第48話 婚約者対決?①

言うが早いか、サイラスはさっさとラシェルの手を取り、そのまま優雅な歩みでエイビルの元へと歩いていく。


「ちょ、ちょっと、サイラスさん! 何をするつもりなんですか!?」


 慌てて止めようとするが、がっちりと腕を組まれてしまっては身動きのとりようがない。

 サイラスは通りがかりに、給仕からワインの満たされたワイングラスを二つ受け取った。そのうちの一つをラシェルに手渡すと、ふっと口元を上げた。


「まあ、見ていろ。別に俺たちが何をしなくても、勝手に向こうからやってくるさ」

「そう言われてましても……」


 不安げな表情が出てしまっていたのだろう。


「心配性な婚約者殿だ。そんなに俺が信じられないか?」

「サイラスさんがすごいのはずっと前からわかっています。ただ……貴族は商人に対して、風当たりがきついとも聞きます。だから……その……」


 エンデにおける「貴族」とは、元々は女神の身の回りの世話をしていた古い時代の神官たちが、やがて地位を得たものだ。

 神官は神の御許に最も近い者として、このエンデの中では崇敬の対象となっている。

 ゆえに、貴族たちはその血族として、かなりプライドの高い者が多い。

 そんな中で、金はあれども地位はないとして、成り上がりの商人を馬鹿にする者も少なくないのだ。


(あのマーレイ家のエイビル……だったかしら? あの人だって、かなりプライドが高そうだするし……)


共に歩いているサイラスをちらりと見上げると、会場内を歩きながらも、悠然とあたりを眺めている。

そして、ふむ、とワインを一口含むと、にこりと微笑んだ。


「まあ、お前の気持ちはありがたいがな。その心配は杞憂に終わると思うぞ?」

「え?」

「そうだな……ラシェル。そんなに婚約者を心配してくれるのなら、お前はとりあえず、なにがあってもにこにこ笑っていろ」

「は、はあ!?」


 サイラスが何を考えているのか、まったくわからない。とりあえず、仲が良いことをアピールするというのだろうか。


(それは確かに効果的かもしれないけど、それだけじゃああまり解決策にはならないような……)

 だが、言われたとおりにするしかない。にこやかに笑みを浮かべ、会場を歩き回る。

 すると突然、ラシェルとサイラスの進路を遮るように、エイビルが飛び出してきた。


「ラシェル!! どうしてこんな奴と婚約したんだ!」


 驚いてラシェルは思わず目を丸くする。

 いつの間にやら、エイビルの近くまで来ていたらしい。

 サイラスがラシェルをかばうように、一歩前へと進み出た。


「おや……貴殿は骨董品の目利きとして名高い、マーレイ家のご子息ではありませんか?」


 そうサイラスがにこりと微笑むと、エイビルはぎょっとした視線を向けてきた。


「な……な……お、お前は何者だ!?」

「ああ。失礼。てっきり私の婚約者、ラシェルのことをご存知でしたので、私のこともご存知かと。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。私はサイラス・フラウト。フラウト商会の三男……と言えば、お分かりになられるでしょうか?」


 突如始まった騒ぎを遠巻きに見ていた貴族の間から、ざわめきが漏れた。


「なんと……あれがフラウト商会の秘蔵っ子とも噂される、サイラス殿か」

「商人の家系でありながら、聖騎士の位階を叙勲されているのだろう?」

「ああ……。そのこともあってフラウト家は、聖武具の材料になる『聖鋼』の独占採掘権を得ているらしい」


 貴族はゴシップが大好きだ。ざわめきから生じた噂話は、さらに発展していく。


「つまり、騎士団領とフラウト家を繋いだのが、あのサイラス殿ということか?」

「表向きは父である当主が契約相手となっているようだが、太いパイプがなければ独占は難しいだろう」

「『聖鋼』ともなれば、騎士団はおろか、神殿までがフラウト家のバックについているようなものだ」

「この場を借りてお近付きになれれば……」


 ざわざわと聞こえてくる言葉に、ラシェルは笑顔の後ろで真っ青になった。

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