騎士達が奏でる協奏曲

ナツメチサ

第一楽章 聖楽騎士団始めました

序章 幼き日の約束

『世界の原初 ただ在るのは闇と混沌のみ

そこに光と共に降り立つは 双子の女神

知恵と愛を司る者 リ・レティス

力と勇気を司る者 ラ・レティス』


『世界に溢れし混沌を包むように 海が生まれ

二人の降り立った場所から 大地が生まれ

二人の吐息が 風となり空気となった

女神が作りし生命は人となり 女神は人が生きるための知恵と力を与えた』


『やがて女神は一つの大陸を空高く浮かべ 己の住まう天の楽園を作り上げた

そして人の身に姿を窶し 今も尚 天空より 全ての人々を見守り続けている』


『唸る大地に 吹きすさぶ風に 流れる水に 舞い上がる炎に

耳を澄ませてみれば きっと聞こえるだろう 女神達の歌声が

我が子達の哀と苦を鎮めるための 優しい子守唄が』


 女神に捧げる音楽祭のために結成された大規模な交響楽団によって演奏される、美しくかつ荘厳なメロディー。

 その音階に乗って響き渡る、聖歌隊の清らかな歌声。

 貴族のための来賓席からそれらを眺めていた少女――ラシェルは、感嘆のため息をもらした。


「凄い……! 私もあそこに参加して、一緒に演奏出来たら、きっと楽しいだろうなあ……」


 華々しい舞台の上の楽師達の晴れ姿は、子供心に憧れを抱かせるには十分だった。


「ねえ、フォルもそう思うでしょ?」


 目を輝かせながら隣の席に座っている幼馴染に問いかけると、その少年は元気に頷いた。


「うん。もしあそこに参加するなら、僕はやっぱりヴァイオリンがいいな。まだ下手だけど、兄さんに習ってるんだ。ラシェルは?」

「うーん、私だったら……ハープかなあ。おばあちゃまが昔使っていたハープがあるし……。と言っても、まだ触ったこともないし、難しそうだけど……」

「ラシェルならきっと上手になるよ!」

「そう? なら、頑張ってみようかな……」


 そう言うと、少年は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、約束だよ! お互い頑張って練習して、いつか楽団に入って、一緒に演奏しよう!」

 眩しい笑顔に温かい気持ちになりながら、ラシェルもまた「うん!」と答えて頷いた。




 ――あれから十年。

 今自分の手の中にあるものは、美しい音を奏でるハープの弦ではない。矢を射る為の無骨な弓の弦だ。

 弦を強く引き、遠方にある手作りの的に狙いを定め――放つ。

 が、矢はあらぬ方向へと飛んでいき、地面に突き刺さってしまった。


「……雑念が混ざったせいかもしれない。まさか、昔のことを思い出すなんて」


 毎年音楽祭が開催される、春の息吹を感じ始める季節だからかもしれない。


(そういえば、子供心に楽師に憧れていた頃もあったなあ)


 今となっては、音楽祭に参加できる楽師などほんの一握りであり、あまりにも狭き門であることを理解しているため、無謀過ぎる夢であったと感じる。

 とはいえ、当時、両親は幼い娘がハープを習うことを賛成してくれた。

 将来良い縁談を得るための教養となると考えてのことだ。


(お父様のそんな下心に気付いてからは、レッスンもさぼるようになって、いつの間にかハープにはほとんど触らなくなっちゃったけど……)


 今はそれよりも、これからの自分にとって必要な技能を磨かねばならない。

 弓矢も、その一つだと思って修練を重ねている。


(知りもしない誰かに嫁いで、その誰かのために生きるんじゃない。自分の力で自分のために生きる。それが私の目標……!)


 再び矢を手に取り、弦を引く。


(そのためにも、自立できる仕事を探さなきゃ……!)


 集中。

 そして――放った矢は、見事に命中した。

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