小村香織6
ーーピンポーンーー
午後6時20分。約束の時間より少し早く香織の家に訪れた。
「はぁい。どうぞ。うわぁすごい荷物だね! さぁ、あがってあがって」
エプロン姿の香織がドアを開けて、部屋に招き入れてくれた。
俺の手にはデッサン用のキャンパスにそれを置く用の折りたたみ式のイーゼルを持っていた。後は描く道具が一式入ったリュックを担いで。
香織が驚いていたのは、まさかこんなに本格的に描くとは思っていなかったからだろう。
「お邪魔しまーす。おっ! いい匂い」
部屋には食欲をそそる、コンソメのいい香りが漂っている。
「まだ出来てないから少しそこで休んでて」
香織は長い髪を後ろに一つにまとめ、普段の雰囲気とは少し違って柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「これどうぞ。差し入れです。この前甘いのが好きって言ってたんで! 〇〇のフルーツタルトです。ここの気になっていたんで買ってきちゃいました。ご飯の後、一緒に食べましょう」
バーで会話した些細なこともしっかり記憶し、香織の喜びそうな物を差し入れに選んでいた。
「うわぁ嬉しい! 私もここの食べてみたかったんだ。食べるの楽しみ。ありがとう」
両手を顔の前で合わせ喜ぶ姿を見ると、狙ってやった事とはいえこちらも少し嬉しい気持ちになった。
そして香織は冷蔵庫にタルトをしまい、夕食の準備を再開した。
しばらくして料理が完成した。
「出来たよー。はいどうぞ。口に合うといいんけど」
そう言って香織がテーブルの上に料理を並べる。
綺麗に彩られた生野菜のサラダ。
レタスやパプリカ、トマトにアスパラガスなど色の濃さや大きさなどを見ただけで素材にはこだわっているのだと分かった。
ジャガイモとエリンギのバター焼き。
ジャガイモとエリンギに少しだけ焼き色がついていて、香ばしい匂いがした。そこにバターの風味が混ざり更に食欲を誘う。
そして本日のメインであるロールキャベツはシンプルな見た目をしていた。
黄金色のスープの中には具材のたねが綺麗にキャベツで包まれている。ベーコンが少し浮いていて、何といっても香りが凄くいい。シンプルな見た目からは想像出来ないくらい濃厚な匂いがした。
「赤ワインは飲める? このロールキャベツには赤ワインがすごく合うの。飲めるなら乾杯したいな」と香織は赤ワインとグラスを顔の横に持ってきて笑った。
「それなら赤ワインをもらいますね。確かにロールキャベツと凄く合いそうだなぁ」
仕事柄お酒は飲まないようにしているが、この雰囲気を壊したくないのでとりあえず1杯だけ飲むことにした。
2杯目は理由をつけて断ればそこまで影響しないと判断したからだ。
「それじゃあ乾杯」
「乾杯」
2人はグラスに注がれた赤ワインを飲み食事を始めた。
「どうかな?」
俺が食べる姿を少し心配そうに見ながら香織が聞いてきた。
「すっごく美味しいです! 香織さん! お店出せますよ。特にこのロールキャベツ。香織さんのお父さんが大好物だったのが頷けます」
一口食べる度に美味しいリアクションをした。お世辞ではなくどれも本当に美味しかったので、箸は止まることがなかった。
「よかったぁ」
安心したのか、ようやく香織の箸が進み始める。
「そういえば、この前拓海君に話聞いてもらって斉藤さんのこと思い出してね、私なりに後輩への指導を少し変えてみたの。そうしたら私の気持ちが伝わってきたのかな? なんか少しだけ素直に聞いてくれるようになったし、一生懸命協力してくれるようになったの。本当にありがとね」と香織は嬉しそうに言った。
「いえいえ。僕は何もしてませんよ。香織さんや斉藤さんて方が素晴らしいだけです。香織さんの気持ちが少しでも伝わって本当に良かったです! 僕でよければいつでも話、聞きますからね」
会話しながらもロールキャベツのおかわりをもらい、それをペロッと完食した。
食事を終えて、持ってきたフルーツタルトを食べながら俺は本題に入った。
「香織さんのお礼、確かに受け取りました。本当に美味しかったです。ご馳走様でした。
ここからは俺からのお願いなんだけど、今回描きたい絵っていうのが実は香織さんのヌードなんだ」
手を合わせご馳走様のお辞儀をした後、真剣な表情で言った。
「えっ!? ヌード?」
戸惑う香織。急にヌードをお願いされたら誰だって戸惑うに決まっている。当然の反応だ。
「ゴメン! いきなりヌードって言われたら戸惑うよね。
えっと、正確には服を脱いだ状態で奥の方に体を向けてベッドに座ってもらいます。顔だけは少し振り向くみたいにして、こっちを向いてもらって、えーっとバスタオルを肩からかけてもらうんだけど、背中だけは見せて欲しいな。胸とかも見えないようにしてもらうからそこは心配しないで! 実際肌を見せるのは背中と腕だけかな。描かせてもらえるかなぁ?」
香織の戸惑いが少しでも和らぐよう、香織の顔を見ながら丁寧に説明をして尋ねた。
「もー、ビックリさせないでよー! まぁ今言った感じならいいよ。色々助けてもらったしね」
ヌードから比べればだいぶ要求が軽くなったと錯覚した香織は容易に承諾した。ヌードに変わりはないのにだ。
「あっ! あと髪の毛は少し濡れてるといいなぁ」
霧吹きをリュックから取り出して言った。
「うーんと、ならゴメン。少しシャワー浴びてきてもいい?」
香織は俺を完全に信用しきっていた。男と2人きりでシャワーを浴びてくる。それがどれほど危険な事か当然分かっているはずだ。それでも俺なら大丈夫だと思って自らシャワーを浴びる事を申し出てきた。
出会ってからの期間は短いがそれほどまでに濃い時間を過ごしていたのだった。
「少し描くの長くなると思うからそうした方がいいかも。俺片付けておくからシャワー浴びてきな」
そして俺は食器の片付けや洗い物をして、香織はシャワーを浴びに行った。
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