第31話 想いを伝える音楽①

 先日とは打って変わって、その道を歩く足取りは軽やかだった。

 数日重ねに重ねた練習の成果を聞いてもらうべく、支給された小型のハープを大事に抱え、フォルの邸宅へと向かった。


(フォルに聴いてもらいたい一心で練習したはいいけど、いきなり過ぎるかな?)


 気がはやりすぎたかもしれない。

だが今、誰に自分のハープを聴かせたいかと問われれば、時を経てようやく再会できた幼馴染であり、かつてはともに音楽の道を目指した相手――フォル以外に思いつかなかった。

 想いを伝えるための音楽というものが一体どういったものなのか、ラシェルの中ではまだ漠然としたイメージしかない。

 それを形にするためには、フォルの協力が必要だ。

 小型とはいえ、ハープは重い。

 まるでちょっとした訓練だと思いながらも道程を進み、ようやくフォルの家に近付くと、門の前に先客が居るのが見えた。

背の高い神官服を着た男性が、門の前に立つフォルに一礼している。

 このまま訪ねていってもよいものかと躊躇していると、男性はこちらに気付くことなく、ラシェルとは反対方向に去っていった。

 すると、門扉を閉めようとしていたフォルが、立ち尽くしたままのラシェルに気づいたようで、声をかけてきてくれた。


「あれ? ラシェル。来てたんだね」

「え? あ、ああ。うん。急に来てごめんなさい」

「いや、いつも一人きりで寂しいからね。来てくれて嬉しいよ」


 そう言って破顔するフォルに、ラシェルの心もふんわりと暖かくなった。

 フォルに迎え入れられるようにして門扉をくぐりながら、気になった先ほどの男について尋ねてみた。


「そういえば、さっきの人は?」


 フォルは少しきょとんとしたが、すぐににこりと微笑んで言った。


「あ、ああ。さっきの男の人ね。あれは俺の上司だよ」


 そう言えばフォルが今何をして生計を立てているのか、全く知らない。


「フォル、仕事してたの?」


 ラシェルが目を丸くしていると、フォルが噴き出した。


「そりゃあ、そうだよ。兄さんの遺産があるとはいえ、さすがにそれだけで食べていくには厳しいからね。知人の伝手で、今は神殿の雑用係みたいなことをしてるんだ」

「神殿の雑用ってことは、神官なの?」

「いや、神官ではないよ。忙しい神官たちの代わりに地上の状況調査に出たり、必要なものを手配したり、物資を運んだりとか、そういう仕事」

「ふうん……。騎士団の仕事内容と似ているところもあるのね」


 昔懐かしい応接間に通され、ふかふかとしたソファに腰を掛けた。買い替える余裕はさすがにないのだろう。少し古くはあるが、しっかりとした作りのソファはおさまりがよい。

 背もたれにと置かれたクッションを手でもてあそびながら、ティーセットを片手に戻ってきたフォルに声をかけた。


「地上に行ったりするって、どんなところに行くの?」

「そうだね。君はあまり知らないかもしれないけど、このエンデの真下にあるメイデンズブルーやその周辺かな。ちょっと遠いところまで出かけることもあるけど」

「えっ、そうなの⁉」


 フォルが思っていたよりも地上に頻繁に行っていることがわかり、ラシェルは目を丸くした。


「それじゃあもしかして、地上で起きている事件とかも、知っていたりする……?」


 すると、フォルが紅茶を淹れる手を止めた。


「それって魔獣のこと……かな?」


その問いかけにラシェルがこくりと一つ頷くと、フォルは心配そうな表情を浮かべてため息をついた。


「ラシェルも知ってたんだね。……いや、騎士団に所属しているんだから、当然か。それじゃあもしかして、この間の任務っていうのも……」

「……実はそうなの。あんなに恐ろしいものが存在していたなんて、私……今まで全然知らなくて」


 渡されたティーカップを手に取りながら、ラシェルはわずかに目を伏せた。

フォルはそれに深く頷き、壁に掛けられた一枚の肖像画へと目をやった。

 そこには、騎士団の制服を身に着けた二十歳ほどの若い男性が、凛々しい表情もそのままに描かれていた。


「普通はそうだよ。女神が治めるこの世界で暴れている魔獣がいるなんて知られれば、女神の名のもとに集まっている民心が離れてしまうからね。特に、エンデで暮らす聖市民の耳に入ることはないよ。俺はたまたま、兄さんが……」


 フォルが顔を曇らせて言葉を詰まらせたのを見て、思わずその顔を覗き込んだ。


「フォル……?」

「あ……すまない。ちょっと、思い出してしまって」


 フォルは申し訳なさそうに息をついた。


「……俺の兄さんがどうして死んだか、ラシェルは何か聞いてるかな?」


 紅茶を一口含み、フォルがこちらを見つめてきたが、ラシェルは首を横に振った。


「ううん。具体的には何も。不慮の事故があって亡くなったとだけ……」

「ああ、やっぱりそうだよね」


 フォルはそれに一つ頷いた。


「実は、俺の兄さんは……魔獣に殺されたんだ」

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