第12話 音楽への道②
そして、七日後。
ラシェルはアルベルトを前に、ハープを持って訓練室に居た。
「それじゃあ……今から、お聴かせします」
緊張した面持ちでそう言うと、アルベルトがにこりと微笑んだ。
「まだ練習も浅いからね。間違えたって全然構わない。僕の耳は君の奏でるハープの音を聞きたくてうずうずしているよ!」
「うう……そう言われると、余計に緊張するんですけど……。滅茶苦茶でも笑わないで下さいよ」
恨み言を言いながらも椅子に腰かけ、ハープを膝の上に乗せ右肩に立て掛ける。
そして楽譜が示す最初の音階を確認してから、両手を弦にかけ、一つ深呼吸した。
ラシェルの指先が絃を弾くと、ポロンと優しい音が零れ落ちる。
楽譜の音符を追いかけるように、精一杯奏で始めた。
そして――
「……以上です」
楽譜とにらめっこしながらも、じっくりと時間をかけて、ようやく一通り弾き終わると、ぱちぱちと隣から拍手が上がった。
「うん。さすがだね。僕の目に狂いはなかった。音も正確だし、君の几帳面な性格がよく出ている」
「そ、そうですか……」
どうやら及第点はもらえたようで、ラシェルはほっと息を漏らした。
「ここでの自主練習に、商業地区でのレッスンに……この七日間、本当によく頑張ったね! その成果が見事に出ていたよ」
アルベルトの言葉を聞いて、ラシェルは目を丸くした。
「気付いていたんですか?」
「僕は騎士団領内の馬番とは懇意にしていてね。君が毎日、退勤後に馬で出かけているということを聞いていたんだよ。やはり、レッスンに通っていたんだね」
どうやらカマをかけられたらしいと気付いて、ラシェルは小さくため息をついた。
「団長の推測通りです。私一人では、この数日間で、最後まで通して弾くことは出来なかったと思います」
「いや、それもまた、君の努力の成果だよ。誇りに思うといい」
嬉しそうに言うアルベルトに、ラシェルもまた心が軽やかになった。
「ありがとうございます。でも師からは、まだまだ全然ちゃんと弾けていないって怒られるんですが……」
楽譜通りに、正確に弾けているはずなんですが――と苦笑すると、アルベルトが「うーん、そうだね……」と、先程の演奏を思い出すように目を閉じながら首を傾げた。
「ああ、わかったよ。音に心が無いんだ!」
ひらめいたとばかりに手を叩いたアルベルトに、ラシェルは思わず怪訝そうな目を向けてしまった。
「音に、心……ですか?」
「そうだよ。音楽とは、時には燃えるような情熱を、時には狂おしほどの悲哀や苦しみを、そしてまた時には弾けんばかりの楽しさを、思いのままに表現する事ができるんだよ! 奏者が音に込めた心の強さが力になるんだ!」
確かに、高名な音楽家であれば、自らの深い情感を込めて曲を演奏したり、あるいは作曲家が曲に込めた心を理解し表現するという。そういったことについては、子供の頃、父が雇ってくれた音楽家に習っていた折に、聞かされたことがある。
だが、ラシェルはまだ手習いしかしていない、ただの素人だ。
「仰りたいことはわかりますけど、でも、そんなことを言われても、まだ私には……」
「いいや。僕にはわかる。君ならできるさ! 自らの心を開いて、愛しい恋人に接するように、音楽に真っ直ぐに向き合うんだ!」
はっしと両手をつかまれ、キラキラとした目で見つめられる。
(うう……無駄に眩しい……)
あまりにやる気に満ち溢れた視線に、退路を断たれたラシェルはどんよりと目を曇らせた。
「さあ、ラシェル君。もう一度だ。今度はもっと滑らかに!」
アルベルトが目を輝かせてラシェルを追い立てたその時、こんこんと扉がノックされた。
「機嫌よく指導しているところ悪いが、アルベルト。お偉方がお呼びだ」
戸口に呆れた表情のサイラスが立っていた。
すでに入ってきていたようだが、アルベルトの熱弁のために声をかけるタイミングが失われていたのだろう。
「おや。なんだろうね?」
首を傾げるアルベルトに、サイラスは軽く肩をすくめた。
「さてな。大方、こんな下らんことに人員を割く余裕はない。何か実績を示せとでも言ってくるんじゃないか?」
「ふむ。それなら望むところだね。新人団員の筋もなかなかいい。早速実践と洒落込もうじゃないか!」
パッと顔を輝かせ、アルベルトは意気揚々と扉の方向へと向かっていく。
(は……?)
ラシェルはその意味をつかみかね、思わず顔を強張らせた。
「じ、実践だなんて、まさか本当にそんなことしませんよね?」
だがアルベルトはそれに答えず、逆に問いかけて来た。
「せっかくの招待だからね。今から本部に行こうと思っているけれど、ラシェル君も一緒にどうかな?」
「えっ!? 私もですか!?」
突然の提案に、思わず声が裏返る。
「でも……まだ新人なのに、本部での会談に参加しちゃっていいんでしょうか」
「構わないよ。基本的には団長と副官数名で臨むものだけど、まだ三人しかいない騎士団だからね」
さらりと言ってのけるアルベルトだが、どこまでも前向きな彼の意見を素直に受け入れて良いのかわからず、ちらりとサイラスへと視線を送る。
すると、サイラスも静かに頷いた。
「騎士団内部を案内するついでだ。一緒に来ればいい。ただし、口出しは無用だぞ」
(もちろん、口出しなんかできるわけがないじゃない!)
まさか入団して日が浅いうちに、上層部と顔を合わせる羽目になろうとは。
(しかも、さっきのサイラスさんの口ぶりからすると、楽しい話をしに行くという雰囲気ではなさそうだし……)
一抹の不安を覚えながらも、部屋の外へ向かう上官二人の背中を追って、ラシェルもまた歩き始めた。
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