第30話 女神の楽団③
「二人とも、やはりここに来ていたのか」
振り返ると、そこにはサイラスが立っていた。
「貯まっていた事務仕事が終わったから様子を見に来てみれば、病室がもぬけの殻だったからな。おそらく、士官学校時代にお前がよく来ていたここに居るんだろうと思ってな」
「流石はサイラスだね。病室の偽装工作をあっさり見抜き、居場所まで突き止めるとは……君が僕を連れ戻しに来たお目付役じゃなくて良かったよ」
「騎士団内においては、団長の暴走を止めるという意味でお目付役みたいなものだがな。士官学校時代も似たようなものだったが」
「確かにそうだね。ここで音楽に聴き入るあまり授業の開始時間を忘れていた僕を、よく呼びに来てくれていたね」
懐かし気に語り合う二人に、ラシェルが遠慮がちに問いかけた。
「お二人は、幼馴染なんでしたっけ?」
「ああ。士官学校で出会って、意気投合してね。それ以来の腐れ縁だよ」
「もともとは俺の父親が、教皇の血を継ぐアルベルトとの繋がりを期待して、あえて近づけさせたようなものだったがな」
サイラスの言葉に、ラシェルは彼の方に向き直った。
「そういえば……サイラスさんのご出自もお聞きしていいですか?」
「構わんが、アルベルトに比べれば、聞かせるほどのものではないぞ?」
「はい、それでも、教えて頂きたいです」
真っ直ぐに目を見てそう訴えたラシェルに、サイラスはゆっくりと頷いてくれた。
「フラウト商会――という名は聞いたことはあるか?」
「え? すいません……商業関連については疎くて」
「まあ、貴族出身なら、関わることもあまりないかもしれんな。フラウト商会というのは、エンデの商業界の大半を牛耳る、いわば商業組合の長みたいなものだ」
「え……ええええ!?」
(それってつまり、相当な大金持ちってことよね!?)
目を丸くしていると、サイラスはどこか自嘲気味な目をしながらも言葉を続けた。
「とはいえ、俺は5人兄弟の四番目で、三男だからな。後を継ぐことはもともと期待もされず、進路については自由にさせてもらった。……むしろ、父親からすれば、あえて自由にさせることで、息子の手腕を試そうとしていたのかもしれんがな。まあ、そんな経緯で、商業とは無縁の聖騎士という道を選んだというわけだ」
「サイラスもまた特殊な家庭環境で育っているからね。才能があることも相まって、士官学校ではそれなりに目立っていたね」
「お前ほどではないがな。……まあ、こんな感じで、変わり者同士が意気投合したというわけだ。いや、むしろ、アルベルトに押し切られたと言った方が正しいかもしれないが……」
はあ、とため息をつくサイラスを見ていると、アルベルトと出会ってからのサイラスが辿って来た苦労人としての道のりが垣間見える。
「く、詳しく教えて頂き、ありがとうございました。何というか……お二人とも凄い人なんだってことが、よくわかりました……」
それが、ラシェルの心の底からの感想だった。
「いや、別に僕達自身が凄いというわけではないよ。ただ、出自が変わっているというだけでね」
「いえ……でも、そんな出自だからこそ、受けて来た周囲からの重圧などもあったはずですし……ぬくぬくと生きて来た私よりは、ずっと凄いと思います」
「そんなに深く捉える必要は無いがな」
畏まったラシェルに、サイラスが肩をすくめる。
「……とまあ、そんなわけだけど、出来ればこれからも特別視せずに接してくれると嬉しいね」
アルベルトがそう言ってどこか遠慮がちに微笑んだ――が、ラシェルは語気を強めて言った。
「特別視しないなんて、無理です!」
アルベルトもサイラスも驚いたような顔をしたが、ラシェルは勢いそのままに言葉を続けた。
「でもそれは、団長の出自がどうとかは関係ありません。だって、こんな風変わりな騎士団の、唯一無二の団長なんですよ? 特別視するに決まってるじゃないですか! それに……私はそんな騎士団の、れっきとした団員です。団員として、団長を特別に思うのは、当然だと思います!」
それが、ラシェルの出した答えだった。
「違いないな」
思わず噴き出し、くつくつと笑うサイラスの隣で、アルベルトが感慨深げに呟いた。
「ラシェル君……。ありがとう……!」
感極まったアルベルトが両手を広げて抱き付いてきそうになったのをさらりとかわして、ラシェルはにこりと微笑んだ。
「お二人のお話を聞くことができて、お二人を身近に感じることができましたし、団長の強い信念も、完全に理解することは難しくても、そのお力になりたい……と思えるようになりました。だから……これからは団員として、もっと誠心誠意練習を頑張ろうと思います。より良い音楽を作る手助けが出来るように……」
「ああ! 期待しているよ」
広げた両手はそのままに、アルベルトもまた嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、ラシェル君はしっかりと練習をこなしているから、技巧的な面では問題は無いよ。あとは、やっぱり『心』だね」
「うう……それが難しいんですよね……」
自らの最重要課題を思い出し、苦い表情になったラシェルに、アルベルトが人差し指を立てながら言った。
「難しく考える必要はないよ。例えば、愛する恋人に、愛の歌を贈る時のことを考えてみるといい。愛を届けるために、心を込めて歌おうとするだろう?」
「え、えええっ!? そ、そんなこと、したこともなければ、する相手もいません!」
思わず赤面しながら頭を横に振って憤慨したラシェルを見て、サイラスが小さくため息をついた。
「アルベルト。お前はいつも例えが極端なんだ。……そうだな、もっと無難なところで例えると……応援曲は落ち込んでいる相手を勇気づけるために演奏するもので、鎮魂曲は亡くなった者のために演奏するものだ。そういった状況を思い浮かべてみてはどうだ? 言葉で伝えるのが難しくとも、想いを曲に込めて相手に伝えようとするだろう」
それに、アルベルトが頷いた。
「良い例えだね。サイラスの言う通りだよ。曲を聴かせたい相手のことを考える――それもまた、演奏に心を込めるために大切なことだよ」
「想いを……相手に……」
考え込むラシェルに、アルベルトがにこりと微笑んだ。
「周囲に誰か、音楽を聴かせることが出来る相手はいないかな? まずはその相手を思い浮かべながら弾いてみるのも、良い練習になるかもしれないね」
「……!」
その言葉を聞いて、ラシェルの中に、ある一人の青年の姿が思い浮かんだ。
耳に心地よく響く、あたたかな春を感じさせる音楽が、懐かしい記憶を呼び覚ます。
「私……今から練習してきます……!」
ぺこりと一礼してから、居ても立っても居られないと言わんばかりに、帰路を急ぐラシェルの背中を、アルベルトとサイラスは暖かく見守っていた。
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