第49話 婚約者対決?②

(な……何なの? どういうこと?)


 フラウト商会がエンデ随一の商会であることは、ラシェルも知っている。

 流通を牛耳っているというのも事実なのかもしれない。

 だが――


(『聖鋼』をフラウト商会が独占――?)


 この話は初耳だった。

『聖鋼』とは魔獣を倒すために必要不可欠な物質で、聖騎士たちが使用する武具の素材となるものだ。

 女神が地上に蔓延る魔獣の存在に涙し、その雫から生まれた神聖なる鉱物だといわれている。

 その実態は、空に浮かぶエンデの地質に含まれた聖なる成分が、雨水と共に地上へと落ち、やがて結晶化したものだ。

こういった特殊性から、『聖鋼』は、エンデの真下に位置するメイデンズブルーのみで採掘される貴重な鉱石なのだ。

だが、この鉱石を得るには加工技術もさることながら、採掘自体も特殊な技術が必要だという。

 独占採掘権を持つということは、つまりフラウト商会のみがその採掘における特殊技術を保持しているということなのだろう。


(これでは確かに、どんな貴族もフラウト商会に頭が上がらないわけね……)


 同時に、サイラスが婚約者として名乗り出た時に、シャルルがあっという間に手のひらを返した理由もわかった気がして、内心ため息が漏れそうになる。

 こそこそながらもまことしやかに流れていく噂話は、エイビルにも届いたようだ。エイビルはきょどきょどとあたりを見回している。


「な……なんなんだ? 『聖鋼』? どういうことだ? まさかお前みたいないけ好かない奴が、本当に独占権を持ってるのか?」

「坊ちゃま! お口が過ぎます!」


 エイビルの執事が慌ててエイビルの口をふさごうとする。

 だが、サイラスはそれに苦笑した。


「……まあ、噂はどうかさておき、私はあくまで一介の騎士です。権利を持つのは我が父の商会。私自身には何の権限もありません」


 すると、エイビルは勝ち誇ったように胸を張った。


「ふん! なら、貴様は所詮親の威を借る小物ということだろう? 富もなく、名声もない。そんな奴にラシェルがふさわしいとでも思っているのか!?」


 よくもこのようなことが言えたものだ。父親に頼んでラシェルと婚約を結ぼうとした男の言い草とは思えない。


「あなたの方が余程……!」


 あまりに腹が立って、思わず前に飛び出しそうになったラシェルを、サイラスが引きとどめた。


「おっしゃる通り、私には貴方のような名声はありません。ですが、貴方より私の方が、彼女の婚約者としての資格は遥かにあると自負しています」

「なんだと!?」


 至極冷静にサイラスが告げると、エイビルは肩を怒らせた。

 すると、サイラスはすっと目を細めてエイビルを見た。


「もし貴方がお父上の力無しに、何かを成しえたことがおありであれば、これは失礼。前言を撤回いたしましょう。貴方は確かに、骨董品の目利きとしては優秀だ。ですが私の知る限り、それをどのように生かすべきなのか、ご存知ではないのでは? それどころか、御父上にばれないようにお金を使うために、各所にお金を借りていらっしゃるとも聞きますが……」

「な……何のことだ……?」


 わずかに目を泳がせながらエイビルが問う。


「ほう……ご自覚がないと? 例えば貴殿のお父様が所有されているはずのヘルガの絵画が、何故か現在はクレイドル商会の手元にあるという噂が、まことしやかに流れているのですが……」


 やや小声でサイラスが囁くと、エイビルはぎょっと目を剥いた。


「ど……どうしてそれを知っているんだ!?」


 すると、サイラスはにこりと満面の笑みを向けた。


「ああ、やはり、お心当たりがありましたか。騎士団を切り盛りするにも、何かと入用ですから。私は会計を任されているので、各地の金銭の流れぐらいは把握しています。……この通り、私は自分の力で得てきた剣の腕と人脈、そして、騎士としての信念があります。ですから、親の七光りだけで生きているような方に、彼女をお譲りするわけには参りません」


 サイラスがぴしゃりと言い放つと、エイビルはぐっと言葉を詰まらせた。


(さすがサイラスさん……。よくこんなことを調べ上げたものね)


 そもそも、サイラスはエイビルとの婚約を破談にするために、婚約者として名乗りを上げてくれたのだ。

何かあった時に即座に対応できるように、エイビル自身はおろか、マーレイ家の家庭事情も調べ上げていたに違いない。

 それにしても、エイビルは放蕩息子という話もあったが、これが事実とあればいよいよ婚約をしていなくてよかった――と、心の底から安堵する。

 同時にここまで言われれば、さすがのエイビルも引き下がるだろう。

 もうこれ以上は……と、執事がエイビルに引くよう促している。


(何とかこの場は収まりそうね……)


と、ラシェルも胸を撫で下ろしていた。が――


「ふん……。何が騎士としての信念だ。俺は知っているぞ。貴様らは楽器を弾いているだけの、ただの聖楽隊だろう!」


 ダンスホールの片隅で、荒々しい声が上がった。

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