未成の種

naka-motoo

さつき

「わたし、出馬します」


さつきの決意を聞いて坂田は安堵した。


「済まぬ。あなたのほかに考えられんのじゃ」


選挙権が18歳に引き下げられ、成人年齢も18となった。必然の流れとして被選挙権も18歳と決議され施行された2030年。


18になったばかりのさつきは衆議院議員選挙に立候補した。


・・・・・・・・


さつきはごく普通の少女だった。

生まれも普通のサラリーマンの家庭。

その彼女が産土うぶすなの小さな神社に通うようになったのは中学3年生の時。


受験する高校の合格祈願に参拝した際宮司の坂田から声をかけられた。


「あなた、お名前は」

「さつき、です」


たったそれだけで2人は通じ合った。

神のご縁というほかはない。


合格した高校の通学の際、朝夕にこの神社を訪れるようになる。


坂田の他は30代の巫女が独りいるだけのおやしろで清掃や参拝客のお世話等を手伝いながら、徐々にさつきは自分の天性とは異なるものの考え方・行動様式を自然と吸収していった。


それが如何なく発揮されたのは高校二年生の秋だった。


「やめてください」


クラスで一番おとなしい男子をネット経由で攻撃する生徒たちがいた。

男子も、女子も。


ある日突然さつきから『やめろ』と言われた男女はごく当然のようにこう訊き返した。


「なんで?」


さつきの答えは簡潔だった。


「卑怯だからです」


『卑怯』と言われて気分のいい人間はいない。ましてやそれが事実だった場合。


その日から攻撃のベクトルがさつきへと移った。


ラインで大量のネガティブ情報が送信されようともさつきはびくともしなかった。

現実の空間で机に『死ね』と落書きされようとも。


ただ、短く、


「卑怯者」


と彼女・彼らに向かって言葉を発するのみだった。


担任から机の落書きを消すようさつき自身が言われた時も担任に向かい、


「先生ご自身の職務をよくお考えになってください。職務放棄は卑怯者のすることです」


毅然と言い放った。


どんなに卑猥な言葉をぶつけようとも、平手ではたこうとも、さつきは微動だにしない。

浅黒で小柄で、けれどもきりりと引き締まった目尻でしっかりと相手を見据え、


「卑怯者」


と一言で斬って捨てるその潔さと鋭利さとで彼女・彼らの精神の方が先に打ち砕かれてしまった。


気がつくと、いじめの主要なメンバー全員が不登校となり、単位を取得できなかった。

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