第6話 新人教育②

「何をこそこそしゃべってるんだ」

「いいや。大した話ではない。お前がこの騎士団について、どのような説明を受けているのかと思ってな」

「どのようなも何も、騎士団なんてどこも同じようなものだろ? 戦場に行って敵をぶった切るのなら得意だぜ!」

「その心意気は買うが、生憎、我が騎士団はこれまでのところとは違う。何しろ俺たちの武器は剣や槍ではなく――音楽――だからな」


 向かい合う二人はぴたりと制止し、しばし沈黙が漂う。

 しばらくして、ぽかんと口を開けていたザックが逡巡するように首を傾げ、ガリガリと首筋をかきながら、訝しむような視線をサイラスに向けた。


「音楽……だと? 冗談だろ?」


 漏らされた言葉に、ラシェルは内心で「その気持ちよくわかる」と何度も頷く。


「残念ながら、本気だ」

「ふざけんな。まさか、この俺に笛を吹いたり、歌ったりしろってのか?」

「いや。すでにそのパートは担当者が決まっている」


 大真面目に淡々と返すサイラスに、ザックはかっとなって、手を机にたたきつけた。


「そんなことを聞いてるんじゃねえ! くそっ……こんなわけのわかんねえ所ならついてくるんじゃなかったぜ。悪いがこの話はなかったことにしてくれ」


 苛々としたようにザックは再び大剣を担ぐと、くるりと出口へと足を向けた。


「あっ……」


 ラシェルは呼び止めようとして、一瞬、二の足を踏んだ。その間に訓練室の扉はパタリと閉じてしまい、伸ばしかけた手をゆるゆると降ろした。


(どうしよう。団長に頼むと言われたのに……。追いかけるべき? でも、明らかに不協和音になりそうな人だし)


 悶々と悩んでいると、サイラスから声をかけられた。


「どうした。追い掛けないのか?」

「えっ?」


 予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。


「お、追いかけるって……。サイラスさんは、ザックさんの加入に反対なのでは?」

「俺が団長なら反対するだろうな。あいつは騎士団の和を乱す。だが、アルベルト自らが来ずに、お前が連れてきたんだ。ということは大方、アルベルトはあいつを入団させる前提で新しい曲を作りに行ったんだろう」


 長い付き合いということもあるが、アルベルトの性格と行動を知り尽くしたうえでの副団長の洞察力に感服する。

 だが、それなら――


「入団させる前提だとしたら、彼を帰してしまっていいんですか?」


 サイラスほどの策士ならば、詭弁を弄して懐柔し、騎士団に取り込むという手もあっただろうにと含みを持たせると、サイラスは一つ頷いた。


「いかにこちらが受け入れ体勢を作ったところで、本人が音楽を拒否をするならば無意味だろう。誤魔化して楽器を弾かせるにも限度がある。俺には副団長として、騎士団の方針を伝える責務がある」

「確かに、戦いの場で楽器を弾くなんて、普通は思いませんからね」


 ラシェルだって入団時に告知されたときには、困惑のあまり眩暈がしたものだ。

 しかし、そのあとアルベルトはラシェルを気遣い、まだ引き返せる道も残してくれていた。

 二人はいつも可能性を示す。だけど、それを選び取るのはいつもラシェル自身だ。

 サイラスはそんな選択肢をザックにも与えたのかもしれない――。


(団長は変わり者だし、副団長は厳しい人だけど……一方でちゃんと部下のことを考えてくれているんだ。二人とも、やっぱりすごいな……)


 ほんのりと心の奥が温かくなる。しかし――


「とりあえず、伝えることは伝えた。そのうえで入団を促すなら、ここに来ざるを得ないネタをつかんで強請ればいい」


(――ん?)


「ちょ、ちょっと、何か不穏な言葉が聞こえましたけど? 彼の意思を尊重するとかではないんですか!?」


 くつくつと不穏な笑みを浮かべていたサイラスは、ふっといい笑顔になってラシェルに向き直った。


「もちろん尊重しているぞ。だが、本気で放逐するとは言っていない。何しろ、アルベルトの中ではあいつの入団は決定事項のようだからな。とはいえ、自発的に戻ってこさせた方が、今後何かと手綱を握りやすいからな」


(な……なんて計算高いの!?)


 笑顔の裏に見えるサイラスの極悪人の顔に、ラシェルは戦慄した。


「まあ、そういうわけで、ラシェル。俺としては、あいつを連れ戻す役はお前にやってもらいたいと思ってるんだが?」

「えっ……わ、私ですか!?」

「ああ。俺が思うに、放っておいても自然に戻ってくることになる可能性は高いが……念のための保険だ。変に役職を持つ人間が説得に行くよりは、同じ立場になる者が話す方が親近感がわくだろう」


 アルベルトといいサイラスといい、なんという無茶ぶりをしてくるのか。


「一応聞きますが……拒否権は?」

「ないな」

「うう……やっぱりですか。行ってきます」


 がくりと肩を落としたラシェルは、とぼとぼと訓練室を後にした。

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