第37話 想定外の襲来③
ノックもなく扉が開いたかと思うと、入室してきたのは、サイラスだった。
「さ、サイラスさん!?」
「な、何だお前は!?」
突然の訪問者に目を丸くしているシャルルに、サイラスは丁寧に一礼した。
「お初お目にかかります。お嬢さんが所属している騎士団の副団長を務めております。勝手ながら、話を聞かせて頂きました」
そして顔を上げると、ピンと背筋を伸ばし、相手の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。
「我らが騎士団は、設立して間も無く、まだまだ弱小ではありますが、女神の名の下に大志を抱き、日夜誠心誠意勤務に励んでおります。そして、ラシェルさんは私達に取って大切な仲間です。お返しするわけにはいきません」
その真摯な態度と主張に、シャルルは一瞬呆気に取られていたが、すぐにまた眉毛を吊り上げた。
「話を聞いていたならば、事態の深刻さは分かっているだろう? この縁談はハルフェロイス家にとって、なくてはならないものなのだ!」
いきり立つシャルルの目を見遣るサイラスの視線が、一瞬、鋭利な刃物のように冷たい色を宿した。
「つまり……家のためにお嬢さんを売る、ということですか?」
鋭い指摘に、シャルルの顔が真っ赤になる。
「なっ……! ち、違う! 私達は、娘のためを想って……」
「それならば、もう少し、お嬢さんの意見を聞いて、意思を尊重してあげるべきではありませんか? 女性の身で聖騎士を目指すなど、立派なことではありませんか」
「……!」
言葉に詰まったすシャルルに、サイラスはふう、と小さく息をついてから、今度は表情を和らげた。
「……と、論破してしまうのは簡単なことですが、実際お家の財政状況が大変なのは確かなのでしょう。そんな中、お嬢さんやそのご兄弟を不自由なく育ててこられた、ご両親のご苦労も痛み入ります。破談にしたために逆恨みを受けて、支援を打ち切られては大変ですよね」
さぞお気の毒に、と言わんばかりのサイラスの物言いに、シャルルは先程までの攻めの姿勢もすっかり忘れて、うんうんと頷く。
「そ、その通りだ。マーレイ家は商業界では名のある家柄……無下にすることで関係が悪化してしまえば、ハルフェロイス家は路頭に迷うしかない!」
するとサイラスは少し考え込むような仕草をしてみせた。
「確かマーレイ商会は古美術などの取引を基軸に置いていましたね」
「あ……ああ。ハルフェロイス家に古くから伝わる美術品を、好事家に高値で取引をしてくれている」
苦々しく弱り切った表情を浮かべるシャルルに、サイラスはぽんっと一つ手を叩いた。
「ふむ。ならば、こうしましょう。マーレイ家の者に伝えて下さい。『今回の件は破談にする。だが、取引は続けましょう』と」
それが、マーレイ家からすればあまりにも理不尽な提案だということは、傍から聞いているラシェルにも解る。
シャルルもそう思ったのか、慌てて頭を横に振った。
「そ、そんな勝手なことを伝えたところで、はいそうですかと相手が納得するわけがないだろう!」
「でしょうね。ですが、マーレイ商会はハルフェロイス家に取引の伝手がないことに付け込んでいる。だからこそ、こう付け加えるのです。『もし取引を打ち切られるとしても、フラウト商会が代わりに取引をしてくれると言っている』……と」
淡々としたサイラスから飛び出した単語に心当たりがあったのか、シャルルが片眉を吊り上げた。
「フラウト商会だと? 商業組合のトップの名を騙るなど、無謀なことを! すぐに嘘だとばれてしまうではないか!」
だがそんなシャルルの動揺を、サイラスはさらりと看破する。
「騙るわけではありませんし、嘘をつくわけでもありませんよ。フラウト商会は私の実家ですから」
「ど、どういうことだ?」
意味が解らないと言いたげなシャルルに、サイラスは姿勢を僅かに正して言った。
「申し遅れましたが、私の名はサイラス・フラウト。フラウト家の三男です。家族からはそれなりに信頼されていますので、父や兄も進言を聞き入れてくれるでしょう」
「なっ……!」
シャルルは驚愕のあまり目を見開いて、その場に立ち尽くしてしまった。
これまでさんざん失礼な口を叩いていた相手が、まさかの財界の大物の子息であったと知り、今更どういう態度を取って良いのかわからなくなってしまっているようだ。
(あの頑固なお父様がここまで動揺する姿なんて、初めて見たかも……)
思わず、そんなことを考えてしまう。
硬直したままのシャルルの肩を、サイラスがぽんと叩いた。
「そういうことですので、安心してお帰り下さい。娘さんは、私が責任をもって預かりますので」
そう言って、サイラスはにこりと微笑んだ。
シャルルはしばらくの間何かを考え込んでいたようだったが、やがておずおずと口を開いた。
「で、では……例えば、もし万が一、娘が大きな怪我をして癒えない傷痕を作ってしまったり、もしくは行き遅れたことで将来的に嫁ぎ先が見つからなくなった場合も、貴殿が責任を……」
「お、お父様! 何をおかしなことを――」
父が何を言わんとしているのか気付いて、ラシェルは慌てた。
だが、そんなラシェルを遮ったのは、サイラスの言葉だった。
「その場合も、責任は持ちましょう。貴方がそれで安心なさるなら」
それを聞いて、シャルルとラーナの表情がぱっと明るくなった。
「何と! それはありがたい!」
「こんな頼もしい殿方が責任を取って下さるなら、安心できますわね、あなた!」
夫婦そろってきゃっきゃとひとしきり喜んだあと、そそくさと帰り支度を始める。
「今日は突然押しかけてすまなかったな、ラシェル! 色々もめたが、お前なりに色々と将来のことを考えて選んだ道なのだと知って安心したぞ。応援しているからな! サイラス殿とも、くれぐれも仲良くな!」
父ににこやかに語りかけられて、ラシェルはようやく状況を把握しつつあった。
「えっ……えっ……」
(えええええええええええ!?)
両親が去っていく背中を見守りながらも、ラシェルの引きつった口角は、なかなか元に戻らなかった。
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