第10話 団長の意思②

「僕の勘だけど、君はきっと、どんなことに対してでも真っ直ぐに向き合って努力をする――そんな性格の子に違いないと思ったからだよ」

「そんな……買い被りです」

「そうかな? 君は屈強な戦士が揃っていたあの面接会場で、決してひるむことなく前を向いていた。それは、君があの場に来るまで、騎士になるためのたゆまぬ努力をしてきたからこその自信から来るものだ……と、僕は判断したんだよ」

「それは……」


 確かに、その通りだ。

 自立して、自分なりの人生を歩みたい。その一心で、弓術や馬術を訓練し、軍楽を学んだりと、実力はどうあれ自分なりに出来ることは努力してきたつもりだ。


(まさか、そこを見抜いて、評価してくれていたなんて……)


 何だか胸が熱くなっていると、アルベルトが言葉を続けた。


「もし君が僕の求める音楽を理解してくれたなら、きっと、素晴らしい音楽を生み出してくれるに違いない――そう思えたんだよ」


 恥ずかし気も無く本心を言ってくるアルベルトの言葉からは、ラシェルを心から歓迎してくれていること、そして活躍を期待してくれていることがはっきりと伝わってくる。

それを聞いて、何だかむずがゆいような気持ちになって、ラシェルは照れを隠すようにはあ……と大きなため息をついてみせた。


「……団長にそこまで言ってもらったら、頑張るしかないじゃないですか」

「おや、プレッシャーをかけてしまったかな?」

「確かに凄くプレッシャーですけど……でも、お陰様でやる気は出てきました」

「それは何よりだよ」


 アルベルトは楽し気に笑ってから、「でも」と言葉を続けた。


「僕はね、できることなら、ただひた向きに練習するだけでなく、音楽を楽しんでもらえると嬉しいと思っているんだよ」

「音楽を楽しむ……ですか?」

「ああ。君は、何をきっかけにハープを始めたのかな? 良家の子女の音楽として定番の楽器と言えば、ピアノというイメージがあるけどね」

「それは……」


 どう説明するべきかと少し逡巡してから、ラシェルはぽつりぽつりと語り出した。


「小さい頃、音楽祭で聞いた演奏に感動して……幼馴染と約束したんです。一緒に交響楽団に入ろうって」


 ふと、在りし日の幼馴染の少年の、優しい顔が目の前に浮かんでくる。


「なるほど。素敵な夢だね」

「もちろん、子供の考える、現実味のない夢に過ぎませんけど。それで、祖母がやっていたハープを始めて……」


 そこまで言うと、アルベルトが納得したように頷いた。


「だから、その本を大切そうに持っているのかい?」

「え?」


 そう言われて、さっき隠したはずの教本を、いつの間にか膝の上に置いていた事に気が付き、ラシェルは顔をひきつらせた。

 だが、そんなラシェルの内心に気付く事無く、アルベルトが言葉を続ける。


「ジョセファン・モルナー。かつて女神のための交響楽団に所属していたハープ奏者だろう?」

「えええっ? そ、そうだったんですか……」


(そんな凄い人だったんだ……)


 まさか、そんな大物に師事していたとは。

 そのありがたみに気付くことなく、レッスンを億劫に思って辞めてしまった過去を、改めて悔やんだ。

 心の中でため息をついたラシェルに、アルベルトは尚も語った。


「僕らはまだ三人だけの騎士団だけど、交響楽団に負けないくらいの音楽を作り上げたいと思っているんだ。といっても、まだまだ駆け出しだからね。ラシェル君も、僕らと一緒に成長するくらいの気持ちで、楽しみながら音楽に取り組んでくれればと思うよ。……もちろん、騎士として任地に赴くことになるわけだから、すべてが楽しいことばかりじゃないことは確かだけどね」


 そんな上司の言葉は、これからの自分に対して大きな不安とプレッシャーを抱えていたラシェルにとっては、何よりも心強いものだった。

 だからこそ、


(ハープに自信がないってことを、正直に言ってしまおうかな……)


 アルベルトなら決して怒ったりすることなくそれを受け入れて、前向きに励ましてくれるのではないだろうか。そう思った。

 だが――


(ううん、私はまだ、頑張ってない。私に出来る最大限の努力をしてから、評価して欲しい)


 そのためには、今ここで泣き言を述べて予防線を張るのは、卑怯な気がした。


「……はい!」


 だからこそラシェルは、ただその一言だけ、力強く返事した。

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