第5話 新人教育①

「それで任務はなんだ? 入団したからには巨大狼の魔獣だろうが、ゴーレムみてえな奴だろうが、何だってぶっ倒すぜ」


 アルベルトと別れたラシェルはどうしてよいかわからず、とりあえずザックを連れて訓練室へと戻ってきていた。

 だが、部屋に入るなりばんっと両手を机につき、前のめりになるザックに、執務をこなしていたサイラスは怪訝な目をラシェルに向けてくる。


「こいつはなんだ?」

「……すみません。団長がいつものノリと勢いで」

「引き込んできたのか」

何度もこくこくと頷くと、サイラスは「あいつはまた……」とこめかみをもんだ。

「だが、騎士団の徽章から見ると、お前は紅蓮騎士団の所属だろう。まさか引き抜かれてきたわけじゃないだろうな?」


 さすがに引き抜くとなれば、その騎士団の練兵や任務遂行にも支障が出る。相手の騎士団からの苦情も必至なのだろう。

 そうなれば、その処理をするのはアルベルトではなく当然サイラスに回ってくる。

 出来ないとは言わないサイラスはさすがだが、面倒事には違いない。

 顔をしかめるサイラスに、ラシェルは首を横に振った。


「そ、その点は大丈夫だと思います。その、この方、ザック・タンブロスさんはえっと……」


 さすがにラシェルも本人を目の前にしてクビになったとは言いづらい。

 もごもごと口籠っていると、その言葉尻を奪うようにしてザックが口を開いた。


「ああ、その騎士団ならさっきクビになったところだ」


 ザックは到底空気を読めそうにない男だが、自ら口火を切ってくれたことに、ラシェルは安堵した。


「つーか、あんな融通の利かねえ騎士団なんざ、俺の方から願い下げだ。ってわけで、ここはえーっとなんつったっけ? とりあえず、世話になるぜ」


 悪びれた様子もなくにかっと笑うザックに、サイラスは深いため息を一つ落とした。


「ザック・タンブロス――か。噂には聞いている。紅蓮騎士団で一、二を争う大剣使い。その膂力は底知れず、目標を一撃で仕留める実力の持ち主だと」

「え? ザックさんって、そんなにすごい人だったんですか?」


 ラシェルが感嘆の声を上げると、得意げにザックはふふんと鼻をこすった。


(そんなにすごい人がこの騎士団に来たら、戦力も安定するんじゃ……)


 そう思ってちらりとサイラスを見るが、どうにも浮かない顔だ。


「お。そんなに有名になってるのか。まあ、俺の実力を考えれば当然だな!」


 自慢げに胸を張るザックだが、サイラスは片眉を上げて彼を見ると軽く肩をすくめた。


「実力の一点で見ればな。だが、それ以上に命令違反に規律違反。暴走した挙句、集団になじめず、いつ追い出されるかと騎士団内でひそかに賭けの対象となっていたとも――」

「って、おい! 誰だ、そんな賭けをやってた奴は!」


 バンバンと机を叩きつけるザックに、ラシェルは顔をひきつらせた。


(命令違反や規律違反については否定しないのね……)


 追い出されるのも道理としか思えない行動をしている問題児の彼が、果たしてここになじめるのか。しかも、その教育を任されているのが自分だと思うと、ラシェルはますます気が滅入ってきた。


(ただでさえ騎士としての経験や実力はザックさんの方が上みたいだし……。しかも、こんな血気盛んな彼が、ここがどんなことをしてるところなのかを知ったら……)


 痛くなる頭を抱えたくなっていると、サイラスが静かな声を落とした。


「賭けについてはあくまで噂だ。だが、それはともかく、ラシェル」


 手まねかれ、ラシェルがそばに近づくとサイラスが顔を寄せて小さな声で囁いてきた。


「アルベルトはうちの騎士団について、こいつに説明をしたのか?」

「い、いえ。練習に付き合ってもらうとは言ってましたが、詳しいことはまだ何も」


 顔をこわばらせて首を横に振ると、サイラスの眉間の皺がますます深くなった。


「あの音楽馬鹿は……また厄介なところだけ押し付ける気か」

「心中お察しいたします」


 二人して深いため息を落としていると、ザックが不思議そうな顔を向けてきた。

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