第36話 想定外の襲来②

(お父様とお母様が、どうして急に!?)


 ……いや、深く考えずとも、何となくの想像はつく。

 おそらくは、ちゃんとした相談もなく急に騎士団に入った娘に説教をしにきたか、もしくは連れ戻しにきたのかもしれない。


(でもまさか、軍部の中心まで乗り込んでくるなんて……)


 落ちぶれているとはいえ、古い貴族の家柄だ。家訓を重んじる厳粛な父と、心配性だが作法には厳しかった母のことだから、流石に騎士団には敬意を払うと思っていた。


(うう……気が重い……)


 今すぐにでも逃げ出したいところだが、ロイドの目が光っている以上、放置するわけにもいかない。

 気が滅入りそうになりながらも応接室の扉を開くと、見慣れた顔が目に飛び込んできた。


「ラシェル!」

「その恰好! ああ、まさか本当に、騎士団に入っていたなんて……!」


 怒ったような顔をした父シャルル・ハルフェロイスと、心配そうな顔をした母ラーナが、口々にそう言いながら、ラシェルに近付いて来た。


「急に騎士団に入るなどと妙なことを言い出したかと思えば、こちらが事態を把握する前に家を出るとは……どれだけ心配したかわかっているのか!?」

「そうですよ! 女の身で騎士団なんて、何て無謀なことを……! 危険極まりない職業ですし、殿方からの印象も下がってしまいますよ!」

「……お父様、お母様、落ち着いて下さい。ここは騎士団領ですよ」


 何とか冷静さを装いながら、そう言い宥めようとするが、両親はそんなことではおさまらない。


「これが落ち着いてなどいられるか! お前をそのように育てた覚えはない!」

「良縁に恵まれて幸せな結婚が出来るよう、手塩にかけて育ててきたつもりですのに……!」


 さすがにその台詞にはカチンと来て、ラシェルは眉を吊り上げた。


「確かに、お父様とお母様の思う通りの娘ではなかったかもしれませんが、私は自ら選んだ道に誇りをもっています! それを、とやかく言われるのは不本意です! 私はこうして自立するために、ずっと軍術や武術を学んできたんです。良い結婚をするためのただの教養としてではありません!」


 すると、シャルルもまたむっとして言い返した。


「お前がそれらを学ぶために、金銭を出してきてやったのは、誰だと思っているんだ! 食に困ることもなく不自由ない生活を送れてきたのは、私達の庇護があったからこそだぞ!」


 そう言われてしまうと、ラシェルは言葉に詰まるしかなかった。


「そ、それは……そうかもしれませんが……」


 言い澱むラシェルに、シャルルははあと重いため息をついた。


「まだ今ならば遅くは無い。どうせ、新米騎士だ。大した任務も与えられていないんだろう。早く辞職願を出して、帰ってきなさい」

「そ、そんなことはありません! れっきとした、大切な任務を与えられています! 今日だってこの後、地上に降りるんですから!」

「地上だと!? そんな野蛮で下賤な場所に行くというのか!?」


 その台詞は、女神の御膝元で生きる聖市民にとっては、真っ当な意見なのかもしれない。

 だが、ラシェルは地上で、素晴らしい品物を細々と売りながら生活する、健気な少女に出会った。家族を奪われた子供が絶望する様を目の当たりにした。

 彼らだって、同じ人間なのだ。幸せに生きる権利があったはずなのだ。

 だからこそ、ラシェルは語気を荒げた。


「……そんな酷い言葉は修正して下さい! 地上もまた、女神の加護を受けるべき場所です! そのためにも騎士団として、力を尽くしに行くんです!」


 娘の剣幕に驚いたのか、シャルルは一瞬絶句したようだった。

 だがすぐに、不機嫌そうな顔をして、棘を指してきた。


「そんなことを言っているが……お前一人が居ることで、何の役に立つというんだ? まだ新米のお前が。むしろ、足手まといになって、栄光ある聖騎士の方々の名を汚すこともあるのではないか?」


 それには、今度はラシェルが言葉を失う番だった。

 自分を庇って負傷したアルベルトの姿が思い出される。


「そ、それは……」


 きっと、アルベルトやサイラスは、ラシェルを「足手まとい」とは言わないだろう。

 むしろ、大切な仲間として歓迎してくれているし、だからこそその期待に応えたいと思っている。

 だが、実際に足手まといにならないかは、まだ解らない。

 結局前回の二の舞になってしまう可能性も十分にあるのだ。

 地上任務のことを想うと、身体が小さく震える。

 それは武者震いだと自らを言い聞かせて来たが、本当にそうだろうか? やはり、魔獣を恐ろしいと思う気持ちを、拭い切れないのではないか。

 多くの不安が、ラシェルの心に重くのしかかってきた。


「そうですよ、ラシェル。今すぐ一緒に帰りましょう」


黙り込んで俯いていたラシェルの手をとって、母が優しく語りかけてくる。

その手のぬくもりにホッとしかけたが、母が次に発した言葉は、ラシェルをこれまで以上に驚かせるものだった。


「それに、お父様が素晴らしい縁談をまとめて来て下さったのですよ。楽しみではありませんか」


急に投下された爆弾発言に、ラシェルは先程までの殊勝な想いも吹っ飛んで、目が点になってしまった。


「え……縁談!?」

「ええ。商業組合で有力な商家、マーレイ家のご長男ですよ。以前からマーレイ家には財政支援で大変お世話になっていたのですが、この縁談が成立すれば、傾きかけているハルフェロイス家も本格的に持ち直すことが出来ます。素晴らしいお話でしょう?」


 ラーナはにこにこと嬉しそうに語るが、ラシェルは慌てて頭を横にぶんぶんと振った。


「い、いやです! 私はお見合いなんて、するつもりはありません!」

「嫌とは言わさんぞ! もう、先方と話を進めているんだ! 今更中止になどしてみろ。支援を打ち切られる可能性もあるんだぞ!」

「そうですよ、ラシェル。それに、相手は貴女には勿体ないような、ご立派かつ裕福な御家柄です。お嫁入りすれば、きっと良い生活が出来るでしょう。私達は貴女のためを想って言ってるんですよ」

「そ、そんな……」


 ラシェルが言葉を失いかけた、その時だった。


「失礼します」

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