第16話 メイデンズブルー①
任務を受けた翌朝。
アルベルトとサイラスに連れられて初めて足を踏み入れた神殿区域内の《転移の門(ゲート)》を前にして、ラシェルはごくりと息を飲んだ。
「まさか、神殿内にゲートがあったなんて……」
生まれも育ちもエンデであるラシェルも、その地理についてはおおよそ把握していたつもりだったが、どこから地上へと降りればよいのかは知らなかった。
「地上と行き来をするためのゲートは重要管理施設だからね。基本的には神殿の管轄内にあり、聖騎士が命を受けて守っている形になるね」
「あとは商業地区にも貿易商のためのゲートがあるが、こちらは商人ギルドの管轄だ。俺達が任務として地上に降りる際は、上層部の許可を取って神殿内のゲートを使うことになる」
アルベルトとサイラスからそう解説されながらも、目の前の祭壇で展開している淡紫色に輝く魔方陣を、緊張した面持ちで見つめる。
この輝きこそが転移魔法の要となる、女神の神秘による力だ。
初めて着用した実戦用の白銀の軽鎧の重さと共に、重苦しい緊張感が身に圧し掛かる。
「なに、緊張することはないよ。これから幾度となく使用することになるだろうからね」
いつもと変わらぬ明るい声でそう言いながら、アルベルトは許可証をゲートを守る兵に見せると、一足先に魔法陣の中に足を踏み入れた。
サイラスに促され、ラシェルもそれに続くように魔方陣へと歩を進める。
そして、あたたかな光に包まれながら、静かにその瞳を閉じた
次に目を開くと、そこは、暗闇に包まれた場所だった。
「え?」
否、正確には、それまで朝の太陽に照らされて明るかった世界が、急に深夜のように真っ暗になったのだ。
祠の柱の隙間から見える外の景色は闇に覆われ、ゲートの見張りと思しき騎士数名が灯している松明の光によって周囲が照らし出されている。
「メイデンズブルー――『乙女の憂鬱』。その由来は、浮遊大陸エンデの真下にあるために、陽が射さないが故、なんだよ」
きょとんとしたままだったラシェルの意を汲んで、アルベルトがそう声をかけてきた。
それにサイラスが続く。
「そのため、当然作物も育たず、生活には適さない。だが、だからこそ、闇に紛れて陰謀や欲望を企む人間や、行く当てのない逃亡者達が多く集い、無法地帯ともいえる町が出来ているというわけだ」
「そ、そうなんですか……」
光の女神の加護を一身に受けるエンデの民。
その一方で、光によって生まれた影に覆い隠された場所があるとは――。
地上の実情を垣間見て、ラシェルは複雑な気分になった。
聖騎士の鎧を隠すようにマントをしっかりと羽織り、ラシェルはアルベルトとサイラスに案内されながら、メイデンズブルーの町を突き進む。
しばらく歩いていると、繁華街と思しき目抜き通りまで辿り着いた。
道沿いに立つ街灯やランタンの光の下には、数多の小さな店が密集していて、暗闇に包まれた街の中でこの空間は一際明るく感じる。
店といっても、地面に敷物を広げて品物を並べるだけの露天商のようなものから、しっかりとした屋台を構えることが出来るように目を引く場所を確保するものまで様々だ。
客引きの声や、品物を値切る客たちの声が賑やかに飛び交い、様々な様相の人々が忙しなく縦横無尽に歩き回っている。
そんな、騒がしくも活気のある商店街の様子に、ラシェルは興味深げに周囲を見渡しながら歩いていた。
(エンデの商業地区と、全然雰囲気が違う……!)
これまで全く縁のなく、想像さえしたことがなかった地上――しかも、光が射さない暗闇にも拘らず、そこで暮らす人々がちゃんとした生活基盤を築いていることに驚く。
商店街の一角で、アルベルトが足を止めて振り返った。
「それじゃあ僕らは、馬を調達してくるからね。それまでこの辺りの露店でも見ながら待機しておいてくれたまえ」
「露店……ですか?」
きょとんとしたラシェルに、アルベルトが頷いた。
「メイデンズブルーは鉱山があるから、職人も多いからね。なかなか上質の掘り出し物を見つけられるかもしれないよ」
「で、でも、仕事中に、良いのでしょうか……」
すると、今度はサイラスが頷いた。
「待機時間をただ無駄に過ごすよりは、社会見学のつもりでメイデンズブルーを見ておくのも悪くはないだろう。だが、あまり遠くへは行かないことだ。繁華街から一歩路地裏に出るだけでも治安が一変する町だからな。それと、すりには注意するんだな」
「は、はい……」
馬舎に向かった上司二人を見送ってから、ラシェルは少し緊張しながらも、ランタン片手に商店街へと足を踏み出した。
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