第23話 騎士の苦悩②

「ところで、ラシェル。もし時間があるのならば、一つ質問をしてもいいだろうか」

「え? な、なんでしょうか?」


 突然の問いかけに驚いてリュークの方を見ると、彼女は真摯な瞳をこちらに投げかけて来た。


「今朝、君達と別れてからもずっと気になっていたのだが……君達はあの場所で、本当に訓練をしていたのか?」


 その問いかけの意味を理解するまでにわずかな時間を要したが、すぐに納得した。


(まあ、確かに、ハープと太鼓を抱えて一体何をしてたんだって、疑問に思うのが普通よね)


 そもそも以前の自分だって、同じ疑問をアルベルトとサイラスに投げかけていたのだから。

そんなことを思い出して、今度はラシェルが苦笑する番だった。


「きっと不思議に思われましたよね。ですが、我が騎士団では、楽器練習が訓練にあたるんです」

「たしか、貴殿達の騎士団は……『栄光ある女神に捧げる聖音騎士団』と言ったか。あのアルベルト・レイターバーグが発足したという、例の……」


 ごにょごにょとはっきりは言わないが、言いたいことは何となくわかった。

 ここでもやはり団長は有名人のようだった。


「ええ、その通りです。団長はちょっと……いえ、かなり変わった方ではありますが、立派な思想をお持ちです。魔性化したものを剣で切り伏せるのではなく、音楽の力で癒して浄化する。誰も傷つけることのない戦い……それを成立させるために、必要な訓練なんです」


 真っ直ぐに目を見てそう告げると、リュークはわずかに目を細めた。


「魔獣を倒すのではなく癒す……か。本当にそんなことが出来れば、どれほどいいだろうな」


 そう呟く言葉にどこか苦さを感じ、ラシェルは言い募った。


「リュークさん。簡単には信じて頂けないかもしれませんが、出来るんです。私は、ちゃんとこの目で見たんです。音楽によって生み出された光が、魔獣が包んで浄化するところを――」


 しかし、リュークはそのラシェルの言葉を手で制した。


「君が嘘を言うような人間でないことは、今日のやり取りの中からでも理解している。だが、本当に魔獣の中から魔性が根絶されていると言えるだろうか? 一見浄化されているように見えても、一時的に正気を取り戻したに過ぎないかもしれない。もしそうなら、魔性が再発し、再び襲ってくる可能性だってある。私たちは世を守る聖騎士として、万が一にも闇の芽を残してはならない。君たちの努力は認めるが、二次的な被害を防ぐためにも、不確かな方法を推奨するわけにはいかないんだ」


 きっぱりとした物言いに怖気づきそうになったが、ラシェルは必死に反論した。


「不確かとおっしゃいますが、実際に、先日闇に飲まれて魔獣化した子供が助かりました。研究室からも、もう大丈夫だという報告が出ていますし……」

「そうだな。確かに、『今は』まだ大丈夫のようだ」

「だったら……」


 リュークは目を伏せてゆっくりと首を振った。


「今は……と言っただろう? 現に、上からの命令で、その子供には密かに監視がつけられている。もし、再び魔獣と化せば速やかに抹殺せよとの指令も下っている」

「そ、そんな……!」


 言葉を失ったラシェルに、リュークは静かに言い放った。


「幼い子供を無慈悲に殺すのかと思うだろう。確かに嫌な仕事だ。だが、一のために百の命を失うわけにはいかない。それも我ら騎士の負った使命なんだ」


 リュークの言葉は、騎士として正しい在り方なのだろう。

 それでも、魔性化から解放された少年の笑顔を思い出し、ラシェルはリュークの言葉をすんなりと受け入れることは出来なかった。


「でも……でも……リュークさん。もし、大切な家族や仲間が魔性化したとしても、同じことは言えますか? 何とかして救いたいって思わないですか?」


 ラシェルはくしゃりと顔を歪めてリュークを見つめた。

 リュークはそれを静かに見下ろしながら言った。


「闇に侵されたならばむを得まい。ラシェル、君たちが信じる道は否定しない。だが、我が騎士団はそれとは別の道を歩んでいる。どれほど苦渋の決断だろうとも、女神の名のもとに私情は捨て、最善の選択をせよ。――それが、前『神聖近衛騎士団』団長だった我が父の教えであり、そし、現団長であるハンクロード・ランディス団長の教訓でもある」


 はっきりと言い放つリュークは、毅然としていて凛々しかった。

 けれど、その言葉に、リューク自身の意志を感じることはできなかった。


(まるで、何かに縛られているみたい……)


 なぜだろう。淡々と告げたリュークの言葉が、まるで自分自身に言い聞かせているかのようにさえ思えた。


「それが『神聖近衛騎士団』の在り方かもしれません。ですが、女神様はきっとそんなことは望んでいらっしゃらない――私はそう思っています。そうじゃなければ、団長にあの指揮棒を託されたりなんてしないはずですから」

「そうなのかもしれないが、それも確かめようの無いことだ。訓練を行っていたことは認めよう。だが、与えられた訓練室で行うことだ。他の騎士団の目障りだから……な――」


 そこまで言ってから、リュークははっと我に返ったように僅かに目を見開いた。


「……すまない。つい、熱くなってしまった」

「い、いえ……」

「今日はそろそろ休むことにしよう。君も、疲れているだろう。早く休むといい」


 そう言って、リュークは静かに一礼してから、自室の方へと歩き出した。

 去り際に「君たちは自由でいいな」そんな言葉が聞こえたような気がして、ラシェルははっとして振り返った。

 だが、リュークは振り返らない。

 ラシェルはただ真っ直ぐに歩むリュークの背中を、静かに見送った。

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