第22話 騎士の苦悩①

(ああ、今日も疲れた……)


 ここ最近、ザックへの応対や新曲への取り組みなどやるべきことが増え、疲労度が貯まりがちだ。

 身体の疲れからか、夕暮れに女子寮に戻る足が重たく感じる。

 だが、気持ちは前を向いていて、やる気は十分にある。


(夕飯を食べて沐浴したら、寝る前にもう一度だけ譜読みをしようっと)


 新しい曲を完成させることに意欲を示しながらそんなことを考えていると、寮の廊下で、見覚えのある人物二人が話しているのが見えた。

 それは――寮長でもあるフレデリカと、今朝出会った男装騎士リュークだった。


「あっ……」


 思わず声を出してしまうと、二人がラシェルの存在に気付いたのか、こちらを振り返った。


「あら、貴女はたしか……」

「ラシェル・ハルフェロイスだったか。今朝はすまなかった」


 リュークが率先して名を呼んだことに、フレデリカは驚いたようだった。


「あらあら、リュークちゃんたら、いつの間にお知り合いになったの?」

「今朝、ザック・タンブロスの件で一悶着あってな」

「まあ。相変わらず、愉快な人ねえ」


 くすくすと楽し気に微笑んでから、


「それじゃあ私は残った業務があるので、先に失礼しますね。リュークちゃん、また明日ね」

「ああ。お疲れ、フレデリカ」


 リュークにそう言われると、フレデリカはこれまでラシェルが見た中では一番の嬉しそうな顔をして去っていった。

 二人残されて、それまで緊張して固まっていたラシェルは、ようやく口を開いた。


「こ、こちらこそ、今朝は失礼しました。そして、名前を覚えていて下さってありがとうございます……!」


 何とかそう言い切ると、リュークはふっと相好を崩した。


「そんなにかしこまらないでくれ。そう距離を取られると少し寂しくなる。気軽にリュークと呼び捨ててもらえると嬉しいよ」

「え、ええっ!?」


 そう言われても、格上の騎士相手に、知り合ったその日に呼び捨てはさすがに難易度が高い。


(せっかく呼びすてにしろって言ってもらえているのに断るのも、失礼に当たるかも……って、でも、そもそも同じ騎士団のアルベルト団長やサイラスさんたちのことだって、まだまだ呼び捨てにできる気がしないのに、急にそんなの無理……!)


 心の中でそう叫びながら悩みぬいた結果、


「で、では……リュークさんと呼ばせていただきます」


 せめて敬称をつけることは許してほしい、とばかりに、この結論に落ち着いた。

 そんなラシェルの様子を見て、リュークはわずかにふっと吹き出しながらも一つ頷いた。


「すまない。君が可愛いからついからかってしまった。君の立場で私を呼び捨てになどは出来ないだろうに、困らせてしまったようだ」

「え、ええ? わ、わかっててそんなことおっしゃったんですか? リュークさん人が悪いです!」

「許せ。だが、気を許してそう呼んでもらえると嬉しいのは本心だ。こんな立場になるとなかなかそんな風に接してくれる人は少なくなるからな」


 リュークは苦笑しながら肩をすくめた。


「フレデリカさんとはとても親し気でしたけど……」


 たしか、リュークはフレデリカが所属する騎士団の副団長であるわけなので、上司と部下という立場なはずだ。


「ああ、彼女は幼馴染であり、同期でもあるからな」


 それを聞いて、ラシェルは「なるほど」と頷いた。


(それなら確かに、フレデリカさんの周りをウロウロするザックに、お灸をすえたくもなるよね……)


 しかも、さっきのフレデリカの表情を見るに、リュークに対して大きな信頼を寄せていることが伺える。


(リュークさんは女性だけど、色んな意味で、ザックにとってライバルなのかも)


 そんなことを黙々と考えていたラシェルに、リュークが改めて向き直り、声をかけてきた。

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