第5話 期待と不安の新生活②

 空に浮かぶ大陸、エンデ。

 複数の大陸に橋が架かる形で繋がったこの浮遊諸島の中央に位置する大陸を、《神殿地区ツェントラル》と呼ぶ。

 この地区の中心には、この世界を創世した女神が住まうという聖殿レティシオンパレスを擁する大神殿が座し、その周囲に騎士団領や士官学校等が立ち並ぶ。

 そしてそこから更に、繁華街である城下街や官僚や貴族達の住む住宅街が広がっている。

 そのツェントラルの中でも中心から少し離れた高級住宅街にあるハルフェロイス邸から、ラシェルは邸内の馬屋から拝借した馬を駆って、中心街へと向かっていった。

 そして神殿を囲むようにして立つ荘厳な白い建造物の正門の前に着いた頃には、気持ちの良い朝日が射す時間となっていた。

 ここが、『軍部』と呼ばれる騎士団領だ。

 これまで何度か、エンデの公式行事を観覧するためにここを通ったことはあるが、実際門を叩いてその中に入るのは今日が初めてだ。


(まさか、私がこの中に入る日が来るなんて……)


 そう思うと、改めて騎士団に入団出来たことを実感して、何とも感慨深くなる。

 大きな正門を警備している門衛もまた、白銀色の鎧を白いマントを身に着けており、おそらくは聖騎士なのだろうと思われる。


「あ……あのっ! す、すいません! この度騎士団に入団することになった、ラシェル・ハルフェロイスと申します」


 馬を降りてそう声をかけると、門衛の一人がラシェルをじろりと見てから、「暫し待たれよ」とだけ言って、付近にあった警備用の詰め所へと入っていった。

 しばらくして戻ってくると、門衛は手にした書面を読みながら言った。


「確かに、連絡を受けている。ラシェル・ハルフェロイスだな。所属は……なになに、栄光ある……女神に捧げる……聖音騎士団? 凄い名前だな……」


 その名を聞いた他の門衛たちから、わずかに笑いが漏れる。


(うう……変わった名称だと思ってたけど、やっぱりそうなんだ……)


 改めてそう思い知らされ、何だか恥ずかしくなって俯いてしまった。




 その後、ラシェルは騎士団の女子寮へと案内され、これから寝泊まりすることとなる部屋に通された。

 武力を必要とする聖騎士という職業柄、男性の割合の方が圧倒的に多いため、女子寮が比較的ゆとりがあり、女性は新人でも一人部屋を与えられるとのことだった。

 狭いながらも落ち着いた作りの室内をぐるりと見渡して、ラシェルはほっと一息ついた。


(さすがはエンデの権力が集まる場所。宿舎も質素とはいえ小奇麗だし、食堂や浴場も併設されているみたいだから、生活には困らなさそう)


 騎士団に配属された新人は、宿舎で寝起きするのが決まりだ。

 ラシェルがこの職種を選んだのは、宿舎を与えられるとわかっていたからと言っても過言ではない。でなければ、家出同然で飛び出してくることも出来なかっただろう。


(我ながらいい判断だったわよね……)


 荷物を解きながらも、つくづくそう思う。

 さきほど寮内の受付にて、簡単な署名をして騎士としての登録は完了し、同時に当面必要な品々が与えられた。

 といっても、主には聖騎士制服一式くらいのもので、聖騎士の象徴ともいえる聖武具は、いずれ授与式が行われるとのことらしく、まだ受け取ってはいない。


(何にせよ、女神の加護のもと平和であるこの時代に、聖騎士の仕事と言ってもせいぜい見回りくらいだろうし……実際に剣を使う機会も無いのかもしれないけど)


 とはいえ、早速柔らかで真っ白な下ろし立てのシルクのシャツに袖を通し、群青色のボウタイをきゅっと結ぶと、身が引き締まる。

 着慣れない礼服タイプの騎士団の制服を試行錯誤しながらも身に着けると、次なる目的地に向けて足早に部屋を出た。



 騎士団領内は、その中心に総本部である建造物があり、そしてその周囲に、数多の騎士団専属の詰め所や訓練所などが収容された広大な本棟が建つ。


(こ、ここも、入っちゃっていいのよね……?)


 多くの聖騎士達が忙しなく行き交う中、ラシェルは緊張して小さくなりながらも、おそるおそる本棟へと足を踏み入れた。

 ふと身だしなみが気になって、よく磨かれた窓に映る自分に目を遣る。

 白を基調とした金のラインの入ったジャケットとタイトスカート、それに聖騎士団の証である青と緑の徽章。それらを纏った姿は、へっぴり腰ではあるものの、ちゃんとした騎士らしく見えなくもない。


(……うん。こうして見ると、なかなか様になってるかも)


 そう思うと少し自信がついたような気がして、僅かに微笑んだ。

 するとそこへ――


「一人で何をにやにやしているんだ?」

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