第29話 女神の楽団②

「ここからだとよく見えるだろう? そして、風に乗ってとてもよく音楽が響いてくる。まるで、本当に女神の耳に届きそうな美しい旋律だと思わないかい?」

「はい……!」


 心から同意して、ラシェルは頷いた。

 遠目ながらも、エンデでも選りすぐりの楽師達が、最高の音楽を女神に捧げる為に心を込めて練習しているのがわかる。

 その壮大ながらも艶やかな音楽に聴き入っていると、目の前に女神達が戯れる一面の花畑が広がる様な、そんな気持ちになってくる。


(まるで、特等席で観覧しているよう……!)


 思わずうっとりとしてしまったラシェルに、アルベルトが声をかけた。


「僕は小さい頃から、お忍びでここまで入り込んでは、この練習を聞きに来ていてね。その度に、心の中に響く音楽の力に感動に打ち震えていたものだよ」

「ええっ!?」


 お忍びで神殿に入り込む子供時代とは、一体どういうことだろう。


「さっきから、何かと突っ込みどころが多いのはさておき……確かにこんな特等席で音楽を聴いていれば、音楽に力を感じたというお話は、わかるような気がします」 

「ああ。僕は、音楽というのは、祈りの聖句であり、また、不思議な魔法のようなものだとも思っているんだよ。言葉が通じない相手……例えば大気に遍く精霊たちにだって、音楽なら届けることができる。楽しい音楽、情熱的な音楽、悲しい音楽……受け取り方は様々だとは思うけれど、奏者が心を込めれば、きっとその心は聞き手に届くと思うんだ」

「だからこそ、魔獣にも届く……と?」

「ああ。そう信じたからこそ、そのための音楽づくりに取り組んできたんだ。もちろん、女神の力無くしては、叶えられなかったけれどね」


 自らもまた眼下の練習風景を見つめながら語るアルベルトの横顔を、ラシェルはじっと見つめた。


「そういえば、以前、女神の啓示を受けた……とおっしゃっていましたけど、本当なんですか?」


 入団直後のドタバタの中であやふやになっていたが、ずっと気になってはいた。

改めて問うてみると、アルベルトはラシェルの方を振り返って、しっかりと頷いた。


「僕はそう思っているよ」


 一点の曇りもない目でラシェルを見つめていたアルベルトは、懐から指揮棒を取り出した。


「どれだけ試行錯誤しながら努力しても、思うような音楽にならない。こんな演奏では、魔獣に届くはずがない。……そんなスランプに陥っていた時に、ここに来て女神に祈ったんだ。僕に力を貸して欲しい――と。そうして目が覚めたら、手の中にはこの指揮棒があった」


 それが女神の起こした奇跡でないならば、一体何だというのだろうか。

 アルベルトの瞳には、そんな強い意志が宿っていた。


「その時から、僕の中で特別なメロディーが自然と思い浮かぶようになっていったんだ。きっとそれは、女神が僕に与えて下さった能力なのだと信じているよ。その後、僕が騎士団を立ち上げるとなった時も、当然軍部からは反対されたけど、何故か神殿部からの進言で受け入れられることになってね。これも偶然ではないと思っているんだよ」


 信じがたい話だが、どこまでも真っ直ぐな瞳で語るアルベルトを見ていると、不思議と頭の中で受け入れられる気がした。

 けれど、だからこそ尚更、気になることがあった。


「団長は……一体何者なんですか?」


 幼少時から神殿に出入りし、女神の託宣を受け、そして軍部からも要注意人物とされている。――ただの『良い所のお坊ちゃま』ではないことは判る。

 訝し気な表情のラシェルの問いかけに、アルベルトはあははと苦笑した。


「別に、大した人間ではないよ。強いて普通ではないことといえば、父親が教皇であるということくらいじゃないかな」

「お父様が教皇? なるほど……。……って、ええええええええええ!?」


 思わず大声を上げてしまい、練習の邪魔になってしまうのではないかと気付いて、慌てて自らの口を塞いだ。


「きょ、きょ、教皇!? 神殿部のトップの、教皇……ですか!?」


 出来る限り声量を抑えているつもりだが、つい声が裏返ってしまう。

 数日前まで一般聖市民であったラシェルでも、教皇の存在はよく知っている。

 公式行事では必ず民衆の前に立ち、女神のための聖句を唱え、また時には信仰を説く――そんな人物だ。

 名は、教皇アディルハイドといったはずだ。


「ああ。とはいっても、僕は父の愛人の子――私生児でね。父には愛人が複数人いて、子供も何人か居るようだけど、どうやらその中では僕が一番優秀らしくてね。父の出家前の姓を与えられて、それなりに優遇してもらって生きてこられたというわけだよ」

「そ、そうだったんですか……」


 想像していなかったアルベルトの出自に、思わず絶句する。


(でも……考えてみれば、アルベルト団長って妙に浮世離れしているから、らしいといえばらしいのかもしれない……)


 そんな風に考えていたその時、聞き覚えのある声がかかった。

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