2話

「おはようエイル‼︎今日から新たな青春だよ‼︎」


「うん、おはようナー子。朝からクサい言葉をありがとう。」


 正に陽の存在とはこの子を示すのだろう。眩しさすら覚える笑顔と健康的な四肢。短く切り揃えられた髪が特徴の彼女の名前はナール=バッシュ。ドワーフという亜人族でエイルとは中等部以来の付き合いで互いに気を許している仲だ。


「クサいとはなにさー。じっちゃの受け売りだよこれー⁈」


「じゃあ訂正。ジジくさい。」


「ひっどいなー‼︎あ、後ろに居るのはエイルのご両親?初めまして、ナールです‼︎」


「ん。いつも娘が世話になってるな。」


「母のアーディライトよ。エイルちゃんから聞いてるわ。」


 名乗る事無く無愛想に返した父と同性でも見惚れてしまいそうな微笑みで返した母を横目で見つつエイルもナールの両親に頭を下げる。仲が良いといってもからエイルは家に招いた事がない。逆にナールは何度も家に招いてくれていた為彼女の両親とは面識があった。


 その後二人は家族共々中へと進み何事も無く入学式を終え(訂正。少なくともアーディライトの感涙の声が薄っすらと聞こえてくる度にエイルは溜め息を吐いていた。)数刻の後に校舎を後にした。


「エイルはこの後何か予定あるの?」


「んー。表立った予定は無いけど。強いて言うなら鍛錬する位。」


「相変わらず真面目だねぇ。もしあれなら前に話していたあれ、試してほしいから家に来ないかなーって思ったんだけど…。」


 ナールの言葉に反応したエイルはちらりとアッシュを見る。その意図を理解した彼は小さく頷いた。


「身の回りを揃えるのも立派な鍛錬だ。行ってこい。」


「わかった。帰りはゲート使うから私の部屋だけ解放しておいて。」


「あんまり遅くならないように。」


 両親の了承を得たエイルはナールと共に彼女の両親が待つ馬車へと向かう。一見年季の入った古い馬車だが一般的な物は大体こんな感じである。むしろ今朝乗ったシフォンの馬車の方が異様で、余程の資産家や貴族でもない限り装飾付きで二頭引きの馬車など利用できない。故にナールの家の馬車はごく普通のものなのだが、エイルは車を引く馬に思わず目を奪われた。


「返り血を浴びた様な真紅の毛並み……まさか『ワイルドブラッド』?」


「ご明察。ドワーフやドルイド、エルフに属する森の亜人は獣族との交流が深いから互いに協力してるんだよねぇ。」


 亜人族独特の交流に思わず目を見張る。ナール曰く、森の亜人は獣族、オーガなどの山の亜人は神族、マーマンやマーメイドなどの海の亜人は龍族と交流が深いらしく、それぞれ暮らしに適した文化交流を行なっているらしい。人種族全てが魔族と仲の良い物だと思っていたエイルにとって初耳な事だった。

 ちなみに、現在馬車を引いているワイルドブラッドは純人種族から危険指定を受けている獣族で、草原で出会うと轢き殺される。追いかけて始末しようにも三日三晩走り続けても疲れる事なく走り、彼らの意思以外で足を止めさせるには命を取る以外方法が無いと言われる程凶暴な馬で、討伐命令が下された場合二等兵士で構成された10人前後で構成された小規模旅団以上の戦力で無ければ出立許可が下りない。(尚、二等兵士とは高等学校卒業後軍務或いはギルドに所属し2年以上の所属、或いは年間50体以上の討伐を行った者が相当する位である。)もし、街中で暴れ出した場合少なくともある程度の場数を踏んだ者達を呼ばなければならない程には凶暴な存在だった。

 しかし、今颯爽と馬車を引いているワイルドブラッドの様子を見ると大人しいまでは言わないがナールの父に従順なペットの如く忠実に走り、持ち前の強心臓ぶりを発揮している。その様子がなんとも不思議でエイルは終始御者席を見つめていた。


 普通なら半日はかかるであろう道のりを抜け街郊外にある大きな森の中でも一際大きな木の近くでワイルドブラッドは足を止める。ここはエイルも見慣れたナールの家の前だった。初めて訪れた時は影に身を潜め移動する『影朧』を使いナールについて行って2回目以降はゲートを利用していた為、森に至るまでの道を見たことがなかった彼女からすると新鮮な旅だった。などと感傷に浸りつつ頭上を覆う程の鮮やかな緑を身につけた大木を見上げる。この森の住人曰く『神が育てた木』と呼ばれるこの木は一般的な家屋が丸々入る程横幅が広く、縦に至ってはその天辺を目視できない。遠く離れたエイルの住む街から見ると漸くその全貌を見る事が出来る程大きい辺り納得してしまうものだった。ちなみに、森に住む多くの亜人族はこの木の中に居住スペースを持つ。ナール一家も例に漏れずこの大木の中に住む家族である。


 中に入り彼女の母以外は居住スペースの最奥にある、木の中とは思えない程頑丈な鉄の扉の更に奥へと進む。その先にある二股の道は鍛冶場と修練場に分かれており、今日は修練場を利用するのか先に進むナールの後をエイルと彼女の父が付いていく。修練場に入ると入口のすぐそばで立ち止まり、3人の視線は真横にある弦のない弓へと注がれた。


「エルダートレントの根、魔紅石を触媒にした精錬、そしてメタルベロスの鋼毛で編んだ弦。吸血鬼が紡いだ魔法矢を用いても悠に耐える魔弓の注文、これで良かったかな?」


 頑丈な弓をしならせ光を反射する程磨かれた鋼弦を張りながらナールの父は問う。張り終えた魔弓を受け取ったエイルは矢を番えずに弦を引き勢い良く離して二度頷いた。


「これなら私が使っても大丈夫だと思う。ありがとうございます。」


「いいよいいよ〜。友人の頼みだしお金もしっかり貰ってるから〜‼︎」


「ナー子は何もしてないでしょ。」


 自慢気に話す彼女を訝し気な目で釘を刺しつつ今度は軽く魔力を放ち弦を引く。基本的な魔術の一つである元素魔術のうち風の魔力が込められた矢を生み出したエイルは、渦巻く風が集まっただけの不可視の矢を勢いよく放つと、視界の先にある木製の的を粉砕した。


「うん。伝導率もいい。パパに見せても納得の弓だと思う。」


「それは良かった。しかし半魔というのは武器の制限があるとは面倒だな。」


 言葉とは裏腹に心配した眼差しで彼女の父が見つめてくる。だが、当の本人はそれを一切のハンデとは思っていないらしくそれどころかにジレンマを感じているだけである一定の条件さえ揃えば扱えるのはむしろ好都合だった。

 実は、魔族はあまりの魔力の高さ故に本人が意図しない状況下でも強力な魔力が溢れてしまう。それらは特に感情の起伏に連動しやすい傾向があり、溢れた結果として装備品が壊れるというのは良くある事なのだが、これが戦闘中だと致命的な隙となる。なので純粋な魔族は魔力で生み出した魔装を用いるのだが、半魔で尚且つをかけているエイルにとって魔装を生み出す程の魔力は出せない。なので自ずと自身の本気に耐え得る武器や防具が必要となるのであった。


 とは言え、予想以上の出来上がりとなったオーダー品に満足したエイルは魔力を込めて体内へと吸収。いつでも取り出せる様にしつつ今度はナールの部屋へと向かう事にした。

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アッシュ=ロウは休息が欲しい @halumaki

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