お弁当はどこへ消えた?
翌日の放課後。
校門前で空那を待っていた砂月に、雪乃は頭を下げて事情を話す。
空那に、前世で魔王が人質をとった話を、つい漏らしてしまったと。
それを聞いた砂月は、腕を組み、鼻を鳴らして笑った。
「ああ! ……あんたが話したのね。別にいいわ」
その言葉に雪乃は戸惑う。
「え? ……怒ってないの?」
「怒らないわよ。だって、本当の事だもん! まあ、それでおにいちゃんに嫌われたら、復讐として、あんたの家に火をつけるとこだったけど」
「……そ、それはやめてよ」
「でもさぁ、これで確定したねっ! やっぱりおにいちゃん、全然覚えてないんだなぁ……」
残念そうなその言葉に、雪乃は首を傾げて聞き返す。
「それって、前世の事?」
「そう。昨夜ね、『おぼろげになんか、思い出した気がするうー』とか言ってたのに。あーあ、ちょっと期待してたのにぃ……それに、それにぃっ! おにいちゃんがアタシに嘘つくなんて!? う、ああーっ、ショックぅー!」
砂月は、前世の悪行を暴露された事よりも、空那に嘘をつかれた事の方が気になるようだ。
と、うんうん唸っていた砂月が、不意に顔を上げる。そして、勝ち誇ったように笑った。
「あ! そういえば……あんたもお弁当、渡してるんでしょ? アタシの作った分、昨日も一昨日も残さず食べられてたよ! へへーんだ、勝ったぁーッ!」
雪乃は驚いた。
「えっ、砂月ちゃんもお弁当作ってたの!? 私のも綺麗になくなってたけど……?」
その言葉に、二人そろって首を傾げた。
「……んえっ? どゆこと?」
「空ちゃんが……お弁当を二つとも……平らげた?」
「え? えええーっ? ありえなくない? フードファイターじゃあるまいし、どんだけ大食いなのよ!?」
彼の胃袋は、『宇宙』なのだろうか?
「おにいちゃん……家でお夕飯、普通に食べてる。昨日なんか帰ってきてから、ポテチまで食べてた」
「ゲームセンターに遊びに行った時も、自販機でたこ焼き買って『この安っぽい味がいいんだよね!』ってパクパク食べてた」
砂月が目を丸くする。
「えーっ!? いくらなんでも、お弁当二つも食べて、そんなにお腹に入らないと思うっ!」
「私もそう思う。だったら、一人分のお弁当が、闇に消えてるってこと?」
雪乃の言葉に悩んだ末、砂月がおずおずと言う。
「捨ててる……わけ、ないよねえ!?」
「ええ。それは、空ちゃんに限ってありえないでしょ。彼の性格から言って、残った食べ物をゴミ箱に捨てるわけないもの」
「そーだよねー? お茶碗に残った米粒も、綺麗にさらって口に入れるよ。アタシがお菓子食べ過ぎてご飯が食べ切れない時だって、もったいないなーって文句言いながら、無理して食べてくれるもん! あぁ、深い愛を感じるなぁ……」
「その、深い愛とかいう勝手で愚かでエゴイスティックで極めて偏向的かつ自己中心的な見解は置いといてよ? もしも食べきれなかったら、空ちゃんならば素直に謝ると思わない?」
雪乃の言葉に、砂月は何度も頷く。
「うんうん! アタシも、おにいちゃんなら残しちゃったら、『食べきれなかったよ、ごめんなー』って、素直に謝ると思うなー」
「そうよね? ってことは、食べてもない、捨ててもない、残してもない……」
「じゃ、じゃあ……アタシ達のお弁当は……一体、どこに、いっちゃったん?」
では、一人分の弁当は……何処へ消えた?
二人にとって手作り弁当は、単なる食べ物ではない。
あれは、空那に対するラヴ的シンボルなのだ。
こんなことがあっていいわけない!
謎の弁当消失ミステリーに、『?』と考え込む二人。
と、そんな雪乃の背中を、誰かがポンと叩く。
振り向くと、そこにいたのは友人の
楓は、そんな雪乃を心配してか、こんな事を言い始めた。
「ねえ、ゆっきー。この前の朝、空那君と喧嘩してて心配してたんだけど……ついに別れちゃったんだね。残念だったねえ。ゆっきーなら、すぐにいい人みつかるよ! 紹介しようか?」
気の毒そうなその言葉に、雪乃の頬が引きつる。
「……そ、そんな必要ないわ。べ、別に、空ちゃんに嫌われたわけじゃないもの……」
すると、楓は不思議そうに首を傾げる。
「あれぇ? でも、空那君、屋上で新しい彼女と楽しそうにお弁当食べてたよ? 小さかったから、多分、下級生じゃないかな?」
途端、雪乃と砂月から剣呑なオーラが噴き出した。
楓は、目を見開いて「ひぃ」と悲鳴を上げ、後ずさる。
雪乃が一歩前へと踏み出し、低い声で尋ねた。
「……ん? それ、どういうことよ? ねえ、かえちー。ちょっと、詳しく聞かせてくれる?」
「いや、だからね。屋上で、小さな女子と一緒に、お弁当食べてたの。すごく楽しそうに……その……むにゃ」
後半は、言葉にならなかった。
さて、突然であるが。雪乃の友達、かえちーこと楓の趣味は、日本の偉人や武将、剣豪の逸話、時代小説を読むことである。
日本史の教科書は授業中の合法的娯楽として当然熟読し、鬼平犯科帳や真田太平記なんかの有名どころ、バガボンドやへうげもののような漫画まで、その愛読書は多岐にわたる。
そんな彼女は小学生の頃から、とある剣豪の本を読んで以来、ずっと気になってた事があったのだ。
フラフラと揺れる頭を必死で支えつつ、楓はそっと目を閉じてみる。
……やはり、目をつむっても、肌がしびれるような感覚も体の震えも消えない。
頭から、スッと血の気が引いていくのがわかった。
なるほど。『殺気』と言うものは、本当に肌で感じられるのか。
塚原
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