第57話 戦乙女に捧げる応援歌②

 アルベルトの指揮とザックの打つリズムに合わせ、いざ、とばかりに弦を弾く。

 やはり大型と小型では弾く姿勢も異なるだけに、間違わないように弾くのがやっとだ。

 けれど、演奏に集中しているうちに、次第に周囲の音――サイラスの奏でる美しい笛の音が、耳に入ってくる。そうすると、徐々に緊張していた心も落ち着いてくる気がした。

 それと同時に、自身の弾くハープの音に耳を傾けることができるようになってきた。

 曲に描かれた絶体絶命の危機に陥った騎士たちに、どこか自分が重なる。

 鎧は割れ、体には無数の傷が走り、あちらこちらから血が流れている。

 だけど、守るものがいるから――。思いの力で勇気を振り絞って立ち上がる。

 しっかりと大地を踏みしめるように、一音、また一音。

 ハープの音を響かせた。

 この場が常に音楽が奏でられているダンスホールであるためか、いつもより音が反響し、荘厳なハーモニーが生み出されているように思える。

 そこに乗せるように、アルベルトの滑らかなテノールの美声が響き始めた。


『底知れぬ不安に 足がすくむ

されど私は進もう 夢を追い求めて

進め 進め 心のままに

意気揚々と 大地を蹴って

心晴れやかに 歌をうたおう


襲い来る魔手が 行く手を阻む

されど勇士は立ち上がる 守るべき者のために 

猛れ 猛れ 力のままに

勇猛果敢に 大地を駆けて

闇をも吹き飛ばす 歌を響かせよう


隣に在るは 友の笑顔

どんなに堅い盾よりも 心強く

 どんなに鋭い矛よりも 力をくれる

手を取り合い さあ行こう

明日に向かって 共に進もう』


 不安だった思いはあるだろう。

 英雄であった父の名に、押しつぶされそうになったこともあるだろう。

 それでも、立ち向かってきたのはリューク自身だ。

 守り、戦い、今の団員たちの信頼を勝ち取ってきたのはグレッグではなくリュークの力だ。

 もう、無力な子供ではない。

 リュークはリュークの道を歩んでいい。


(どうか、届いて……! リュークさんの心に……!)


 紡ぎ出されたメロディーが集まり光の粒子となって、魔獣リュークへと向かっていく。

 フレデリカと激闘を繰り広げていたリュークの動きが、一瞬止まった。


『ああ……ああ……』


 まるで両耳を抑えるかのような動きをする。

 だが――


『あああああああああああああああ』


 リュークはまるで悲鳴とも咆哮ともつかないような雄叫びを上げた。 


「効いてる……の……?」


 確かに、リュークの動きは鈍くなった。

 けれど、それでもまだ殺戮衝動に突き動かされるように、リュークは槍を突き出そうとしている。


「どうして……!?」

「……それほどまでに、リューク殿の心の深くまで、闇が浸潤してしまっているのかもしれんな」


 僅かな演奏の合間に、サイラスが懸念を口にした。


「そんな……どうすれば……」

「もっと、リューク殿の心の奥にまで届く演奏をしなければならないのだろうな。例えば、彼女が好む音楽だとか、聴き慣れた音とか……そういうものの方が、良いのかもしれん」

「そうは言いましても……」


 ラシェルは顔を曇らせた。

 ホールの奥では、今も尚、フレデリカがリュークに応戦している。

 同じ騎士団の仲間であり、また、親友同士である二人が、こんな風に戦わなければならないとは――そう思うと、心が痛い。

 ――そう考えた瞬間、ラシェルはハッと顔を上げた。


「そうだ……!」


 そして立ち上がり、大声で叫んだ。


「フレデリカさん……! ピアノを……ピアノを弾いて下さい!」


 あれは確か、ザックがまだフレデリカの追っかけをしていた時のことだ。

 フレデリカは、こちらの騎士団に入団したザックに対して、言っていた。自分はピアノを習っていた――と。

 もしリュークとフレデリカが幼馴染ならば、リュークは以前から、フレデリカのピアノの音色を聴いていたのではないだろうか。

 そうでなくとも、誰よりもリュークのことを大切に想っているであろうフレデリカが紡ぐ音楽ならば、リュークに届くのではないか――そう思った。

 フレデリカは、戦闘の合間ながらも、ラシェルの言葉を受け取ったようだった。


「私が……ピアノを?」


 一瞬の間、考えてから、フレデリカは再び動き出した。

 軽やかな動きで、リュークを壁際へと誘導する。

 そして、リュークがフレデリカを壁際まで追い詰める形となり、鋭い突きを繰り出した――その直前に、寸での所で身をかわした。

 標的を失ったリュークの槍が、勢いよく壁に突き刺さった。


『ぐ……あああ……あああ――……!』


 すでに音楽によって、動きを制限されつつあったリュークは、壁にのめりこんだ槍を何とか引き抜こうと、咆哮を上げながらもがく。

 その隙に、フレデリカはラシェルたちの居る音楽隊のフロアまで走ってきた。

 そして、放置された楽器の一つ――グランドピアノの椅子に、滑り込むようにして座った。


「お待たせいたしました」

「フレデリカさん! 曲は――」

「何でも構いません。皆さんに合わせます」


 そう言い切ったフレデリカは、ピアノの腕前は相当のもののようだ。

 それを聞いて、アルベルトがにこりと頷いた。


「了解したよ。さあ、フレデリカ殿も共に音楽を紡ごう。リューク殿の心に届く、最高の音楽を――!」


 再び演奏が始まると、フレデリカはそれに合わせるようにして、鍵盤を叩き始めた。

即興ながらも情緒豊かなピアノの音色が、音楽をさらに奥深いものへと進化させる。

そうして編み出されたオレンジ色の明るい粒子が、アルベルトの指揮棒から生み出される光の粒子に重なり合う。

その溢れんばかりの光が、ようやく壁から槍を引き抜き、どこか苦し気に羽をはためかせている魔獣リュークへと集っていく。


『あああ……あああああああああああああ!』


 金切声に似た、激しい叫びと共に、黒鎧の戦乙女はもがき始めた。

 その手にあった槍が離れ、地に落ちた。

 と同時に、その刀身を包んでいた紫色の電流が掻き消えるようにして、槍が風化していく。

 そして、光の粒子に包まれた魔獣の身体から、黒い鎧が崩れ落ちていく。


『あああああああああああああああああ』


 それが最後の咆哮だった。

 演奏がクライマックスを迎え、やがて終息していった頃には、ダンスホールの中央に倒れる、一人の女性――リュークの姿があった。

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