第34話 次なる任務

「素晴らしい! 素晴らしいよラシェル君! 先日と打って変わって、音楽に心がある!誰かに聞かせたいと願うその心が、聴衆の心を震わせてくるよ!」


 フォルと別れた翌日、早速騎士団の訓練室で練習の成果を披露した。

 滑らかに音が滑り出す感覚を覚えるのは久方ぶりだ。

 アルベルトもまた同じように感じたのか、盛大な拍手と共に、大仰な仕草でアルベルトがこちらへ向かってくるのを、ラシェルはさらりとかわした。


「それはありがとうございます。サイラスさんはどうですか?」


 壁に背を持たせかけるように立っていたサイラスは、ちらりとこちらへ目を向けると、ふっと微笑んだ。


「少しの間で随分と見違えるような音になったな」

「あ、ありがとうございます!」


 厳格な評価を下してくるサイラスにも、どうやら及第点がもらえたらしい。

 そのことが嬉しくて、思わず心が弾んで、声のトーンが上がった。


「おやおや? ラシェル君。僕に対する態度と、随分違わないかい?」


 意味深な笑みを浮かべながら、すすっとそばに寄ってくるアルベルトに肩をすくめた。


「気のせいですよ。第一、団長の抱擁に毎度付き合っていては身が持ちません。団長とは、ちょっと距離を空けるぐらいの方が、よいお付き合いができると気が付きましたので」


 しれっと答えると、やれやれとアルベルトが悲しそうに首を横に振った。


「つれないねぇ。だけど、それはさておき、先程の音楽は実に心地よいものだった。あの音であれば、魔獣もさぞ心穏やかになることだろう……ということで、ラシェル君。早速任務だよ!」


 先程の消沈はどこへやら、ばっと腕を大きく広げて、アルベルトは目をキラキラとさせている。

 そんなアルベルトにラシェルはわずかに顔をしかめた。


「任務……って、この間行ったばかりなんじゃ……それに、団長の傷だって」


 前回の任務からまだ二十日ほどしかたっていない。あの深手がそんなにすぐに治るものとは思い難い。

 だが、ラシェルの心配はよそに、アルベルトは首を横に振る。


「僕のことなら心配は無用! この通り、手も足も元気に動かせるよ」


 言いながらアルベルトは大きく腕を振り上げる。だが、どこか無理をしているようにも見えて、ラシェルの中のもやもやとした気持ちは、眉間に深い皺を作った。


「それなら、いいんですけど……」

「まったく、ラシェル君は心配性だね。何なら君の手で僕の傷口を確認してみるかい?」


 意味ありげに笑って、アルベルトはそっとラシェルの手を取ってきた。

 ラシェルはさっと顔に朱を走らせて、反射的に飛びのいた。


「なっ……何を仰ってるんですか! そんなご冗談を仰ることが出来るようでしたら、十分元気なようですね。さ、次の任務はどちらですか?」


 誤魔化すように声を大きくして、ラシェルはきょろきょろとあたりを見回した。


「おやおや、ふられてしまったようだよ。サイラス」

「馬鹿なことばかり言っているからだろう」


 残念そうに首を振ってサイラスにすがるアルベルトを押しやり、深いため息とともに、サイラスが手にしていた書類をめくった。


「次の任務だが、前回の村の再調査だ」


 そう告げてきたサイラスに、ラシェルの背筋が自然にぴんと伸びた。


「前回の村ということは、この間の魔獣に変貌した子供の身元確認などは終わったんでしょうか?」

「ああ。先日の子供は、やはりあの村の子供のようだ。人為的に何かの魔法が埋め込まれたなどの形跡はない。先日魔獣化した後、再び変化するような様子も見られなかったとの研究部からの報告だ」


 騎士団の中には、主に騎士たちが実戦的に動く軍部と、指示を出す司令部、総務を管轄する事務部、そして不可解な事象を調べたり、魔法や武器を研究開発している研究部がある。

 どうやらサイラスが手にしている書類は、その研究部からの報告書のようだった。


「今のところ何故魔獣が発生するのか、その原因は明確ではない。一説では大気に漂う瘴気にあてられたものが、何らかの負の要因と重なることで魔獣化すると言われているね」

「つまり、あの子供はその瘴気にすでに充てられていたところに、両親が亡くなったことによるショックで魔獣化したということですか?」


 ラシェルの問いに、サイラスがため息交じりに前髪をかき上げながら頷いた。


「まあ、その可能性が高いだろうな。だが、その両親が亡くなった元となった魔獣はいまだ発見されたという報は入っていない。今回はその魔獣を発見次第、退治することが目的だ」


 そうであれば、前回の調査を行った騎士団が再調査を行うことが妥当とされるのはもっともだ。


「確かに、魔獣がまた暴れることを考えると放ってはおけないですしね」


 ぐっと拳を握ると、アルベルトも深刻な表情を浮かべて頷いた。


「そういうことだよ。だから、僕たちは一刻も早くあの場に戻る必要がある」

「わかりました。それで、いつ向かうんですか?」


 真っすぐにアルベルトを見て問いかけると、アルベルトは嬉しそうに微笑んだ。


「早速だけど、明日の午後には向かおうと考えているから、準備を整えておいてくれたまえ」

「承知いたしました。それでは、本日は準備のためにそろそろ下がらせていただきます」


 アルベルトの指示にラシェルは一礼をもって答えると踵を返した。


「ああ。頼んだよ」


 吐息のようなアルベルトの声を背に受け、訓練室の扉を閉めた。




 ラシェルを見送ったアルベルトの額から、一筋の汗が流れた。

 そんなアルベルトの肩をサイラスが支えた。


「まだ本調子じゃないくせに。無駄に腕を動かしていたら、傷が開くぞ」

「問題なく動くと伝えておいた方が、彼女の心が癒えるだろう?」


 くすりと笑うアルベルトに、サイラスは頭を抱えた。


「……まったく無茶をする」

「僕は団長だからね。ちょっと、かっこいいところを見せたいじゃないか」

「ほどほどにしろと言っている」

「だけど、僕に何かあったら、君が助けてくれるんだろう?」

「……ちっ。世話の焼ける団長だ」


 ため息をつくサイラスに、アルベルトはふっと微笑みを浮かべた。


「頼りにしているよ。……それより、サイラス」


 アルベルトの口調が変化したのを見逃さず、サイラスの表情が引き締まった。


「ああ。わかってる。今回の流れ……やはり裏がありそうだ」


 低く唸るような呟きに、アルベルトの目もまた細められた。


「そうか。なら、なおさら行かなければならないね」

「相手が見えない。ならばおびき寄せるしかない……か」

「さて、一仕事始めようか」


 アルベルトは軽くサイラスの肩を叩くと、何事もなかったかのような笑顔を浮かべ、マントを翻し、訓練室を後にした。

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