かおる

「なぜあなたなの? どうして今なの?」


両親は出馬を取り下げさせようと必死でさつきを説得した。

受験はどうするんだ、世間体もある、社会を経験してからでいいんじゃないか、と。


彼女はそれら全てに一問一答のように明確に回答する。


「お父さん、お母さん。『自己実現』のための立候補じゃダメなの。徹底して『他者実現』じゃないと。この国の人たち一人一人のためじゃないと。そういう精神は神様しかお持ちでない。わたしはただ代理として氏神うじがみさまから仰せつかっただけ。だから、わたし」


「近所の人たちみんな噂してるわ」

「お母さん、近所の人たちが最終的にわたしたちの生活や人生の責任を取ってくれる? そんなわけないよ」


「大学へ行って社会を経験してからでも遅くないだろう」

「お父さん。社会、って何? 学校の教室の中も社会に含まれるよね? わたしだって『社会人』だよ」


「受験は。受験はどうするんだ」

「受けません。高校を中退します」


・・・・・・


施行されたその年に現実に高校生から立候補者が出ることは想定していなかったのだろう。一部大学生の立候補はあった。だが、さつきの出馬はセンセーショナルを通り越して『異様』という扱いを受けた。


各メディアも自社の視聴率やPVのためだけに接触してきた。


「さつきさん、経済や社会政策の勉強は高校2年間で十分ですか?」

「はい。経済とは日日の国民の営みの総体です。社会とは国民一人一人の立場の総体です。わたしも国民の1人でそれを体感しています」

「さつきさんはお金を稼いだことは? アルバイトとかじゃなくて」

「お金としての対価は得たことがありません。ただわたしの立場の中で祖父や父母を手伝い、学業に心を傾けてきただけです」

「彼氏は?」

「あなたにお答えする必要はありません」


・・・・・・・・・


賛否両論あるが『否』の方が圧倒的に多かった。同年代からもあまりのまっすぐさに気味悪がって支持されない。

実際はネットの中の『雰囲気』で感じるだけなのだが。


「さつきさん、済まない。私があなたの前面に立って守ってあげることができればよいのだが、神社を単なる『宗教』としか捉えない人があまりにも多くて」

「宮司様。わたしは全く気にしていません。大事なのはこのお社の神さまが

人々を救いたいという大願をお持ちだってことです。わたしはそのお手伝いをするだけです」


2人が質素な社務所で選挙対策を練っていると、1人の少年が入ってきた。


「あなたは・・・」


さつきがいじめの身代わりとなったその少年だった。


名前は、かおる。


「かおるくん。あなたも高校を辞めたって聞いたけど、本当?」

「ううん。辞めたんじゃなくて休学したんだ。さつきさん、君を手伝いたくて」


さつきはじっとかおるの目を見る。

あとは何も質問する必要がなかった。


「ありがとう、かおるくん。よろしくお願いします」

「こちらこそありがとう。必ず君を当選させるよ」


根拠はデータや理屈の上に築かれるものでは決してない。


積み重ねた事実の上に築かれる。

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