エピソード20《情報戦の果て》
午後3時18分、レース中に最後尾グループが出現したと同時にシステムを起動、周囲に謎の電磁波を拡散した。
この行動を起こした人物に対し、不信感を持った人物が存在する。周辺の観客は気づいていない為、一般には気づかれない特殊な電波と思われる。
「セーフティーカーを出さないのか? 一体、運営は何を考えている――」
それは、この様子を動画サイトでリアル観戦していた阿賀野菜月(あがの・なつき)だった。
別の場所へ向かう途中、気になるレースがあったので焼きそばを食べながら観戦をしている。
「あの場合でセーフティーカーを出したとしても、せっかくのレースに水を差す事になる……せっかくのレースを中止にされれば、暴動が起きるだろう」
阿賀野の隣でラーメンを食べていたのは、ARサバイバルで使用されるようなスーツに眼帯型ARガジェットと言う人物である。
この人物に、阿賀野は見覚えがあった。しかし、若干うろ覚えな部分もある。
「貴方は……?」
焼きそばを食べるのを中断した阿賀野は、話しかけていた人物がオロチと言うコードネームで有名な人物だと気付いた。
「野球やサッカー、団体スポーツには乱闘がある。F1等のレースでもクラッシュに代表されるアクシデントは付き物だ。まさか、そう言った物はパルクール・サバイバーでは絶対起きないとでも伝説化するつもりだったのか?」
この話にも一理ある。しかし、パルクール・サバイバーはカテゴリー的にはスポーツではない。
あくまでもARゲームである。ゲームにはゲームなりのルールが存在し、それが存在するからこそパルクール・サバイバーは成立すると言ってもいい――そう、阿賀野は解釈していた。
カードゲームアニメで言う『ルールを守って正しくプレイ』の精神と言えるだろうか?
「確かに、マラソンでも選手がトラブルでリタイヤになるケースがあるのは知っています。しかし、それは生身の人間での話。彼らの場合は生身の人間ではなく……」
「ARガジェットを使用していると言いたいのか? 確かにガジェットの登場によりアクロバットプレイで重傷になるような事故は減った。しかし、それはガジェットを使ったケースだけにすぎない。そして、違法ガジェットは――」
阿賀野の言いたい事、それに対してオロチの方も対抗をする。
そして、彼は更に何かを言いたそうな表情で、阿賀野に迫っていた。
しかし、彼が阿賀野に何かを聞きだそうとした場面で――。
「――分かった。ラーメンを食べ終えたら、すぐに行く」
その言葉の後、残り少しだったラーメンを完食して彼は店を出て行った。
代金は食券制度だったので食べ終わった後に精算をする必要はない。
彼の出て行った後、阿賀野はレースの続きを見ながら焼きそばを食べる。
手元にはコーラの入ったタンブラーを握っており、それを飲みながら何かを――。
「パルクール・サバイバーはスポーツではない。アレをスポーツにするのであれば、国際スポーツの祭典に……?」
そして、阿賀野は何かを思いついたかのようにレースの動画を視聴中断し、ネット上で情報を探し始めていた。
仮に予想が当たっていたとすると、超有名アイドルの狙いは大変な事になる。
彼女の使っている端末は様々な部分でネット検索を便利にする為の工夫がされているが、それを他のユーザーが実践しようとは思わない。
あくまでも阿賀野独自のカスタマイズ――と言うべきだろうか。
「やっぱり、そう言う事なのね」
阿賀野は驚きのあまり、焼きそばをのどに詰まらせてしまう所だった。
それ位に自分の予感は的中したのである。それは、アカシックレコードを読み解くような――。
「仮に、この仮説が正しいとして超有名アイドルファンには何の得があるのか……。得があるとすれば、彼らは何を得る?」
しかし、このような事をしてアイドルファンが何を得ると言うのか。
阿賀野には、そこだけが理解できないでいた。コンテンツ支配をするのであれば、このような回りくどい作戦をとるのか?
「もしかして、バイヤーの正体って――」
阿賀野が懸念していた事は、この数分後に現実となった。
一連のニュースが報道されたり、ネット上で炎上祭りとなったのも――このタイミングらしいが、真相は闇の中に消えている。
4月9日、さまざまな所でナイトメアに関するニュースが報道されている。
その半数が超有名アイドルファンと認識している物であり、目新しいようなニュースは特にないように見えるようだ。
『ナイトメアの存在、おそらくは潜入スパイの類と考えるが』
ロケバスでテレビを視聴していたのはソロモンである。ある人物が連絡を取っている人物でもあるのだが――。
マスコミのやり方は熟知している訳ではないが、今回の報道は何かと似ているように思えてきた。
『この報道方法は、もしかすると――』
これ以上の発言はイリーガルに探られる可能性を踏まえ、しばらくは沈黙する事にした。
ソロモンが懸念した案件、それは過去に起こったSNSテロのテンプレ事例である。
しかし、その事件を調べたとしても今回の事件と関係があるのか――疑問に尽きない。
【アカシックレコードの記述、それは非常に危険な物と言われているのだが――】
残念ながら、アカシックレコードに関しては情報が乏しい為か具体的な情報は存在しない。
中には一部のつぶやきには黒塗りがされており――真相は文字通りに闇の中だ。
まるで――黒塗りの事例は今回の事件には一切関係のない外伝で触れるので、今回はカットすると言わんばかりである。
しかし、ソロモンはアカシックレコードには超有名アイドル勢力の末路も予言されていると考えていた。
『アカシックレコード、それが意味する物は未だに分からない。しかし、これが存在する以上は、世界に対して警告を示しているのは――』
ソロモンが何かの真実に辿り着いたのだが、キーワードが解析できずにブラウザを閉じる。
ソロモンのタブレット端末を覗き見しようとした何かを見つけたからだ。
『監視カメラではないか――』
警戒するべき人物はイリーガルだけではないという事実を知った瞬間でもあった。
ロケバスの外には監視カメラの様な物が設置されている。どうやら、目的地に付いたようだ。
その場所とは、梅島のラーメン店であるのだが――。
「お前がソロモンか?」
そこにいたのは、汎用ガジェットを装備して顔を隠したガーディアンの人物だ。
『お前がこちらの指定した人物だと言う証拠が欲しい』
ソロモンの一言を聞き、目の前の人物は――。
「証拠を見せないとまずいのか?」
目の前の人物は、疑いの深いソロモンを納得させる為にも、とあるデータをソロモンの端末へ送信する。
そのデータはある人物から見せるように指示されたデータでもあるのだが――。
『把握した。最初から、これを見せればよかったのだ』
ソロモンは彼が疑り深い行動を見せた事には、ある程度の理解は示した。
一方で、最初から証拠を見せれば周囲からも冷たい視線が……と言う事はなかったはず。
2人が会話をしている場面を見て、何かの不信感を感じていた人物がいた。
それはある提督である。彼も、ここへは別の目的でやって来たのだが……。
「あのソロモンと言う人物……何かあるように思えるが」
ソロモンの動きに疑問を抱くのだが、憶測で動けば思わぬ罠が待っているという事は以前にも学習済である。
その為か、現状は泳がせておく事にした。超有名アイドル等に関しては事件の闇が深い為、そうするしかないという事情もあるのだが。
「どちらにしても、無人ガジェット暴走事件の真相を知る為には……」
提督が気にしているのは、現状のパルクール・サバイバーではなく無人ガジェット暴走事件だが――。
この事件自体は既に決着しており、警察の方も動く気配が一切ない。
芸能事務所側も下手に他のグループにも風評被害が出る事を恐れ、協力をしようとは考えていない……と言う位に、一種の黒歴史としても扱われているのが現実だ。
この事件には夕立(ゆうだち)も関係していたというのだが、そこまでは提督たちも確実な証拠を掴んでいない。
「もう一人、妙な動きを見せている勢力もあるが……」
提督が警戒していたのは、タブレット端末に表示されている人物である。
上条静菜(かみじょう・しずな)、彼女は過去に数件のSNSテロに関係したとしてネット上でも騒がれているのだが、現実には行方不明扱い。
しかし、行方不明であるという記述が嘘だった事が判明した事件が――あったのである。
それはメダル転売事件を表面化させた、例の狙撃事件――ニュースでも一部しか特集を組まなかった、あの事件だ。
あの時に姿を見せたスナイパー、その正体が上条だとする考察がネット上に拡散していたのである。
この情報の出所は不明だが、周辺住民もライフルの狙撃音を聞いたという証言があった事、駐車場に謎の足跡、スナイパーライフルの弾丸が発見されていない等の証拠を踏まえると――。
「これは――ARガジェットなのか?」
提督が偶然ネット上の広い物画像から発見した物、それは上条の使用したARガジェット『レーヴァテイン』と思われる写真だった。
場所は狙撃事件の物とは大きく異なるが、全身像に近い画像が現存するのは、これ位と言うべきなのだろう。
4月10日午前11時、蒼空(あおぞら)かなでは別のARゲームガジェットを手にしてあるゲームセンターに姿を見せていた。
そして、次々と乱入してくるプレイヤーを撃破していく。
ゲームの種類は対戦型アクションであり、限られた範囲のフィールドでバトルを行うタイプだ。
格闘ゲームと言うよりは、対戦型ガンアクションや格闘専用FPSのARゲーム版と言う雰囲気を持っている。
「さすがに勝てるわけがない」
「あそこまで連勝をしているという事は、かなりの腕前と言う事か」
「既に10連勝、前日でも15勝はしている。別のARゲーム経験者だとすれば、この能力にも納得がいく」
周囲のギャラリーも蒼空の連勝記録には驚いている様子。
そして、次の人物が乱入してきた。その人物とは、何と上条だったのである。
「あんたと戦っても、ポイントはあまり上昇しない。それに、これがパルクール・サバイバーと何の関係がある?」
蒼空は上条の呼び出しに応じたわけだが、ARゲームにパルクール・サバイバーのヒントがあると言われてもピンとこない。
「数日前のARガジェットを使用した反則に関して知っている?」
「それがパルクール・サバイバーと何の関係がある?」
上条の質問を聞き、蒼空は質問返し――そう言った反応になるのは上条には分かっていた。
「言葉で説明するより、実際にプレイして説明を――!?」
プレイして説明をするはずが、上条は予想外のインフォメーションが出てきた事に驚いている。
上条のバイザーに表示されているメッセージ、それは彼女にとって想定外のメッセージとも言える物で――。
【マッチング差に大幅な開きがあります。大幅昇格のチャンスが増加するジャイアントキリングマッチを行いますか?】
【ジャイアントキリングマッチを拒否した場合、このプレイではあなたの装備は相手プレイヤーの装備よりも5段階上の物が支給されます】
上条のランクは、蒼空のランクよりも5段階と言う開きが存在していた。
その為、ジャイアントキリングマッチが提示されたのである。マッチを設定すると、自分の装備はそのままで相手に挑む。
そして、勝利した場合には大幅なポイントが入るという仕組みだ。
このマッチングを利用して大幅昇格をしたプレイヤーも存在する。
一方で、このシステムを悪用してランキング荒らしを行ったプレイヤーがいるのも事実。
このような一発逆転のシステムはバランスブレイカーになる可能性が多く、ARゲームでも導入している作品は少ない。
【ジャイアントキリングマッチが承認されました。このマッチングはレベルハンデなしで行われます】
この表示を見た蒼空は少しため息が混ざっているような……そんな呆れ方をしていた。
ハンデなしで挑むなんて無謀すぎる。むしろ、使えるシステムは使うべきなのでは――とも考えていた。
チートや不正ツールを使われるよりは公式チートを使うべきと言うのが彼の考えかもしれない。
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