、また砂月に視線を戻す。


「空ちゃん、だって無関係って……? こんな異常事態を引き起こせるのは、そこにいる魔王くらいでしょ!?」


 見に覚えのない言いがかりに、砂月は口をポカンと開けた。


「ふぇえ? い、異常事態って……なにそれ。アタシ、なんにも知らないよう……むぅ?」


 顔色が変わる。そして、


「……ほう、なるほどな」


 言葉と共に毛布を跳ね上げ、ベッドから立ち上がる。

 バサリ、闇色のマントが翻る。頭上に凶悪な角がメキメキと伸び、腕が獣を思わせる凶悪な物へと変貌する。両目が怪しく赤く輝き、喉の奥で獣のような笑い声が響いた。


「ぐふっ! ふ、ふふふ……! クク……面白いっ! つい、おにいちゃんのパンツに夢中になってて、今の今まで全然気づかなかったわけではあるが……確かに、なにか異変が起こっているな?」


 それから拳を握り、胸を張っていう。


「ククク。誰だが知らんが……身の程知らずとは、まさにこの事っ! 覚悟するがいい! この魔王であるアタシが、貴様に制裁を加えてやるわ! あーっはっはっはぁ! ふはーっはっはっはっはぁ!」


 高笑いをする砂月の右手から、空那は素早く自分のパンツを奪い取った。

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