エピソード24《何処までが事実で、何処までがフェイクか――》


 4月11日、この日は朝から曇り空で、午前中の早い段階で雨が降り出している。

大降りと言う訳ではないが、天気予報では傘や雨合羽が欠かせないだろうという話だ。

「この雨の中でも――」

 雨合羽を着て外出していた蒼空かなでが竹ノ塚のアンテナショップで見た光景、それはパルクール・サバイバーを雨の中でプレイする選手の姿だった。

雨が降っていればスポーツ的にも不利になる事が多いのだが、パルクール・サバイバーは大丈夫なのか?

「雨の中だろうと、彼らはスコアやランキングの為に戦っている。ランキング荒らしや超有名アイドルの宣伝目的と言った行為を行う選手に対し、敵意を持っているからだと思う」

「そこまでして、彼らは目立とうと考えているのですか? 講習でも『アクロバット等で目立つ行為からSNS等を利用して目立とうとする選手が増えた』と言っていましたが」

「そう言った単純にテレビに出たい等の野次馬根性ではパルクール・サバイバーは生き残れない。本当の意味で心身が強い物だけが、サバイバーのランカーになれる」

「詳しく知っていますね。あなたもランカーですか?」

 突如として彼の隣に現れた女性、提督服姿にメガネという外見だが、パルクール・サバイバーの事情を知っているように見えた。

しかし、自分からその辺りを話そうとはしない。

「残念ながら、自分はランカーではない。名前も別のゲームでは知られているが、ここでは全くの無名と同じだろう」

「なら、どうしてサバイバーの事を?」

「ネット上で色々と気になる事を見つけて、そこから独断で調査をしているが――」

「一体、何を見つけたのですか」

 蒼空が彼女に尋ねるのだが、それを語るような事はなかった。

その辺りをかいつまむと、独自解釈と言うのもあるが別の勢力に狙われている事が理由の一つだと言う。

「コンテンツ業界の闇、過去に何度も超有名アイドルが唯一神になろうとしている時代があった。それを何とかしようと立ち上がったのが、ARゲームを初めとしたゲーム業界だった」

「ゲーム業界に、それだけの力があったのですか?」

「財力的には音楽業界の方が上と言う気配もあったが、おそらくは超有名アイドル勢力の圧力がかかっていなかった業界が、ARゲームだっただけのことかもしれない」

 提督は、こうも付け加える。

『ARゲーム業界全てが超有名アイドルのやり方に反対していた訳ではなく、それが一部の作品を悪と認定されてしまった』

――と。彼女は、気が付くと姿を消していた。

「あの人物は一体?」

 蒼空は考えていたが、それよりも先にアンテナショップの店内へと入って行った。

「あの提督は確か……」

 ある提督も遠目から2人を見かけたのだが、話の内容までは聞きとれていない。

しかし、彼が接触していた提督に関しては以前に見覚えがあった。

「仮に彼女だとすると、サバイバー運営を離脱した時期と矛盾が生じる。それに加え、あの時期に運営と衝突して離脱した提督は複数人いるが……」

 ある時期、運営とサバイバーの運営方針で衝突した提督が複数人いると言う話がある。

実際、この時の衝突がきっかけで離脱した提督の中には、優秀な人材とも言える人物が数人いた。

そうした人物を手放すこと自体、運営にとっては大きな致命傷となっている。それから数カ月後、2017年の1月にはサバイバーの運営がスタート事になったのだが……。

彼としては、自分の予想が気のせいであって欲しいと感じていた。

しかし、メガネをしている提督に彼は見覚えがなかった為、気のせいと感じたのかもしれない。



 午前10時、ガーディアン本部ではメットを装着した夕立がSFを連想するようなインナースーツ姿でスタンバイをしている。

それに加えて、他の有名ランカーの姿も目撃され、これから大きな作戦が動くような気配でもあった。

「我々は、ある勢力がパルクールを国際スポーツ大会の公式競技に追加しようと考えている情報を掴んだ」

 青い制服を着た女性提督が集まったランカーに対して強い口調で話す。

時々、オーバーアクションと思われる腕を振り回す動作等もあったが――。

「この勢力は夢小説をネット上にアップする事で自分が注目を浴びようとしている――こうした行動に対し、過去には脅迫事件まで起こり、多大な損害が出たのは有名な話だ」

 青い提督は机がないのに、それをバンバンと叩くような仕草を見せる。

その部分を強調させて、士気の高揚を狙っているのか?

「しかし、これらの勢力の正体は超有名アイドルの夢小説をアップしている勢力だったのだ。つまり、超有名アイドルで同じ事をやって下手に目立てば警察に逮捕されて逆の意味で注目を浴びる、だからこそ――」

 再び机をたたくような動作を青い提督が行う。

彼女は過去に夢小説でトラウマでも植え付けられたのだろうか?

「我々の目的は運営が放置しているトラブルや不具合に対して対処していく事だが、アンチの出没に関しては放置できるような展開ではなくなっている」

 最後に青い提督は拡声器を何処からか取り出し、大声で叫ぼうとする。

しかし、最初はハウリングが起こってしまったのでボリューム調整を行った。

『何としてもブラックファンを警察へ突き出して、超有名アイドルへ投資を続ける政治家をあぶりだすのだ!』

 そして、他のメンバーも出撃、それぞれの持ち場へと向かう中、夕立だけはその場に残っていた。一体、提督に何を聞きたいのだろうか?

「提督、やはりガーディアンの活動に個人の感情を持ちこむのは感心できません。それは、あなたの執筆したオリジナル小説が夢小説勢に――」

 夕立はメットを外し、緑髪のセミロングを提督に披露する。

しかし、この髪に関してはウィッグの類で、本来の姿は誰にも見せた事はない。

「それを言うなら、あなたも過去のアクロバット事件、あれを強く引きずっているのは目に見えている。ガーディアンは、ここまでしないと動かないのはあなたも知っているはずよ」

 提督の方も夕立に関して何かを知っているような口調で話す。

挑発と言う訳ではないのだが、そう受け止められても仕方がないような喋り方だ。

「それでも、あれは一歩間違えれば血の惨劇を生み出す結果になっていた。一歩間違えればARゲームが全て危険であると思われ、それこそ――」

 夕立は提督に対して反論をするのだが、提督は途中で『皆まで言うな』と言わんばかりの仕草で話を途中で止めさせた。

「それは言われなくても分かっている。超有名アイドルファンが実は――」

 提督は本来であれば誰にも話さないような事を夕立に明かし始めた。

「しかし、それらを全てまとめたサイトであるアカシックレコード、それが現れてからは全てが変わり始めた。向こうで書かれていた事が現実になって行くにつれて、自分の書いてきた作品に出てきたARゲームや新たな音楽ゲームが超有名アイドルに潰されるのを見るのがつらくなってきた」

 それは慢心なのかもしれない、と付け加えて提督は別の場所へと向かって行った。

去り際の提督の目に涙はなかったが、さみしそうな目をしていたのは間違いないだろう。

この提督がとあるWEB作家だと分かったのは、それから数日後のことだと言う。

彼女の存在は周囲も知っていたが、誰一人として突っ込まなかったから名乗らなかったというのもあるかもしれない。



 午後2時、雨天の中でサバイバーに参戦する者もいれば、北千住にある室内練習場で軽いトレーニングをする者もいた。

「まだ、スーツの感覚に慣れない」

 軽いトラック往復を繰り返していたのは、インナースーツ姿の秋月彩(あきづき・さい)。

ランニングガジェットの持ち込みも可能なのだが、彼女はガジェットなしでインナースーツだけでトレーニングを行っている。

トレーニングに関しては個人の自由である一方で、大型ガジェットや大量破壊兵器クラスガジェットの使用は限定解除エリアのみとしている。トレーニングの際は服装フリーとしながらも、私服や体操着等でトレーニングする姿はレアケースだ。

秋月が走っているコースはショートトラックではなく、800メートルのトラックである。これを数往復しているので、彼女の体力がサバイバーのプレイヤーから見るとチートと言われるのかが分かるのかもしれない。

「あれで疲れないのか?」

「彼女、既に5キロは走り込んでいるだろう。それだけ、体力の作り方が違うという事なのだろう」

「確かにパルクールにも体力は必要不可欠だ。しかし、サバイバーの方はプロ野球選手や陸上出身者でさえ苦戦する。それだけ、スポーツ経験者も苦渋を強いられると言うのに」

 ギャラリーの男性も秋月の運動能力に関してはお手上げの状態に近い。プロアスリートでサバイバー成功者と言うケースは前例がゼロではないのだが、滅多に出てこないのが現状だ。

1月にサービスインをしてから、100万人規模とも言われているサバイバーだが、それでも上位に入った選手は指折り数えるほどである。

それ以上に、チート勢の出現や違法ガジェット使い、超有名アイドルのPR目的、単に目立ちたがり等の参加者も増えているのが運営の悩みでもあった。

そうした現状を打破する為、運営も遂には上位ランカー勢に声をかけ、不正行為の取り締まりをして欲しいとメールを送ろうとも考えた。しかし、それらが過剰干渉に加え、一種の八百長とも取られると考え、断念したと言う。

「運営もチート勢等に関しては無策と言う訳ではないが、何を考えているのか」

 スポーツドリンクを飲みながら、男性は秋月の走っている姿を見ている。

しかし、数分が経過した辺りで時計を確認し、別の場所へと姿を消した――。



 午後2時30分、蒼空(あおぞら)かなでは竹ノ塚と埼玉県草加市の間にある大型施設に足を運んでいた。

この施設は雨天でも晴天時と同じような環境でサバイバーをプレイ可能と言う事で一部ユーザーに評判の場所である。

「間もなく一般戦が行われます。参加者希望者は、エントリーシートのデータをダンロードしていただき、指示に従って記述を行ってください」

 レース参加方法も最新型に近く、エントリーシートをダウンロード後にタブレット端末で必要事項をチェックしていけば良いだけ。

これには何度も受付で質問するよりも手早いという事で人件費も節約できると評判だ。

「タブレット端末のチェックだけで、第3者によるなりすましに対応できるのか――」

 蒼空が受付の男性に質問をする。確かに手書きではない分、第3者が代筆したとしても見分けが付かない可能性は否定できない。

しかし、それらもすべて織り込み済みだと言う――真相の程は別として。

「あくまでもエントリーに使うタブレット端末及びランニングガジェット、それらでエントリーシートを記入していただく必要があります。第3者が別のガジェット等で記載したとしても、それはレース前のガジェットチェックで引っ掛かります」

 心配は無用なのでレースへ参加する際はシートを書いて欲しい、と言う風にも思える表情をして彼は質問に答えた。

対応マニュアルがある訳ではないのだが、レスポンスが早い事に蒼空は驚いている。

それとは別の受付でエントリーを済ませた人物が蒼空の方を見ている。

しかし、既にエントリーを済ませたのでコースの方へと向かう途中なのだが――。

「アレが噂の人物か」

「超有名アイドルも、何故に彼を警戒するのか分からない」

「ランカー勢やガーディアンでもない人物を本部が警戒するのは、どういう事か」

「とにかく、厳重に警戒する事には変わりあるまい」

 この会話を蒼空は気付かない。それに加え、この話をしていた超有名アイドル勢も別の勢力に聞かれていた事実にも気づいていない。



 午後2時35分、超有名アイドル勢でも一番の権力を持つ大手グループファン、サマーなんとかよりも影響力は非常に高く、その昔は鶴の一声でテレビ局を動かした事もあった話もあった。

「他の超有名アイドルはお互いに潰しあいを行っている。サマーの方も、我々が動かしているとは気づいていないだろう」

「そうですね。これからが我々の本番。東京で国際スポーツ大会が開かれた際には所属アイドルを全てのテレビ局に出し、アイドルで世界征服をする事も夢ではない」

「しかし、夢小説勢は我々にとっても風評被害を生み出す邪魔者。それを何とか排除する為にもパルクール・サバイバーを利用しなくては――」

「同じ事はサマーの方も気づいているはず。向こうは自分達のCD売上等を何とかする事で手いっぱい。所詮、彼らは一部のアマチュア投資家が権力を持っただけにすぎない」

 こうした会話を続けるスーツを着た男性、それは大手芸能事務所の関係者だったのだ。

彼らは自分達の所属アイドルを題材にした夢小説を書く勢力を排除する為、何とかしてパルクール・ガーディアン等を利用しようと考えている。

「いずれ、日本では3次元のアイドルは淘汰され――2.5次元がメインとなるでしょう。バーチャルゲーマーと言う物ですが――」

『なるほど。こうした勢力をおびき出す為のネタだったという事か』

 スーツ姿の男性2人の前に姿を見せた人物、それは全身鎧姿の人物、ソロモンだった。

ソロモンが会場に姿を見せた理由は不明だが――目的に関してはガジェットの売買と思われる。

「貴様は、ガジェットバイヤーか?」

「違法ガジェットの件は警察に通報済みだ。我々のアイドルグループに欠陥ガジェットを売りつけようとした事、後悔――」

『さて、後悔するのはどっちかな?』

 ソロモンが2人の遠吠えに対し、何かを確信したような笑みを浮かべる。

しかし、バイザーから素顔が見える訳ではない。次にソロモンが指を鳴らすと、そこから姿を見せたのは何と軽装ガジェットを装備した提督勢だった。

彼の装備はメインで使うソード系ではなく、軽装のレーザー魚雷ユニットやハンドガンと言う仕様だ。これは重装備で周囲に気付かれるのを防止する為とも考えられる。

「お前達の行おうとした事は、パルクール・サバイバルトーナメントに関して重大な妨害活動に該当する」

 その後、2人以外にも同じ超有名アイドルを応援するファン等が大量に逮捕され、大きなニュースとして取り上げられた。

『あの連中――超有名アイドルのアンチ勢力には、数えきれないフラグが存在する。それをへし折るまでは……』

 そして、ソロモンの方は別の場所へと向かう。

本来の目的は、こちらではなかったのだが……ついでと言う事だろうか?

『ARガジェットは――ARゲームは――戦争の道具ではないのだ。あくまでも、ゲームはゲームであり――コンテンツの一つだ』

 ソロモンはアカシックレコードにも明言されている事を呪文のように繰り返す。



 午後2時40分、ガジェットの調整も終わった蒼空がスタートラインに立つ。

屋内と言う事もあって、雨がコース内に入ってくる事はない。

パルクール・サバイバーは雨天でも決行可能であり、中止をする場合は日本を揺るがすような非常事態、大地震や台風による二次災害が想定される場合に限定される。

その為か、多少の雨や電車が止まるような降雪でも実行される場合があるようだが――。

 しかし、降雪で中止にならないのは内部施設があるエリアに限定される。これは除雪の邪魔にならないようにする為のようだ。

「講習でも聞いていたが、本当に多少の雨でもレースが行われるとは―」

 蒼空が驚くのだが、それ以上に驚きなのはコースの距離が3キロにも満たない短距離コース。今まで走ったコースとは比べ物にならないような短さである。

今回のレースでは大型ガジェットは使用不可、高速ガジェットも速度制限が入る等の雨天専用ルールが適用される。

実は、これでも短距離と言うよりは中距離に近く、距離感も掴みにくい現実もあるようだ。

「今回のコースは雨天の影響もあり、晴天用の一部コースが使用できなくなっています。しかし、正式記録としては問題なく登録されますので、皆様は全力でレースに挑んでください」

 スタッフからはコース説明が入り、そこでは全力でレースに挑んでほしいというメッセージもあった。これは、下手に力を抜いてレースに参加すれば大けがが待っているという事を意味している。

『慢心ダメ、絶対』という戒めはパルクール・サバイバーにとっても合言葉になっている証拠だろう。

 それに加え、サバイバーへの参戦にはリスクが生じる。それは、彼らの動きは常にメディアに監視され、下手に目立とうとすれば超有名アイドル勢にネット炎上のネタに利用される……パルクール・サバイバー参戦への、最大のリスクがソレだ。

このリスクを知った上で参加するプレイヤーは非常に少ない。それ程、サバイバーと言うよりもARゲーム全体で得る物の比率が大きいのも理由だろうか。

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