第7話 破天荒な団長①

「その通りだよ! やあやあ、ラシェル君! 我が騎士団の新たな団員にして、ハープ奏者! よく来てくれたね!」

「だ、だ、団長⁉」


 扉を大きく開け放った騎士団長アルベルトが、無駄に光を背負いながら、大きく手を広げて立っていた。


「おい。アルベルト。お前が来るとややこしいから、団長室で大人しくしていろと言っただろう」

「いやあ、今か今かと首を長くして待っていたのだけれど、あまりにも待ちくたびれてしまって、首が大変なことになりそうだったからね! 僕自ら迎えに来たというわけだよ!」


 満面の笑みを浮かべて歩み寄ってくるアルベルトに、サイラスは深くなった眉間の皺をもんだ。


「あ、あの……私などのために、わざわざ迎えにきていただいて恐縮です」


 おずおずと頭を下げると、アルベルトはからりと笑った。


「なに、遠慮することはない。君は大切な団員だからね! さあ、早速訓練室へ向かおうじゃないか!」


 おもむろにがしりと手をつかまれ、返事をする間もなかった。


「へ? はい? あっ、ちょっ……ええええ?」


 そのまま引きずられるように、連れていかれてしまった。 


***


 半ば強引に連れてこられた訓練室の中を見て、ラシェルは驚愕していた。

 訓練室といえば、一般的には、剣や槍、盾、鎧などの武具、訓練用の人型などが取り揃えられている無骨な部屋を想像するだろう。

 しかし、目の前に広がる光景は――。


「……ここは、豪邸のサロンか何かですか?」


 大きな部屋の壁は白く塗られ、床は温かみのある木造りだ。大きくとられた窓にはレースカーテンがかかり、そこから淡い光が部屋全体を包み込み、ふんわりとした空気を醸し出している。

 窓際には猫足のテーブル。そして、それを取り囲むようにアンティーク調の椅子が配置されている。壁際には二人掛けのソファ。おまけに暖炉までが設置されている。


「どうだい、ラシェル君。我が騎士団が誇る、特別な訓練室……気に入ってもらえたかな?」


 満足気に胸を張るアルベルトを、ラシェルはゆっくりと振り返った。


「いえ、気にいるとか気に入らないとか、そういう問題じゃなくてですね……」

「おや? 気に入らなかったかな? あ! もしかして、壁紙の色が気にいらないのかな? 確かに僕ももう少し派手でも良いと思っていたんだよ。それから、あの壁際のソファも猫足で揃えた方が、統一感が出て良いよね! では、早速サイラスに手配をしてもらうとしよう!」

「ちょ、ちょっと待ったああああ! 別に、そんな手配はいらないですから! っていうか、ここ……どこからどう見ても、騎士の訓練をするための部屋ではないですよね⁉」


 今まさに部屋の外へと駆け出していこうとしていたアルベルトに、ラシェルは必死に追いすがった。

 すると、アルベルトはきょとんとした顔で振り返り、背中に縋りついているラシェルを見下ろしてきた。


「いいや? ここはまさしく、我ら騎士団の訓練室だよ。ピアノ、ドラム。トランペット、ヴァイオリン。それに君のハープだってちゃんとある。ちゃんと一級品を揃えたつもりだよ。それに防音措置もしっかりとってあるから、他の騎士達に苦情を言われる心配もない」

「……つまり、この騎士団にとっての訓練は、音楽の練習ということなんですね……」

「もちろんだよ!」


 満面の笑みを向けられて、思わず毒気を抜かれそうになるが、ラシェルは頭を抑えながら言葉を続けた。


「ということは……この騎士団では、戦術の練習はしないんですか?」

「各個、手習い程度にはしてもらうつもりだよ。武術を学ぶことも嗜みの一つだし、中庭に簡単な練習場もあるからね。だけど、何度も言っている通り、我が騎士団にとっての武器は他でもない『音楽』。楽器を奏でることで戦うんだよ。だから、僕たちが共に訓練すべきは、音を合わせること――ハーモニーを作り出すことだよ!」


 力強く語るアルベルトを前に、ラシェルはしばし呆然としていた。

 自信に満ち溢れた彼の言葉を聞いていると、どんな夢物語も真実になってしまいそうな、そんな気さえしてくる。それほどまでに、アルベルトは自分の信念に対してひたむきな姿勢を固持していた。

 思わず引き込まれそうになっていた自分に気が付いて、ラシェルははっと我に返った。

 そして、アルベルトの目をじっと見て問うた。


「……本気、なんですか?」

「ああ、もちろんだよ」


 見つめ返してきたアルベルトのあまりにも真っ直ぐな瞳に、気圧されそうになる。


「で、でも、私、さっきサイラスさんに聞きました。聖騎士の中には、そんなことできるはずがないって批判する人もいるって」

「そうかもしれないね。人によって好きな音楽が異なるように、感じ方というのは人それぞれだからね」


 アルベルトはうんうんと頷きながらも、ゆっくりと言葉を続けた。


「だけど、幼い頃――女神に捧げる音楽会で、数多の管弦楽団と聖歌隊が奏でる荘厳な演奏を聴いた時、僕はかつてないほどに音楽に秘められた力の強さを感じたんだ。きっといつか、人間にも、そして魔獣にも響く最高の音楽を奏でてみせる――そう思ったんだよ。それに……」


 過去を思い出しながら打ち震えるアルベルトを前にして、突っ込みどころが解らない。

 だが不思議なことに、自分の信念を全く疑っていないのであろうアルベルトの言葉には妙な説得力があり、聞き入っているうちに本当にそうであるかのような錯覚に陥りそうになる。


(うーん……だんだん、難しく考えるのが馬鹿らしくなって来た……)


 ならばいっそ、物は試しで、彼を信じてみればいい。――そんな気がした。


(どうせ、他に道は無いんだし。崖っぷちだった私を拾ってくれた騎士団に、尽くしてみるのもありなのかもしれない)


 そんな結論に達して、ラシェルは頷いた。


「……わかりました。もう。この騎士団に入ったのも私の運のつきです。団長に従います」

「ありがとう! 理解してくれたようで嬉しいよ!」


(無理矢理納得させられたというのが正しいですけどね!)


 感激に打ち震えるアルベルトを前に、ラシェルはがくりと肩を落とした。

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