第3話 波乱の幕開け③

 突然の合格発表に、ラシェルは今度こそ目を丸くした。


(い、いきなり!? ていうか、この場で決まるものなの!?)


 呆然としているラシェルをよそに、アルベルトはサイラスに指示し始める。


「よし、サイラス。善は急げ、だ! 早く撤収して、新しい仲間を迎え入れる為の準備に取り掛かろう!」

「それは構わんが……まだ面接希望者が残っているぞ」

「ああ、ここに来るまでにざざっと見たけど、僕らの騎士団に似合いそうな人材はいなかったから大丈夫だよ」


 かなり強引に物事が進んでいる気がするが、二人は合意したのかてきぱきと片付けに入っている。

いまだに状況を掴み切れないラシェルは、慌てて言葉を挟んだ。


「あ、あの……本当に私なんかで良いんですか?」


 まだ実技すら披露していないのに――と言いかけたラシェルの言葉を、アルベルトが今日一番の満面の笑顔で遮った。


「もちろんさ! 歓迎するよ! ラシェル君、これからもどうぞ宜しく頼むよ!」


 心強い言葉と眩しい笑顔につられて、ラシェルもようやく決定を受け入れ、微笑んだ。


「あ、ありがとうございます……! ご期待にそえるよう、頑張ります!」


 深々と頭を下げ、内心でぐっと拳を握る。


(や、やった……! まさか本当に、騎士団に入れるなんて!)


 勿論、まだまだ自分は見習いに過ぎず、名実ともに聖騎士になるための道のりは厳しく遠いということは理解している。けれど、そのスタート地点に立つことが出来たことは確かだ。


(立派な聖騎士として認められるよう、頑張らなくちゃ……!)


 心の中で固く誓ったラシェルに、アルベルトがすっと紙の束を渡してきた。


「ということで、早速だけど……明日から出勤してもらうよ。正式な詰所の位置については、あとでサイラスから説明を受けてくれたまえ。そして……この資料をしっかり目を通して、予習しておいてくれると嬉しいね」

「はいっ。勿論です!」


 二つ返事で資料を受け取り、そしてその紙面に目を落とす。

 ――が、直後、ラシェルは目を点にした。


「……って……これ……楽譜?」


 てっきり騎士としての心得でも書かれているのかと思ったが、資料として渡されたものは、複雑な音階を並べた楽譜の束だった。

 意味が解らず、硬直したままのラシェルに、アルベルトはにこやかに語りかけて来る。


「ああ、さっき、ハープの経験があると言っていただろう? 是非、その楽譜を読み込んでおいてくれたまえ。楽器はこちらで用意するから、安心してくれていいよ。明日から本格的に練習することになると思うから、宜しく頼むよ!」

「え……えええ⁉」


 確かに、ハープをやったことがあると言った。言ったが……


(だからって、何でこんな展開になってるの⁉)


「で、でも……騎士団ですよね? もっと他に訓練するべき武術とか、学ぶべき戦術があるんじゃないんですか⁉」

「普通の騎士団なら、ね」


 アルベルトは楽し気にそう言うと、お茶目にウインクして見せた。


「でも我が『栄光ある女神に捧げる聖音騎士団』は違う……。ただ剣や鈍器で相手を傷つけるのではない。魔獣や悪人の心に響く音楽。それが我が騎士団の『武器』なんだよ!」

「は……はあ?」


(栄光ある女神に捧げる……? な、なんて無駄に長くて、そしてやたら恥ずかしい名称……!)


 心の中で盛大に突っ込みを入れながらも、楽譜を抱えたまま立ち尽くしているラシェルの肩を、サイラスがぽん、と叩いた。


「何を言っているのか解らんと思うが、とりあえず詳しいことは明日、改めて説明する。明日から宜しく頼む」


 憐みを込めてそう声をかけられ、ラシェルは改めて、自分の置かれた状況を受け入れざるを得なかった。


(私、もしかして……とんでもない騎士団に入っちゃった? 明日から大丈夫なの……⁉)


 ラシェル・ハルフェロイスの見習い騎士としての第一歩は、波乱と共に幕を開けた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る