第2回ユーマチ会議(議題は『人生』について)

 休日であった。

 場所は、近所の自然公園。芝生に敷いたレジャーシートに、空那ら三人は座っている。かたわらにはファーストフード店で買ったハンバーガーやフライドポテト、シェイク等が置いてあった。

 この公園は、町の恋人たちや家族連れの憩いの場となっており、遠くの方に夜景が綺麗と評判の高級ホテルの『ミモザホテル』が、でーんと突っ立っているのが見える。


 通りすがりの猫が尻尾を揺らしてニャアと鳴き、可愛いセキレイがテテテと走り餌をついばばみ、木々は風にサワサワと枝を鳴らす……お日様も笑ってる。みんなも笑ってる。るーるるるるっるー、実に平和で、いい天気です……とまあ、これだけ整った素晴らしいシチュエーションだと言うのに、まーた今日も今日とて、砂月と雪乃は飽きずに言い争いをしていた。


 ダボっとパーカーにミニスカート、黒タイツの砂月が立ち上がり、腰に手を当てると雪乃を見下し、哄笑をあげる。


「ふはははは! 愚かな奴め! 個人の力量を見極めて適切な仕事を与え導けば、争いは起こらぬ!

 ゆえにッ! 平和とはッ! 絶対なる強者による、力による支配ッ!」


 白いタートルネックにふんわりジャンパースカート、カンカン帽の雪乃も立ち上がり、指を突きつける。


「異議あり! あなたは間違っている! 魂を束縛されての平穏などありえない!

 ……確かに、指導者の存在は必要だわ。社会的なルール、模範となるべき正義……それらがなければ、健全な世界は維持できないものね。

 だけどっ! どの指導者に従うかは、本人の自由意志であるべきよ! あなたの唱える唯一絶対主義は、明らかにおかしい!」


 砂月が八重歯を剥き出して怒鳴り返す。


「おかしくなどないッ! 虫を見るがいい! 女王蜂を守る超効率的コミュニティっ! 野生の世界を見渡してみろ! 群れを統べるのは最強の雄っ! 強く正しく絶対的なリーダーこそが、民の求める真の姿だ!」


 雪乃が口角泡を飛ばして力説する。


「いいえ! 人は、虫でも動物でもないわ! 相対的に何が正しいか判断できなければ、物事の本質を見失う! 自由と決断こそが大事なのよ! 縛られた生の中に、幸せなどありはしない! それは、全て偽りだわ!

 そう……例え辛くても、人は戦い続けるの……抗って頑張って、自らの手で選んで勝ち取って……そうして何かを掴み取ってこそ、喜びを感じることができるのだわ!」


 砂月が勝ち誇ったように大声で演説する。


「あーっはっは! だから、貴様は愚かだと言うのだ! 相対的だと!? この世界の何処に、唯一にして完璧な我と、比肩し得る者がいると言うのだ!?

  えーとねつまり、あれよ……今のアタシの頭でもわかるように言い直すと……最強かしこいナンバーワン! ふれっふれ砂月ちゃん超かわいい! ゆえにアタシは魔王なのだっ!

 自由があれば、人は堕落する! アタシの命令に従えば、どんな無能なウスノロだろうと、偉業の一端を担う事ができる!

 人は、全ての頂点に君臨する我が姿を見て、その生の終わりに涙するだろう……嗚呼、あの偉大なる魔王様のお役に立てた、あのお方の礎となり、貢献できたと……それこそが喜びである!」


 そう言うと突然、砂月はニヘニヘっと笑って空那の腕に絡みつく。


「ねぇー? おにいちゃんは、アタシの言ってること、わかるよねぇー? 進路指導のプリント、将来の夢に『地方公務員』って書いてたもんね? 自分の頭で考えるよりも、上から言われた仕事を作業的にやって、冒険せずに決まったお給料もらう人生が、一番楽でいいよねぇ?」


 空那は言葉に詰まる。唇を噛みつつ、一応、心の中で反論する。

(くっ……公務員のなにがいけない!? 最近は倍率、高いんだぞっ!)


 雪乃が慌てて反対側の腕を取る。


「空ちゃん、進路希望の大学、中堅どころだもんねっ? 先生に、『もうちょっと勉強がんばれば上のランクいけますよ』って言われてたのに、勉強嫌いだから無視して中堅! 指導者の言葉を無視して、学歴よりも遊びを優先。これこそ魂の自由だわ。本当に偉いっ!」


 空那、またも絶句。だが一応、心の中で憎まれ口。

(ちゅ、中堅舐めんなッ!? 雪乃のやつめ……自分が、成績のいい優等生だからってよぉ!)


 二人はどんどん言い合いを続ける。空那はそれを聞きながら、しみじみと考えた。


(……ああ。なんだかこの二人って、実は昔から、こんなんだった気がしてくるなぁ……)


 この間のアニスと弁当の一件もそうだが……結局、二人は空那の前で猫かぶってただけで、今みたいな一面は、時折かいま見えたような気がする。

 例えば、雪乃と遊んでいる時。

 あるいは、砂月と喧嘩をした時。

 三人で、ゲームに熱中してる時。

 今みたいに、感情むき出しで突っ掛かってきた事は、これまでも何度もあった。


 空那は、前世騒ぎからこっち、急に二人が別人になってしまったような気がして、とても寂しく感じていた。だが……もしかしたら?

 それはたんなる、思い違いだったのかもしれない。

 今まで隠れていた部分が遠慮なしに表に出てきただけで、二人の人格は、なーんも変わっちゃいないのかではないか?

 だとすれば、勝手に寂しがって余所余所よそよそしい態度を取るなど……なんと、狭い視野と了見だったのだろうっ!?


 空那は深く反省しつつ、二人の事をもっと知ろうと耳を傾ける。

 二人は褒めてるつもりなのか、自分が正しいという事を主張するために、空那のだらしない所、抜けてる所、過去の失敗や将来への不安と、辛らつな言葉を交互に紡ぐ。


 周囲の人々の視線が痛い。

 心の傷は、もっと痛い。


 いかに彼がダメ人間であるか、未来は真っ暗であるかと、少女二人に事細やかに大声で過剰に宣伝され、空那は鼻の奥がすんごく痛くなってきた。


(……あ、これダメだわ。泣く)


 脳裏に浮かぶのは、アニスの控えめでおとなしい優しさ、純朴さ。

 ついには滂沱ぼうだの如く止めどなく流れる涙を、少女達は「自分への感動の涙だ! 嬉しいっ!」と言い合い、空那を押し倒す。

 二人は興奮して大胆に脚を絡ませ、胸を押し付け、両手で体をまさぐって、時には赤い顔で頬ずりし、空那を揉みくちゃにしまくった。それに煽られ他のカップルもラブラブいちゃいちゃおっぱじめ、子供連れのお母様方は「アラマ、見ちゃいけません!」と慌てて我が子の目をふさぐ。

 小声で「ちくしょう、ちくしょう」と呟きながら、晴天の下で美少女二人に抱きつかれ、まったく嬉しくない空那だった。

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