エピソード23《開戦!》


 午後1時5分、各種ガジェットチェックが行われて正常にレースが行われるという事が発表された。

『今から、梅島スペシャルコースに関して説明いたします!』

 突如として聞こえた実況の声に周囲のプレイヤーが驚く。

そして、バイザーにはコースのマップらしきものが表示された。どうやら、このコースを3周するという物らしい。

『コース取りに関しては警告メッセージが出ない物であれば問題なし。他ゲーム専用ARガジェット、違法ガジェットは使用禁止。過度の攻撃、故意にリタイヤさせるような挑発行為は反則とみなし、このレース以降の出場権利がはく奪されます』

 最後の説明を実況が行う前、蒼空(あおぞら)かなでのバイザーに謎のメッセージが送信された。

メッセージ主の名前は不明であるが、スパムメールの類ではないのは間違いないらしいが――。

【超有名アイドルと政治家が手を組み、自分達の利益の為だけに拝金主義を合法化しようとしている。これを阻止する為には、パルクール・サバイバーが必要不可欠】

 メッセージの内容を見て、何を伝えようとしているのかは分かった。

しかし、『パルクール・サバイバーは復讐の為に用意されたステージではない』と言われたばかりである。

「どちらにしても、何者かの誘いに乗るべきではない。真実は自分の目で確かめる」

 そして、蒼空を初めとした20名の選手が一斉にスタートをする。

しかし、ここでアクシデントが発生した。突然、イエローランプが点灯したので他の選手も急ブレーキをかけられた気配である。

『これはいけません! 先ほどのスタートでフライングの疑いがあり再発走となるようです』

 何と、まさかのフライングである。他のレースでもフライングに関しては厳格に見ている傾向があるのだが――レース系のARゲームでは特に判定が厳しい。

ランニングガジェットのスピードを考えると、わずかコンマ1秒でも最大速度に達すれば、距離を稼ぐ事は可能だ。

 競艇ではフライングによって返還欠場と言うルールも存在するのだが、そこまで厳しいルールは採用されていない。

そこまで適用して、初心者プレイヤーが寄り付かなくなる事を運営が懸念しているからだ。

『フライングの選手は6番、8番、14番の選手です。これら3選手には、ペナルティとして完走時のタイムに5秒が加算されます』

 1分が経過し、フライングの判定画像がセンターモニターや各選手のバイザーに表示される。

そこには、スタートランプ点灯前に勇み足でスタートをしてしまった選手の姿が映し出されていた。

蒼空もフライングの疑惑があったのだが、こちらは他の3選手よりも遅め、正常スタート組と同じの為にフライング判定は行われなかった。

『フライングのあった関係で、これより再発走を行います。会場の皆様にはご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ちください』

 実況担当の太田さんも平謝りで再発走のアナウンスを行う。

次にフライングがあった場合は該当する選手が失格になる為か、周囲にも緊張が走る。

『改めまして――これより、第5レースを開始いたします!』

 アンテナショップで行われるレース数には限りがある。レース数に制限がない場所もあるが、地域住民の要望や夜間レースも可能な環境がない場合は1日にレース数を制限している場所が多い。

レースの開始を告げる実況が入ると、まばらだった周囲にも観客が入り始める。

これが野次馬根性なのか、色々と反応に困る所だが――。



【レーススタート】

 バイザーにスタートコールが流れると、各選手がスタートダッシュを決めてコースを突き進んでいく。

蒼空は出遅れた訳ではないが、フライングを考えているうちに若干出遅れた格好だ。

コースはトラック競技のトラックを連想させる基本コースだが、複数のショートカットが存在している事でも知られる。

そのショートカットの難易度こそが、スペシャルコースと呼ばれる由来でもあるのだ。

「あの矢印が、最初のショートカットか」

 蒼空のバイザーに表示される右折を示す矢印、それこそがショートカットを示している。しかし、その矢印の先にあるのはコンビニだ。店内へ入る訳ではなく屋根を飛び越えるショートカットだが、屋根を飛び越えるだけであれば難所と言う訳ではない。

「ショートカットを駆使すれば、先頭グループへ―」

 蒼空が抜き去っていた選手がショートカットでコンビニの屋根をジャンプで飛び乗る。その後、更にジャンプで別の店舗へ飛び移るというコースなのだが、失速して壁に飛び移れずに墜落した。その選手は、ガジェットの故障でリタイヤしている。

仕方がないので、蒼空はそのままショートカットせずに直線距離を進む。他の選手は矢印が存在しないショートカットも駆使して数秒のタイムを稼いでいるのだが、一部のコースは選手が各自で探し出す形式の様だ。

しかも、この隠しコースがウィキ等でも掲載されているのだが、それが事実かどうかは実際にコースを走った者にしか分からない仕組みである。

蒼空はウィキで事前にコースを覚えている訳ではないので、下手に先頭グループを追跡しようとすると思わぬコースアウトやリタイヤに影響する可能性が否定できない。その為、コース取りに関してはバイザーに表示されるナビゲートの指示で動く事にした。

実際、蒼空と同じようにショートカットは二の次と考える選手もいる。1位を含めた先頭集団はショートカットを使っている形跡はない。それに加えて、ショートカットはスコアにも影響するのだが、下手をすればリタイヤというリスクも存在する。

前のレースで学習した事もある為、蒼空は普通に完走する事を第一に考えた。リタイヤせずに完走すれば完走時にポイントは入る。

考えているうちに蒼空は第2チェックポイントに突入する。このコースを右折すれば直線コースのみになるのだが、ここにもトラップが存在し―。

「なんて事だ?」

 鎧武者チックのガジェットを装着した選手が急に横転するが、周囲にガジェットの破片が散乱している訳ではなく、他の先頭を追跡するグループはそのまま通過する。この選手はしばらくした後にセーフティーカーを呼ばれる事になったが、そのままレースを続行する。

直接事故の光景を見た訳ではないが、倒れた選手の姿を走りながら確認した蒼空は何かを思いつつ現場を通過した。

【既に3名リタイヤか】

【2周制だったな。果たして、どれだけの選手が完走できるのか気になる】

【ショートカットを駆使しても30秒以上の差が出ていると、追いつくのは難しいな】

 つぶやきサイト上でも色々なつぶやきが流れる。それ程、このスペシャルコースは特殊なのだ。



 第3チェックポイント、ここも右折後に直線と言う普通のコースである。

しかし、直線だけと思ったら大間違いな障害物がコースには設置されていた。厳密にはこれをコースと言うのかは判断が難しい。

この辺りは交通規制等の事情もあるのかもしれないが……初心者にとっては、かなりの試練となるのは目に見えて分かる。

「あれは、路線バス?」

 目の前に現れた物、それは走行中のバスである。赤信号で止まっていたはずなのだが、信号が青になって走り出した物の様だ。

下手をすれば激突事故にも繋がりかねない。一部のレースゲームでは激突してスコアが出るような作品もあるかもしれないが、これはARゲームである。

一歩間違えれば、臨時ニュースにもなりかねない大事故が起こるのは確実である。

本来であれば、運営側もバスのスケジュールを把握し、危険走行にならないよう監視をしているはず。

そんな中、蒼空が取った行動は――周囲を驚かせるどころか、言葉が出ないような行動だった。

「ここで、フルパワーを!」

 左右のブースターの出力を上げ、疑似飛行状態でバスを飛び越えようと考えていたのである。

しかし、ハードル走や走り幅跳びのような感覚で飛び越えられるような、容易な物ではないのは蒼空にも分かっていた。

そこで考えたのは、右腕に装着したビームアンカーユニットを使用する事。

アンカーユニットを射出後、特定ポイントにアンカーが固定された事を確認すると、サブブースターも起動させて更にホバリングを維持、その直後にバスが通り過ぎたタイミングを見計らい、アンカーを高速で巻き上げた。

この行動はスーパープレイの類ではないが、咄嗟の判断で出来るような物ではない。

バスの方に衝突する事はなく、大事故には発展しなかったが――判断を1秒でも間違えれば、怪我人どころではなかっただろう。

「どういう事だ?」

「あの動き、パルクールのソレとは全く違う」

「スタイリッシュな動きなのは確かだが、パルクールともフリーランニングとも該当しがたい」

「しかし、バスのスケジュール等は厳重に管理されているはず。まさか、運転手がソシャゲに夢中で前を見ていなかったのか?」

「車を運転しながらスマホゲーをプレイして事故を起こすケースが問題になっている。おそらくは、その路線もありえそうだ」

 周囲の反応はそれぞれだが、あくまでもパルクール・サバイバーは完走出来るかどうか、スコアがどうなるかが判定される。

パルクールのアクションかどうかは判定されない。あくまでもフィギュアスケートの様な競技ではなく、これがスピード系競技だと言うのが明らかと言う位だ。

これには目撃した観客も驚いているのだが、それ以上に驚いたのはバスの運転手と載っている客だろう。

バス自体に振動は確認されなかったのだが、一歩間違えればバスに激突してもおかしくない場面だけに冷や汗ものだった。

運転手に関しては、スマホゲーに夢中になっていた訳ではなく、若干の遅延を気にしての強行運行だったらしいという事が公式発表された――その発表で納得するかどうかは別として。

【今の場面、事故が起こらないとでも思ったのか?】

【あの路線バスに関してはアクシデントだろう】

【バスの誘導ミスなのか、それとも意図的な物か】

【ながらスマホが問題になったという話が過去にも会った。もしかすると――】

【それはさすがにないだろう。足立区内のバスはARゲームに対応したシステムを搭載し、適切なコースを指示するはずだ】

【そのシステムがハッキングされた可能性も――?】

 つぶやきサイト上では、今回のバスが障害物として用意した物ではなく、アクシデント的なものであるという判断だった。

最終の第4チェックポイント、これを通過すると短い直線に入ってゴールとなる。

既に完走を果たした選手もいるのだが、そこに蒼空の姿はない。まだ、ゴールをしていないからだ。

「あと少しで、ゴールが――」

 走り続ける蒼空だったが、目の前に突然と現れたのはフライングを行った14番の選手。

これには蒼空も閉口した。一体、どうやってショートカットを行ったのか?

結局、蒼空は完走を達成したものの、スコアの部分で大幅に遅れを取って15位と言う順位に終わった。

最下位ではなかったのだが、3名のリタイヤ、2名の反則失格もあったので完走者の中では最下位に近い。

「どうして、勝てないのか?」

 バイザーを外し、悔しがる蒼空。その目の前に姿を見せたのは小松提督だった。

彼の表情は自分を見下す為に来た訳ではないのだが、そんな風に見えてしまう。

「フリーランニング、パルクールとも概念が全く違う物に対し、それと同じように考えるのは間違ってはいないのだが、間違ってもいる」

 彼は意味ありげな一言を残し、そのまま立ち去ってしまった。

本来は別の目的で訪れていたのだが、そちらも不発と言う事もあって機嫌が悪いのだろうか?



 そして、蒼空は彼の一言について考えた。パルクール・サバイバーをパルクールと同じ物差しで考えていたのか。

確かにシステムとしてはパルクールを参考にした個所がないと言えば嘘になる。

それでもサバイバーには決定的に違う部分があるのは事実だ。

それはARゲームという拡張現実を使ったバーチャルとも違った疑似体験型ゲーム、それに使われるガジェットを使用している所にある。

ARガジェット、それは時としては武器、楽器、更にはパワードスーツにもなる夢のガジェットと言えるかもしれない。

この技術を利用すれば、軍事技術にも転用できるというのはネット上でも噂になっている通りだ。小松提督は何を伝えようとしていたのだろうか?

サバイバーをパルクールと同じ物と考えるのが間違いなのか、それともサバイバーをARゲームと考えるのが間違っているのか。

「ランニングガジェットのシステム自体は、確か――」

 太陽光パネル装甲を利用したARガジェット、その技術はランニングガジェットにも使用されているのは以前にも聞いた事がある。

それに加えて、ガジェットの技術は別の何かを参考にしたとも言われ……真相やソースは別として。さすがにまとめサイトの部類ではないのは事実だが。

【アカシックレコード、その力に振り回されれば破滅の未来が待っている】

 再びバイザーを被った蒼空の前に現れたメッセージ、それは差出人不明のショートメッセージだった。

一体、何処から送っているのか、現状の蒼空では理解出来ずにいる。


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