第14話 初指令②

 上司が去ったのを見送ってから、アルベルトがくるりと振り返った。

 急に向けられた笑顔にラシェルがびくっと肩を震わせていると、アルベルトがご機嫌な様子で言った。


「――とまあ、そんなわけだから、早速初仕事が決まったよ! 僕は管理部で任務受理の署名をしてくるから、君達はここで待っていてくれ」


 にこやかにそう言い残して、アルベルトは先程ロイドが入っていった奥の扉へと去っていってしまった。


「ま、まさか本当に、早速実戦に出る羽目になるなんて……!」


 サイラスと二人残され、ようやく冷静になってきて、思わず弱音が出る。

 するとサイラスが、アルベルトから手渡された書類に目を通しながら言った。


「実戦といっても、視察任務だ。さすがの上層部も、わずか三人だけの騎士団に大仕事を任せるほど馬鹿じゃない。とは言っても、最近は地上の状況は悪化の一途をたどっているからな……決して気を抜くことはできないが」

「地上……? そういえば、さっきメイデンズブルー南部って言ってましたが、もしかして地上に出るんですか?」


 メイデンズブルー――『乙女の憂鬱』。

 その名は、生まれてこの方、浮遊大陸エンデを出たことのない聖市民であるラシェルも聞いたことはあった。


「確か、エンデの真下に位置する町でしたか」

「ああ、そうだ。ラシェルは地上は初めてか」

「はい。地上はエンデに比べて治安が悪い……くらいしか、聞いたこともないです」

「まあ、基本的にはエンデと地上の行き来は規制されているからな。視察任務の聖騎士か、もしくは貿易商でもなければ、地上のことを知る機会もないだろう」


 それは、地上の無法者達がエンデに無許可に侵入することを防ぐためといわれている。

 逆に、最先端の叡智が集結し、生活水準の高いエンデに住まう者にとっては、文明が遅れているとされる地上に出る用事もなければ需要もない。興味を持つ必要さえないのだ。


「詳しいことは、実際に目で見て確かめることだ。騎士団の任務としては、平和なエンデよりも、女神の加護が行き届きにくい地上で行われるものの方が多いからな」

「確かに、それもそうですね……」


 納得はいくが、未知の世界に降り立つとなると、不安も大きい。

 ラシェルの不安を汲んだのか、サイラスが口調を和らげて言った。 


「心配するな。騎士になりたてのお前に無理をさせるつもりは毛頭無い。俺達は何度か視察に行ったことがあるからな。安心してついて来ればいい。もし万が一実戦する機会があったとしても、俺達の指示通りに動けば問題ないだろう」

「は、はいっ。ありがとうございます」


 心強い励ましに、ラシェルの表情が和らぐ。


「そういえば、実戦って……やっぱり、演奏するんですか?」


 改まって問うてみると、サイラスは少し難しい顔をしながらも頷いた。


「アルベルトはそのつもりだろう。無論、戦闘対象が音楽を聴く状況でない場合は、状況に応じて多少は武術を要する可能性はあるがな」


 だからこそ、剣術の練習も手習い程度には必要なのだろう。


「ちなみに……演奏って、団長やサイラスさんは何をなさるんですか? 私一人が弾くわけではないですよね?」

「ああ、俺は横笛だ」

「横笛……」


 知的で、それでいて剣ダコができるほどに武術も極めているであろうサイラスの新たな一面を知って、ラシェルは驚いた。


(でも、サイラスさんなら、何でも卒なくこなしそうな気もする……)


「幼少時に親に習わされたのがきっかけだったが、気分転換にはいいと判断してな。士官学校時代も一人の時に吹いていたんだが……それを、幸か不幸か、アルベルトに目撃されたというわけだ。それ以降は、今の騎士団設立に至るまで、何かと演奏をせがまれていたな」

「うう……心中お察しします……」


 それがサイラスがアルベルトに振り回されることになる全てのきっかけなのか――と思うと、何とも言えない気分になる。


「そしてアルベルトは――」

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