第13話 初指令①

 話によると、本部と呼ばれる場所は、多くの騎士団を統括する上層部の人間達が出入りし、時に各騎士団の長達を招集して重要な軍事会議を行う、聖騎士にとっては最重要機関であるらしい。


(そんな大層な場所に行かなきゃならないなんて……)


 道中、騎士団内部の施設をサイラスから丁寧に解説されるが、緊張のため半分くらいしか内容が頭の中に入ってこない。


(身だしなみはおかしくないかな……。お前みたいな弱そうな奴は、聖騎士には不向きだ! とかいって叱られないかな……。ていうかそもそも、存在自体が睨まれている騎士団の一員として出頭しなきゃいけないなんて、気が重すぎる……!)


 頭の中で悶々と考え込んでいるうちに、気が付けば本部の存在する中央棟へと辿り着いてしまっていた。

 騎士団の総本部に相応しい荘厳な門をくぐると、中は清廉潔白な聖騎士を象徴するかのような白い大理石で造られた広大な吹き抜けのロビーになっていた。

 多くの部下を引き連れた重鎮らしき人物や、忙しそうな事務員達が多数行き交う中、アルベルトの先導で、奥にある会議室へと入っていく。


「アルベルト・レイターバーグ、召集に応じて馳せ参じました」


 門の前で高らかに声を上げたアルベルトを先頭に室内に入ると、広々とした空間に豪華な長テーブルが設置され、最奥の椅子に、気難し気な表情をした中年男性が腰かけていた。

 その背後には白銀の甲冑に身を包んだ聖騎士が数名、男性を守るように待機している。


「騎士団統括部長のロイド・カーンだ。基本的に、上層部の話し合いで決まったことを騎士団に直接指示を出すのがこの男の役目だ」


 サイラスがそう耳打ちしてくれる。

 ロイドは厄介者が入って来たと言わんばかりの目つきでアルベルトを睨みながら、低い声を発した。


「よく来たな……と言いたいところだが、相変わらず騒々しいな。どういう内容で呼ばれたか分かっているのか?」

「もちろんですよ。我が騎士団がさらなる進化のために取り組んでいた訓練の手を止めてまで召集なさったわけですから、さぞ我々に期待をしてくださっているのだろうとありがたく思っていたところです」


 まったく物怖じせずはっきりと言い切るアルベルトに、ロイドが苛立ったような目を向けた。


「ふん。期待など初めからしておらんが、くれぐれも失望だけはさせないよう気を付けることだな。訓練といっても、どうせ楽器の練習でもしていたんだろう?」

「もちろんです。それが、我が騎士団にとっての何よりの実戦訓練ですから」

「騎士団を、楽団か何かと勘違いしているのではないか? 敵を前にして、本気で音楽を披露するつもりなのか? 戦場はお遊戯の発表会ではないんだぞ」


(本当に……)


 アルベルトには申し訳ないが、ラシェルは心の中でロイドの意見に思わず賛同してしまった。

 だが、アルベルトはそんな嫌味にも屈することなく、自身に満ち溢れた笑みを返した。


「ご心配は無用です。我々の目指す音楽とは、決してお遊戯などではありませんから」


 そのどこまでも輝く瞳に気圧されたのか、それとも通じない嫌味を言うことを諦めたのか、ロイドは視線を落として、はあと重いため息をついた。


「……まったく、どうして神殿部は、こんなふざけた騎士団の設立を後押ししたんだ……。それさえなければ、こんな無駄な人員を割く必要もなかったというのに」


(え……?)


 ラシェルは、ロイドの呟きに違和感を覚えた。


(どういうこと?)


 そんなラシェルの内心をよそに、ロイドは手元にあった書類をテーブルの上に滑らすようにしてこちらに寄越した。


「まあ、いい。お前の理想論は聞き飽きた。あとは実戦で証明して見せろ。……これがお前達騎士団の初任務だ」


 書類を軽やかな動きで手に取ったアルベルトが、その紙面に目を通す。


「ふむ。メイデンズブルー南部の偵察任務ですか。承知しました」

「ただの視察任務だが……くれぐれも油断するなよ。このような台詞を言わねばならんとは、吾輩としては不本意だが、レイターバーグ家の子息とフラウト家の三男を失ったとなれば、上層部が黙ってはいないからな……」


(ん……?)


 これまた奇妙な言い回しを感じたが、今はそれを突っ込むことが出来るような状況ではない。


「ご心配は無用です。ご期待に添えて見せましょう!」


 アルベルトの満面の笑みに、ロイドでさえも毒気を抜かれてしまったのかもしれない。

 やれやれと言わんばかりのため息をついて「武運を祈る」とだけ告げると、席を立ち、部下を引き連れて奥の扉へと去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る