第1話 波乱の幕開け①

 空に浮かぶ大陸エンデ。

 この浮遊大陸の中央に位置する聖殿には、肉体を得た女神が暮らしているという。

 そんな聖殿がそびえ立つ丘を間近に臨める大神殿には、女神の名の下にエンデを治める神官達が勤めている。

 そしてその大神殿を囲うようにして建てられているのが、女神を守るべき者達――聖騎士達の詰め所である軍部だ。

 この場所に初めて足を踏み入れ、とある部屋の前に通された少女――ラシェル・ハルフェロイスは、銀色の瞳を所在無さげに泳がせながら、小さくため息をついた。


「はあ……緊張する……」


 若草色の長い髪を後頭部にまとめ、白のブラウスに黒のパンツスタイルという、飾り気は無いが清潔感のある恰好で、とある部屋の前に置かれた椅子に座り、順番を待つ。

 部屋の扉に掲げられた簡易看板には、流暢な文字でこう書かれていた。


『新人騎士団員募集 面接会場』


 そう。今日は、ラシェルの今後の人生を決める、重要な日なのだ。


(この面接を何とか成功させて、騎士団に入ることができれば、家を出て自立できる……!)


 それこそが、ラシェルの目標だ。

 だが同時に思い出されるのは、騎士団に応募することを告げた際に、厳格な両親から向けられた、冷ややかな目だった。


『騎士団に入るだと? か弱い女の身で、何を世迷い事を言っているんだ』

『働いて自立するなんて無茶なことを夢見ていないで、貴族の娘として、裕福な名家にでも嫁ぎなさい。その方が楽に生きられるし、ハルフェロイス家のためにもなるのですよ』


 おそらく両親は、娘のためを想って言ってくれているのだろう。

事実、ラシェルの姉は裕福な家に嫁ぎ、平穏に暮らしている。そして、傾きかけていたハルフェロイス家を持ち直す力となった。


(でも、私は姉様とは違う。親が勝手に決めた人と結婚なんて、冗談じゃない。私は他者から与えられた人生をただ安穏と生きるだけの人形にはならない。私の生き方は私が決める……!)


 これが、幼い頃から頑固で女らしくないと言われて来たラシェルの信条だ。

 そのために先ず必要なことは、収入を得るための仕事を見つけ、家を出て自立することなわけだが、貴族の令嬢として育てられて来たラシェルが選択できる職業は少ない。


(馬術や細剣術、弓術なら、小さい頃から嗜みの一つとして、父様に反対されながらも何とか続けてきたし、勉強だってそれなりに出来る方だし、礼節だって人並み以上にはわきまえてると思う。あとは面接でやる気をしっかりと見せることができれば、何とか騎士団に入れてもらえるかもしれない)


 そして何より、女神を守るための聖騎士は、エンデに暮らす民――選ばれし聖市民達にとって、神官職に次ぐ名誉職だ。

 そもそもエンデにおける貴族というのは、古来から神官家の血筋の者達を指す。

 今はすでに神官職に就く親族はおらず、落ちぶれているとはいえ、ハルフェロイス家も女神を尊い者と考える思想は根強い。


(聖騎士になれば、父様や母様を見返せる……。きっと私の生き方を認めてもらえる……!)


 そしてまた、騎士には軍部付近の居住区に宿舎が提供されるというのも、堅苦しくて息が詰まる家を出たいラシェルにとってはまたとない好条件だ。

 そう思ったからこそ、時折屋敷を抜け出しては通っていた職業案内所の掲示板の中で、騎士団員募集のチラシを見つけ、いちかばちかで申し込んだのだ。

 だが、周囲を見渡してみると、同じく面接の順番を待ちながら退屈そうに椅子に座っているのは、これぞ戦士といわんばかりの体格の良い屈強な男性ばかりだ。


(……やっぱり、場違いだったかも……。こんな人たちに比べれば、私なんかの武術じゃあ、たいしたこと無いし……)


 そんな不安を抱き始め、決意が揺るぎかけていた頃に、部屋の扉が開き、中から先に面接していた人物が出て来た。

 と同時に、室内から声がかかって来た。


「次の人、どうぞ」

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