小村香織4
店から出てタクシーがつかまりそうな大通りまできた。
1人では歩けない香織に肩を貸して手を挙げた。2人の前にタクシーが止まる。
「香織さん、自分の家の住所言える? 1人で帰れる?」
香織の顔を見るが、目が虚ろでボーッとしている。
「えー、〇〇区〇〇2丁目〇〇マンションでーす。運転手さんお願いしまーす。1人で帰れるかわかんなぁーい。あはは」
完全に酔っ払っている。1人で帰らせるのは危険だから送る事にした。
「じゃあ送るんで乗りますよ。運転手さん、お願いします」
後部座席に香織と並んで座った。香織は俺にもたれながらほぼ寝ている状態だ。
「じゃあ出発しますね」と言ってタクシーが動き始める。
思いのほか香織のマンションは近く、タクシーに乗り20分程で到着した。
そしてお金を払いグッスリと眠る香織を起こす。
「香織さん、マンション着きましたよ。部屋まで送りますから何号室か教えてください」
「ふぇー? 着いたのー? えっと、507号室だよー。はいこれ鍵」
鍵を受け取り香織に肩を貸しながらエントランスのオートロックを解除させて部屋まできた。
玄関を開けると俺は香織の靴を脱がせ、とりあえずリビングにあったソファーに横にさせた。
部屋は1LDKでリビングもかなり広く、綺麗に整理されている。というより生活用品ですら必要最小限のものしか無く、生活感があまりないようにも感じられた。
コップに水をいれ香織に飲ませる。
「香織さん、これ飲んで。俺帰るからちゃんと鍵閉めるんだよ」
「えー、帰るのー? もうちょっと付き合ってよ…………うっ、気持ち悪い……」
口に手をあて嘔吐するのを堪えている。
「ちょちょっ、我慢して! トイレどこ?」
香織をトイレに連れて行こうと急いだが、次の瞬間。
「うっ……うぇ……」
トイレには間に合わず床に嘔吐してしまった。嘔吐物特有の酸っぱい匂いが漂う。
とりあえずまだ出そうだったので香織をトイレに連れて行き背中をさすった。
「ごめん……うぇ……気持ち悪いよー」
涙目になりながら便座にもたれかかって暫く嘔吐を繰り返した。
苦しみながら嘔吐する香織を見て、お酒を飲ませ過ぎた事に少しばかり罪悪感を抱いた。
「大丈夫? スッキリするまで吐いていいから。俺床片付けてくるからティッシュとか袋とか勝手に借りるね」
香織が頷いたのを見て床を片付けに行った。
ティッシュやキッチンペーパー、袋などを使って手際良く処理をする。
そして香織の様子を見にトイレに戻る。
「大丈夫? 片付け終わったからベッドで横になりな。ここで寝ても疲れとれないよ」
香織の背中を再びさすりながら言った。
「本当にごめんなさい。少しだけスッキリしたけど頭痛いよー。横になりたい」
申し訳なさそうだが、気持ち悪さの方が上回っている。そんな様子だった。
香織を寝室まで連れて行き、ジャケットを脱がしてベッドに寝かせた。
とてもじゃないが1人で鍵をかけれそうにないので今日は泊めてもらうことにした。体調も悪そうでまた吐いたりしても対処してあげれるようにという、ていのいい理由もつけて。
あらかた片付けを終えたので香織が寝ているベッドの横の床に座り、頭だけベットを借りて寝ることにした。
バーで飲んでいる早い段階で香織を泥酔させて、家に送るプランを考えていた。さりげない話術で気分良くお酒を飲ませ、更に絵を描く事で時間をひっぱり、タクシーを使うのも計算通りだった。
場合によっては今日中に肉体関係も結んでしまおうとも考えたが香織の話を聞いて、思った以上に男性に対して免疫が無さそうだったので、いきなり肉体関係に持っていくのにはリスクがありやめた。
その代わりにマンションまで送ったり、嘔吐物の処理をする事で誠心誠意尽くす所を見せた。
ーー翌日ーー
「頭いたっ。やばっ何時だ」
頭に手をあて寝室にある時計に目を向ける香織。
時刻は6時20分を指している。
そして床に座りながらベッドの下にいる俺を見て、昨日の事を思い出している様子だ。
「ふぁー。香織さんおはよう。体調はどう? 具合悪くない? てかごめんなさい。勝手に泊まってしまって……」
あくびをしながら勝手に泊まった事を申し訳なさそうに謝罪した。
「おはよう……てかこちらこそごめんなさい。うっすら覚えてるけど私かなり酔っ払って吐いちゃったよね? 本当に本当にごめんなさい」
まだ二日酔いで気持ち悪いはずなのに一生懸命謝ってくる香織。
「ううん。全然気にしないで! 勝手にやった事だから。てか今日仕事だよね? 2日酔い酷そうだから時間ギリギリまで休んでな。朝飯くらいなら俺作るし! 勝手にキッチン借りてもいい?」とニコっと笑いかけて尋ねた。
こんな顔で聞かれたら中々NOとは言えないだろう。
「今日仕事だぁ……確かに2日酔い酷いなぁ。でも悪いからいいよ。てか拓海くんも仕事じゃないの? 時間ギリギリまで一緒に休めばいいじゃん」
香織もこちらを気遣ってくれている。
「俺は今日午後から講義だから、朝はゆっくりで大丈夫なんだなぁ。それに俺の入れたコーヒーって2日酔いに効くって有名なんだよ。じゃあちょっとキッチン借りるね」とまた笑顔で言った。
「ゴメン。じゃあちょっと休ませてもらうね……」
香織がベッドに横になるのを見てキッチンに向かった。
キッチンにあったあり物で小さくカットしたトーストと目玉焼き、それにコーヒーを手際よく用意した。トーストの横には少量のハチミツを添えて。
「よし。完成だな」
そう1人つぶやいて、寝室に香織を起こしに行った。
「香織さん。出来たよ。少しは食べれそう?」
「うん。頭痛いくらいだから食べれそう」
香織に手を差し伸べ、リビングまでエスコートした。
「うわぁ!? ありがとう! 凄く美味しそう! 男の人にこんなのされたの始めて!」
香織の喜ぶ姿は、キャリアウーマンのそれではなく1人の少女のようだった。
「食べれるだけでいいから食べてみて。じゃあ頂きます」
トーストを一口食べて湯気の出ているコーヒーに手を伸ばす。
ちょっとした話をしながら、少量に盛り付けられたプレートを香織も完食した。
「ごちそうさまでした。美味しかった。それに拓海くんのコーヒー飲んだら本当に2日酔いが少し良くなったみたい! 何から何まで本当にありがとう」
寝癖のついた髪に全く気付く様子もなく、無邪気ないい表情を見せてくれた。
完全に電源オフといった、この顔も昨日の姿とギャップがありとても魅力的だった。
「ゴメン。そろそろあたし準備して行くね! 拓海くんはもう少しゆっくりしていっていいからこれ渡しておくね」
そう言って部屋のスペアキーを渡してくれた。
その後すぐに準備を終え、香織は会社に向かった。
昨日会ったばかりの俺にスペアキーを渡してしまうほど香織は俺を信用していた。普通に考えたらあり得ない。
だが、バーでのやり取りやマンションまで送った事、また嘔吐物の処理や朝ごはんの準備など誠心誠意尽くしたのが伝わったのだ。
その中でも嘔吐物の処理というのはかなり重要な意味があった。嘔吐物は体から出るもの即ち排泄物などと同じカテゴリーに分類される。人間にとって排泄物を見られる事や処理される事以上に羞恥な事はない。親にだって見られたくないものだ。それを俺は昨日処理した。
香織からしたら凄く恥ずかしい事だが、これだけ汚い事も自分の為にしてくれたと思うと自然に気持ちを許すようになる。
また無防備に寝ている自分に対しても誠実に対処してくれた事も信用を得る決め手となったに違いない。
こんなに自分の為に尽くしてくれた人が悪い事をする訳がない。そう思い何の躊躇いもなくスペアキーを渡してしまったのだ。
片付けを済ませた後、テーブルに置き手紙と連絡先を置いた。
【連絡先置いていくので連絡ください。スペアキーも返したいのでまたバーで会えたら嬉しいです】
そして俺は香織の部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます