第21話 男装の騎士②

(サイラスさんの真似をして正解だったみたいね)


 やれやれと一息ついていると、始めてラシェルが目に入ったかのようにリュークが目を丸くした。

 同時に、窓から顔を覗かせて様子を見ていた他の騎士たちが一斉にざわめきだす。


「すごいな。あの娘……暴れ馬のようなザック・タンブロスを乗りこなしているぞ」

「奴の教育係だと? 実はとんでもない剣の使い手だったりするんじゃないのか?」


 端々から聞こえてくる言葉に、ラシェルは青ざめた。


(べ、別に、ただお守りを任されているだけなのに、とんでもない勘違いをされてる気がする……)


 訂正しようにも、こんな場で声を張り上げる勇気などない。

 そんなラシェルの様子を、しばらくの間じっと見つめていたリュークが、やがて窓の方を見上げると、すっと姿勢を正して声を張り上げた。


「これは見世物ではない。早々に任務に戻れ!」


 リュークの一喝に、物見気分で覗いていた他の騎士団の面々は、潮が引くように慌てて窓を閉めた。

 背後に控える騎士たちにも「お前たちもだ。邪魔をするなら帰れ」とにらみを利かせてから、リュークは一つため息をつき、改めてラシェルに向き直った。


「私の配慮が足りなかったばかりに失礼した」

「え? い、いえ……! こちらこそ失礼いたしました」


 ラシェルは慌ててぴしりと姿勢を正して敬礼した。


「申し遅れました。私は『栄光ある女神に捧げる聖音騎士団』に所属しております、ラシェル・ハルフェロイスと申します。彼――ザックは先日より我が騎士団に入団し、現在は私が彼の教育係としての任務を賜っております。先ほどの数々の暴言、失礼いたしました。また、訓練のことでお騒がせしたこともお詫びいたします」


 すると、そんなラシェルの真面目な態度を好印象と受け取ったのか、リュークの表情が僅かに和らいだ。


「いや。こちらこそ、彼とは少し因縁があってな。つい不躾な物言いになってしまった。私はリューク・エクセレイア。『神聖近衛騎士団』の副団長を務めている」

「……えっ?」


 その騎士団名に聞き覚えがあって、ラシェルは思わず目を丸くした。

 神聖近衛騎士団――それは、アルベルトやサイラスと旧知の中であるという神殿兵長ハンクロード・ランディスが団長を務め、フレデリカも所属している、神殿を守るための精鋭騎士団だ。


「あ、あなたが、副団長さんなんですか!?」


 まさかそんな大物だったとは気付かずラシェルが声を上ずらせると、リュークは苦笑した。


「副団長と言っても、大したものではない。忙しい団長の伝令係のようなものだ」


 そう言われても、同じく副団長であるサイラスを見ている限りでは、そんな簡単な立場であるはずはない。それが、騎士団随一ともいわれる『神聖近衛騎士団』であればなおのことだ。


(それに、エクセレイアって名前……聞いたことあるなと思ってたけど、そういえばかなりの上級貴族だったはず……)


 多くの貴族の中でも、ラシェルがその名を記憶することができていたのは、エクセレイア家の代々の当主が、数ある武勲を立てている高名な騎士であるということで有名だったからだ。


(騎士団の団長や副団長クラスの人ってみんなこんな人たちばかりなのかしら?)


 貴族の中でも没落寸前のハルフェロイス家からすれば雲の上の存在に、ラシェルは唖然とした。

 ますます恐縮して肩を縮こまらせるラシェルに、リュークは申し訳なさそうに言った。


「ザックならともかく、君のような真面目な騎士が『訓練をしていた』というのだから、本当にそうなのだろう。だがここは公共の場だ。そのことを弁えてもらえると助かる」

「は、はいっ。承知しております。今後は気を付けます」


 だがその背後で、ザックが不機嫌そうな顔をしている。


「俺が言うことは信じられないってことかよ。ちっ。相変わらずムカつく奴だぜ……!」

「ザックったら! さっきから上級騎士相手にそんな態度で失礼よ」


 ラシェルが慌てて口を挟むと、ザックはふんっと鼻を鳴らした。


「仕方ねえだろ! こいつとは前から色々因縁があるんだよ!」

「因縁?」


 そういえば、さっきリュークもそう言っていた。

 不思議に思って首を傾げると、ザックは少し言いにくそうにしてから、そっぽを向いて口を開いた。


「去年だったか、騎士団対抗の模擬戦に代表として出た時に……負けたんだよ。俺の大剣のリーチが長いのを逆手に取って、一瞬で懐に入ってきやがって……くそっ、思い出しただけでも腹が立つ」


 悔し気に吐き捨てるザックに、リュークが少し驚いたような顔をして言った。


「そんなこともあったか? 私はそれよりも、貴殿が頻回に我が騎士団の周りをうろつくものだから、うっとうしさのあまり少しお灸を据えてやっていたことを『因縁』だと思っていたのだが」

「な、なにぃっ!?」


 顔を真っ赤にして憤慨しているザックを、ラシェルは「ああ……」と内心で頷きながら憐れむような視線で見つめてしまった。


「そっか、リューク様の騎士団って、フレデリカさんも所属しているんだもんね……」

「う、うるせえ! ちくしょー! どいつもこいつも……!」


 そんなザックに一瞥くれながらも、リュークは改めてこちらを向いて言った。


「何はともあれ、今は勤務中だ。ひとまず騒ぎは収まったようだからな。ここで失礼するよ」

「は、はい! お疲れ様です!」


 ラシェルが敬礼すると、リュークもまた礼を返し、そのまま部下達を引き連れて颯爽と去っていった。


「……ザック、帰りましょうか」


 このままここで練習するわけにもいかないと判断してそう声をかけると、さすがのザックも居心地が悪くなったのか、しぶしぶ頷いた。

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