第35話 想定外の襲来①

騎士団宿舎の朝は早い。

夜明けと共に起床の鐘が鳴り、騎士達は各々出仕の準備をして、食堂へと向かい朝食をとる。

それは、ラシェルの寝起きする女子寮でも同じだ。

新米騎士ならば、本来は相部屋になるのが通常だが、女性騎士は男性に比べて数が少ないため、ラシェルは今のところ一人で部屋を使うことが出来ていた。

昨日早めに床に就いたお陰か、今日は朝から気分が良い。

女子寮内にある共用の洗面所で顔を洗い、若草色のくせのある髪をせっせと梳かす。

そして後頭部でまとめてきつく紐を結び、改めて鏡を見る。

制服の襟を正し、「よしっ」と呟く。


(今日は午後から二度めの地上任務……。気を引き締めて臨まなきゃ)


 決して、前回の二の舞は演じない。もう、誰も傷つけたくない。

 その一心で、昨晩から入念に準備し、状態を整えて来た。


(……って、でも、昨日気合を入れ過ぎて準備万端だから、午後までまだ時間がある……)


 この時間を利用して、訓練室でハープのおさらいをしてこようか。

 それとも、ハープは自分なりに満足がいく仕上がりになってきたと自負しているので、この余り時間を武術の訓練に使うべきか。

 いやいや、それで体力を使ってしまっては元も子もない……。

 ――などと、考え込んでいた、その時。


「ラシェル・ハルフェロイスさん?」


 突然声をかけられ、慌てて振り向くと、そこにはラシェルより少しだけ背の高い、女性騎士が立っていた。

 肩までのふわふわの蜂蜜色の髪を、カチューシャでまとめているその女性は、腕章から見るに、それなりに位の高い騎士団に所属する先輩聖騎士のようだ。


「は、はい。私がラシェル・ハルフェロイスですが……」

「ああ、やっぱりそうだったのね。良かった。私はフレデリカ・オルウェン。貴女を探していたの」


 にこりと微笑むと、周囲が華やぐような柔らかな雰囲気を持った女性だが、その腰にぶら下がっているのは、あまりにもいかつい、巨大な斧だ。

 その重さをまったく感じさせない女性のしとやかな仕草から、彼女がいかに怪力であるかを垣間見て、ラシェルはごくりと息を飲んだ。


「えっと……オルウェン殿。私に何か御用ですか?」

「ええ。今日は私が女子寮の伝令当直だから、司令部から伝言を預かって来たのよ」


 基本的に、毎朝寮内に届く通達などは、勤務歴が三年以上の聖騎士が日替わりで担当し、司令部から預かってくる。

 今日はこの女性がその担当であるらしい。


「司令部が……? 一体何でしょう」

「さあ……。伝達書を持ってくるから、読み上げるわね」


にこりと微笑み、ゆったりとした動きで、手にしていた書類の中から一枚の紙を取り出す。


「えーっと……『至急、統括部に来い。 ロイド・カーン』……ですって。あら……至急の呼び出しだったなんて。もっと早く伝えにくるべきだったかしら」

「え……えええええええ?」


 予想外の伝言に、ラシェルは思わず大声を上げてしまった。

 周囲で朝の準備をしていた他の女性騎士たちが驚いて振り返ってくる。


「ロイド・カーン……殿、って、確か統括部長ですよね? 何で急に……」


 以前、アルベルトに対して嫌味を放った、ロイドの気難しい顔が思い出される。


「よくわからないけれど、早朝からの緊急招集なんてなかなか無いから、急いだ方が良いかもしれないわねえ……」


 おっとりとした態度でそう言ってくるフレデリカに、「失礼します!!」と慌てて一礼して、ラシェルは走り出した。




(急に呼び出しだなんて、一体何だろう……)


 しかも、出撃を控えた朝だというのに。


(まさか、団長の容態がまた悪化したとか? もしくは任務の変更? ……ううん、それならサイラスさんが知らせてくれるだろうから、わざわざ統括部長から呼び出されるわけもないし。かといって、別に怒られるようなことをしたわけでも……)


 と、そこまで考えて、はたと気付く。


(もしかして、勝手に神殿に入ったのがばれたとか!? 交響楽団の練習を盗み聞きしたから!? それとも、訓練室が音漏れしてて、他の騎士団から苦情があったとか!? もしくは、夜中まで男性の家に出入りしていたのを目撃されて、不純だ! とかそういう通告があったとか……)


 思い当る節があり過ぎて、ラシェルは走りながら青ざめた。

 やがて統括本部の伝達室に辿り着き、息を切らしながら扉をノックする。


「ラシェル・ハルフェロイス、召集に応じて参上しました」


 何とかそう言い切って扉を開けると、真っ先に視界に入ってきたのは、眉を吊り上げて顔を真っ赤にした、ロイド・カーンだった。


「やっと来たか! 遅い!」

「すっ、すいません!」


 とはいえ、自分は最短時間で来たつもりだし、遅くなったのはおっとりした当直騎士のせいなのだが、そう説明するわけにもいかず、ラシェルは慌てて頭を下げた。


「えっと、それで、御用件は一体……?」


 すると、ロイドは苛立ちを隠すことなく、早口でまくしたてるように言った。


「お前に客が来ている。朝っぱらから統括本部に押しかけて来て、『ラシェル・ハルフェロイスを出せ!』とあまりにうるさいのでな……。今はとりあえず応接室に通しているが、いつまた騒ぎ出すかわからん。さっさと行って、対処しろ。そしてここは騎士団に用が無い者の不必要な立ち入りは禁止だとはっきり言っておけ!」

「え……ええっ!?」


 意味がわからず口をあんぐりとあけていると、ロイドが大きなため息をついた。


「その客人というのは……お前の両親だ」


 その言葉を聞いて、ラシェルは一瞬硬直した。

 そして……


「ええええええええええええええええええ!!」


 ロイドさえも慄くような絶叫が、統括本部に響き渡った。

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