虫籠

コオロギ

虫籠

 KがEに食らいついていきなり共食いを始めたのでぼくはちょっとびっくりしてKにEはエサじゃないことを教えたんだけれどKはもう食うのに必死って感じでEをがっちり掴んで離そうとしなかったしEはEでただぎゃあああああああああああああとうるさく叫ぶばっかりで冷静に観ればじっとおとなしくしていたからこれはこういうものなんだなと妙に納得したからKとEをそのままにそこを離れた。

(だいたいおおすぎなんだよ)

(あははは、きもいね)

 箱の外からは神様の噂話が響いて聞こえてくる。ぼくたちの運命は神様が決めている。もう死ぬことはこの箱の中に入れられるずっと前からぼくは知っていたからまあいいんだけどこの箱の中の光景ってどうなんだろうとついついぼくは思ってしまう。今朝唯一の水飲み場に行ったら中でHが溺死していてふやけて腐り始めていて飲む気が一気に失せてしまったしエサはたまに神様の思いつきで空から降ってくるんだけど便所がないからうんこだらけの地面に落ちて混ざってしまうからこの箱の中に入れられてほんの少し経ったときにはもう鼻は完全にイカレていた。他のやつの場合はどうだか知れないけれど真っ先に精神崩壊を起こしたのはCだったと思う。Cはとっくの昔に神様に連れていかれたからある意味幸運なやつだったのかもしれない。現時点でまだ頭がイカレてないやつはAくらいだろうか。

 うんこは恐るべき速さで透明な地面を覆って真っ黒にしてしまったけどそれに反比例してぼくたちの数はじゃんじゃん減っていった。箱の中で病気になって野たれ死にするやつもいたし逆に元気なやつは神様から逃げまくった挙句に脚をもがれて連れていかれたりした。

 天井を見上げてみる。呼吸ができるように格子状に穴の開いた青い天井。たまにその真ん中がぱっくりと開いて神様の手が伸びてぼくたちの中の誰かが外へ出される。Aと前に話してぼくたちはエサなんだということで意見が合致した。箱の中で死んだやつらはそのまま放置されるところをみるとぼくたちは生きていないと神様にとって意味がないんだろう。生きたまま食われるってどんな感じなのかなって思ってたけどさっきKがE食ってた感じよりは気持ちの衝撃的にはましなんだろうか。

 見つめていたら天井がぱっくりと口を開けた。あ神様が来るなと分かってそのままぼうっとしていた。今日は誰が連れていかれるだろう。誰っていってももうぼくとAとKとE、はもういないんだった。

 神様の手が下りてきた。ぼくに向かって下りてきているようだったからああついに来たなあとじんわり覚悟を決めていたのに混乱したKが雄叫びを上げながらダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダと走り回ってぼくに突撃してきたから神様の照準がぼくからKに移ってしまったらしくKは脚をもがれて捕えられて連れていかれてしまった。

 かわいそうなことをしたかなと思ったけど特にぼくは何もしなかったのでこれも神様の決めたことだから諦めるしかないんだと思い直した。

 ふたりきりになっちゃったねとAに言いに行こうと思ってぼくは歩き出した。うんことエサの混ざり合わさった地面を踏みしめてたまに腐ってぐちゃぐちゃの死骸とかかさかさに干乾びた死骸を踏み越えてAを探した。Aはなかなか見つからなかった。隠れようとしたって隠れる場所なんてこの箱の中にはないのにほんとにどこにいるんだろうと不思議でしかたがなかった。まさかとは思いながらも水飲み場に向かった。水の中に半分以上身体が沈んでふやけて膨張した死骸が一つあるだけだった。Hだとばかり思い込んでいたけどもしかしてと思ってぼくは頭部を持ち上げた。もしかしてふたりじゃなくてひとりきりになったんじゃないかってことを確認しようと。…Hだこれはやっぱり。

 じゃあAはいったいどこに。そう思ってふとHの白濁した瞳を覗くとそこにAの姿が映っていた。ぼくはKがEを共食いするのを見たときよりもびっくりしてしまった。そんなぼくを見てAもびっくりしていた。ははあとぼくはにやりと笑った。Aもふふんといった感じで笑った。Aは本当にすごいやつだ。まさか死骸の中に逃げるなんて。たしかにこれなら死んだのには興味がない神様は手を出さないだろう。ぼくが感心して何度も頷いていると誇らしげにAもうんうんと頷いた。それからどうしてぼくはAを探していたのだか思い出そうと首を傾げるとAもどうしたんだと首を傾げてぼくを見つめた。ぼくがそうだ思い出したと手を打つとAもそうだろうと手を打ってぼくたちは同時にふたりきりになっちゃったねと言って笑った。

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