第17話 メイデンズブルー②
(何だか、見知らぬ街に観光に来ているみたい)
そんな風に考えると、気を張っているべきだと思いながらも、つい心が浮わついてしまう。
手荷物を奪われないように注意を払いながらも、様々な店舗をきょろきょろと見て回る。
するとやがて、ある小さな露店に並べられた品物が目に留まった。
質素な敷物の上に並べられた品数は少なく、決して華美ではないが、どれも丁寧に作り上げられた精巧な出来栄えであることが、素人目にも判る。
その中で、美しい刃先を持つ小振りなナイフが気になって、ラシェルは露店の前にかがみこんだ。
(わあ、綺麗……!)
品物をよく見せてもらおうと、敷物の前に座っている店主へと視線を向けてみて、その姿にラシェルは思わず目を丸くしてしまった。
そこに座っていたのは、まだ幼い少女だった。
(こんな小さな子が、店番を手伝っているなんて)
これもまた、エンデの高級商業地区では決して見ることのない光景だ。
「あの……すみません。少しこのナイフを見せて頂きたいのですが、宜しいですか?」
そう声をかけてみると、それまで俯いていた少女はっと顔を上げた。
目深にかぶったフードから、赤銅色の髪がちらりと見える。
「あ、ああ。す、好きに見るといい」
たどたどしい口調だが、慌てて対応してくれた少女に、ラシェルは一礼してからナイフを手に取った。
ランタンの光に翳すと、その刃先が輝いた。
その煌きがあまりにも優美で、思わず真剣に刀身を見つめてしまった。
「美しい作品ですね。これを作った方は、とても澄んだ心をお持ちなのでしょうね。この刀身の様に一点の曇りも歪みもない、真っ直ぐな」
「……そうだといいな」
少女が放った声は、ぶっきらぼうだが、どこか嬉しそうにも聞こえる。
おそらく、製作者は少女の親か何かなのかもしれない。
そう考えて、ラシェルはにこりと微笑んだ。
「これ、いただきますね。おいくらですか?」
「……代金はいい」
「え!?」
まさかの返答に、思わず言葉に詰まってしまう。
「出来栄えを褒めてくれただろう? それで十分だ。……作り主に伝えておく」
「でも……」
少女の身なりを見るに、金銭にゆとりがない生活をしていることは明らかだった。
(ただで貰うわけには……)
とはいえ、よく考えてみれば、エンデとメイデンズブルーが同じ通貨であるのかどうかもわからない。
そんな初歩的なことを把握することさえ失念していた自分を恥じながらも、ラシェルは、ナイフを袋の中に仕舞う代わりに、自身のマントを止めていたブローチを外して、少女に差し出した。
「では、これを代わりに」
深緑色の小さな翡翠を銀細工であしらったブローチだ。
ラシェルの私物であり、決して高価なものというわけではないが、売ればそれなりの金額になるはずだ。
「え? だ、だが……」
少女は受け取るのを躊躇したまま、きょろきょろとあたりを見回している。
だがその時、「ラシェル君~!」と呼ぶ声が聞こえ、ラシェルは少女の手にブローチを半ば無理矢理握らせた。
「呼ばれてしまったので、そろそろ行きますね。それでは、良い品物をありがとうございました。また機会があれば、他の品物も見せて下さいね」
そう言って微笑むと、少女の表情がわずかに和らいだように見えた。
呼ばれた方へと駆け寄ると、そこでは馬三頭を引き連れた、アルベルトとサイラスが待っていた。
「待たせたな。借用の手続きに少し手間取ってしまってな」
「いえ、こちらこそ、買い物に夢中になってしまって……」
そう言って頭を下げると、アルベルトが顔を覗き込んできた。
「おや、ラシェル君。良い表情をしているね。何かお気に入りの品物でも見つけたのかい?」
アルベルトの問いかけに、ラシェルは鞘に収められた小さなナイフを見せた。
「はい。露店で、とても美しい果物ナイフが売っているのを見つけましたので、つい……」
サイラスもまた、その手元を覗き込む。
「ふむ、果物ナイフか。料理の際に使いやすそうだな」
「えっ。サイラスさんは、料理もなさるんですか?」
「ああ。気が向いた時に、時々やる程度だが」
「そうは言うけれど、サイラスはなかなかの腕前だよ。今度、二人で御馳走になろうじゃないか!」
「……何を勝手に決めているんだ」
サイラスに突っ込まれながらも、手渡された果物ナイフを鞘から出し、熱心にその刃先を見つめるアルベルトの真剣な表情に、ラシェルは不思議そうに首をかしげた。
「……団長? どうかなさったのですか?」
「いや、ラシェル君はなかなか御目が高いと思ってね」
アルベルトはそう言うと、ゆっくりと頷いた。
「鏡のように澄んだ刀身。それでいて、人の手を傷つけず果物のみを切るに特化した、適度な刃先。確かにとても美しいナイフだ。これはまるで……」
感極まった様にそう言いかけてから、アルベルトは言葉を止めた。
(……?)
そして、静かにナイフを鞘に戻すと、きょとんとしたままのラシェルに手渡した。
「見せてくれてありがとう。大切にするといいよ」
アルベルトはそう言ってにこりと微笑み、そのまま馬に飛び乗った。
(一体、どうしたんだろう)
不思議に思ったが、今は視察地へ向かうことが先決だ。
「ラシェルは、乗馬の心得はあるんだったな?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
サイラスからの問いかけに答えながら、ラシェルもまた宛がわれた馬の鞍に足をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます