第56話 戦乙女に捧げる応援歌①

 アルベルトが指揮を振る。

 曲目はもちろんずっと練習を重ねていたアルベルト作曲の行進曲――『意気揚々~女神に捧げる騎士たちの行進曲~』だ。

 出だしはサイラスの横笛とザックのパートだ。

 そろりと始まる横笛は、これから騎士として歩もうと決意しながらも、不安を覚える新米騎士たちをイメージしたとアルベルトは話していた。


『はじめはみんな右往左往しながら出仕する。もちろん、親に言われて無理矢理入った団員もいるかもしれない。だけど、悩み苦しみながらも、自分なりの騎士としての在り方を模索していく。そんな彼らの素晴らしい成長の過程を表現してみたんだよ!』


 アルベルトもまた理想を掲げ、様々な想いを胸に騎士となったのだろう。

 キラキラした目で語られ、アルベルトらしいと楽譜を見ながら思った。

 曲の題材となった新米騎士は騎士団に所属し、初の任務に出る。

 緊張と不安は大きくなる。それでも、『守るべきもの』を背負い、騎士たちは旅立つ。

 しかし、そこで待ち受けていたのは強大な力を持つ魔獣だった。

 騎士団は立ち向かい、魔獣と戦う。

 背後にそびえるのは女神が住まう神殿。ここで食い止めなければ、世界は闇に飲まれてしまうだろう。

 そうすれば、きっと大切な人もみんな死んでしまう。

 新米騎士は歯を食いしばって立ち向かった。

 一人、また一人と団員が倒れていく。

 騎士もまたボロボロになって、地に倒れ伏す。

 魔獣は新米騎士に狙いを定めた。新米騎士は最期を覚悟した。

 けれど、その時はやってこなかった。

 魔獣の前に立ちはだかり、新米騎士を守った友がいた。

 新米騎士もまた、彼の雄姿に励まされるかのように立ち上がり、ついに魔獣を打ち滅ぼした。

 女神は凱旋した彼を祝福し、その傍らには深い傷を負いながらも穏やかに微笑む友の姿があった。

 ――そんなストーリーだそうだ。

 妙に臨場感のある曲に、「これって、団長の経験談ですか?」と尋ねると、「さてね。どうだろう? 確かに大切な友はいるけれどもね!」とにっこり笑ってはぐらかされた。

 真偽のほどは定かではないが、この曲にあることは騎士ならばみな体験するようなことなのかもしれない。

ラシェルだって、はじめは目的があったわけではなかった。

それでも、ここで過ごすうちに、気が付いたら大切な人たちを守りたい。そんな信念が芽生えていた。


(リュークさん。貴女はどうだったの?)


 自分のパートの出番を待ちながら、攻防を繰り広げるリュークとフレデリカを見やった。

 軽快な横笛の高音とザックの小太鼓が草原を進む鼓笛隊を思わせる。

 しかし一転。そこに重々しい大太鼓が響いた。ザックのソロのパートだ。

 ティンパニーのおどろおどろしい音が、荒れ狂う魔獣との戦いを想起させる。

 不慣れな太鼓でも、勢いのままに叩くザックにとっては、あまり問題ではないようだ。むしろ、いつもより力強ささえ感じる。

 そのさまは戦場で先頭を駆けていく、まさにザックの戦闘スタイルそのものだ。


「こ……これは!?」


 太鼓から飛び出す赤の粒子が金の粒子と混ざり合い、フレデリカの体へとまとわりついた。

 フレデリカが目を丸くして、一瞬隙が出た。

 逃さずリュークの一撃が繰り出される。

 そこにサイラスの横笛の速弾きから飛び出した青色の粒子が、まるで流れる水のように宙を舞い、フレデリカの足へとまとわりついた。

 フレデリカは一気に加速し槍を避けると、槍は床に突き刺さった。

 フレデリカの斧が薙ぎ払われる。すると、その斬風でリュークの動きが鈍った。

 音の響きにより、フレデリカの力が次第に増幅されていく。

 素早くなる動きに、魔獣リュークが翻弄され始めた。

 しかし、音はまだ彼女には響いていないようだ。

 自分達の音楽を、リュークに思う存分に聴かせてやる――その言葉通り、ザックも相当気合が入っている。


(ザックにとって、リュークさんはある意味、好敵手みたいな存在だったものね……)


 目の仇にし合ってはいたが、その分、存在感は大きかったはずだ。

 その相手が今苦悩して、魔獣となっている。ザックとしても、思うところがあるに違いない。


(私も、リュークさんに、精一杯の音楽を届けたい……!)


 シンバルが鳴り響き、一瞬の静けさが訪れた。

 ラシェルはゆっくりと、不慣れな形状のハープに手を伸ばした。


(私とリュークさんは似ていた。もちろん、騎士としての実力は、私は遠く及ばないけれど)


 親との確執。理想と現実の乖離。努力しても認めてもらえないことへの葛藤と悲哀。

 けれど、自分とリュークの進む道は、どこかで違っていった。

 どこで変わったのか――。

 それはきっと、この騎士団に入るために家を飛び出したその時からだ。

 誰かに束縛されることなく、自分の道を歩きたい。

 そう感じた時から、ラシェルの道はリュークと違う道を歩み始めたのだ。

 だからこそ――


(まだ大丈夫。リュークさんはきっと自分の道を歩ける人のはずだから)


そんなリュークを、決して見捨てたくはない。

ラシェルはきゅっと唇を引き結んだ。


「リュークさん……絶対に助けてみせる!」

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