エピソード19《炎上勢力と――》
ノイズが確認された直後、フラッグ表示がレッドに変化し、レースの中断をスタッフが急いで指示しているように見える。
一体、何があったのか? 観客の方で慌てている様子は見られないが――状況を把握できずに周囲の観客に話を聞こうとする動きもあった。
『ただいま、レッドフラッグが表示された関係でレースを一時停止しております。表示が変更されるまで、選手の方はその場を離れないようにお願いいたします』
その場を離れるなと言うアナウンスが流れているのだが、動けない以上は離れる事も不可能である。
しかも、このノイズは何者かによって準備されていた物と言うのが有力だ。おそらく、何かの作戦かもしれない。
アナウンス後、会場も本格的にざわつき始める。しかし、選手の方はいたって冷静なのが――逆に不気味と言えるかもしれないが。
慌てた所で状況が変わる訳でもなく、それに加えて不審な動きをすればガーディアンに狙われる――そう考えているプレイヤーが多いのだろうか?
「超有名アイドルファンや他ジャンルのブラックファン、炎上勢力がいる限り……こうした流れが繰り返されるのか」
別の場所で中継動画を見ていたのは、ある提督だった。
彼は今回に限って言えば別の用事でアンテナショップへ足を運んでいた関係上、使用する装備は持ち合わせていない。
「アカシックレコードのスケジュール……そんな事を言っている人物はいたようだが」
アンテナショップの男性スタッフが提督に話しかける。
彼もアカシックレコードに関してはネット上での話しか知らないのだが……。
午後3時15分、5分前にはスタンバイ完了してレースが始まる予定がレッドフラッグの関係で中断、それに加えて運営が何かを再確認しているようにも思える。
『4番、9番、11番の選手に関して違法ガジェットの使用疑いがありチェックをいたしましたが、該当するガジェットが見当たらなかった為、間もなくカウントを開始します――』
アナウンスではカウントを開始するとの事だったが、レースを開始して異変があった場合はセーフティーカーを出す可能性があると言うアナウンスも同時に流れる。
これは、レース中に違法ガジェットが検出された場合――レースを没収する可能性がある事も意味していた。
「こちらには特に関係ない。全力を出すまでだ」
北欧神話を思わせるデザインをしたガジェットを使う2番のプレイヤーは自信ありげだ。
彼は上位ランカーではないが、最近のレースではうなぎ昇りで順位を上げている。
「さて、レースの方も間もなくか」
一方でF1をモチーフとして連想するようなランニングガジェットで参戦しているのは、5番の選手である。
彼もランカー勢力ではないのだが、モータースポーツでは名の知れている選手だ。
【レーススタート】
正常にレースが開始した事を示すメッセージが各選手のバイザーに表示され、20人の選手が一斉にスタート……したかに思われたが、1台だけマシントラブルでスタートできずにいた。
他がフライングをしたのか――と言われると、そうではない。
「先ほどはシステムも正常に動いていたのに――」
停止していたのは16番の選手で、超有名アイドルのファンクラブ宣伝と判断されるようなステッカーが貼られているのも特徴だ。
これを見たスタッフが運営に報告、出走を遅らせて調査していたと思われる。
「申し訳ありませんが、あなたはレースに出場する資格はない。ガジェットは正常でも、認証に使用しているライセンスは偽物。それではコースを走らせる訳にはいかないからな」
選手の目の前に現れた人物、それは提督だったのである。
白のカラーリングと言う提督は他にも多数存在し、ポジションとしてはレース運営等の担当のようだ。
「お前、本物の提督ではないな――」
選手の方も目の前の提督が偽者である事に気付く。では、この提督の正体とは何者なのか?
「こういう事だ!」
彼が提督の変装を自分から外し、その姿を周囲にさらす。
その正体とはソード型ガジェットを装備したランスロットだったのである。
そして、彼は即座に選手を拘束して駆けつけてきたガーディアンへ引き渡す。
「貴様は……?」
選手の方は彼の顔に見覚えがあり、その時は違う組織にいたはずである。
それが何故にガーディアン所属になったのか?
それを尋ねようとしたタイミングにはランスロットの姿はなく、選手の方も護送車へ乗せられて、何処かへと連れて行かれた。
午後3時17分、ビルの近くで先頭集団を確認したのは超有名アイドル勢のガジェット使いだった。
彼らは他の勢力を攻撃してレースを潰そうと考えていたのだが、予定の時間になっても合図を送る予定の選手が来ない事につぶやきサイトで状況を確認する。
【作戦は失敗した。ガーディアンに全て見破られている】
【他の場所でも次々とファンが逮捕されている。彼らは、我々の事をブラックファンとして区別して、魔女狩りの如く取り締まりを強化しているようだ】
【作戦を継続すれば、組織の上層部に関しても正体を見破られる恐れがある。現状の作戦は全て中止し、撤退せよ】
この他にも状況を示すメッセージが投稿されており、現状の作戦を全て破棄して撤退をするように指示が出ている。
下手をすれば出資している勢力を含めて顔が割れてしまう恐れもあるらしい。
「この作戦が見破れていたのか?」
「仕方がない、あれだけでも実行するぞ!」
「それは一歩間違えると、ガーディアンに情報を与える事になる。ここで行うのは得策ではない」
「それでも! 超有名アイドルの栄光を踏みにじるような他コンテンツ勢力に対し、自分達が行っている事が愚かであると証明させなければいけない!」
「駄目だ、奴は完全に本来の目的を無視している。他のメンバーは即時撤退準備、残りたいと考える者だけ残れ!」
周囲が慌てる中、一部メンバーは撤退を始める。そして、気が付くとわずか数名が残るという結果となった。
この間、わずか3分程の出来事――本当にあっという間の事だったという。
午後3時18分、最後尾のグループが出現したと同時にシステムを起動、周囲に謎の電磁波を拡散したのである。
この電磁波はARガジェットにのみ反応し、電磁波を浴びたガジェットは機能を停止するという物だ。
「これで我々の勝利だ。超有名アイドル以外のコンテンツは地球上から―」
その後、この人物はビルで何者かによって狙撃され、ガーディアンが発見した時には既にシステム等のプログラムは狙撃した人物が破壊したという見解を発表する。
レース中に拡散された電磁波は蒼空のガジェットにも悪影響を及ぼすかと思われていた。
しかし、悪影響どころか普通に走る事が出来る事に彼は驚いていた――ようである。
「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて――」
機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤとなった。
その後も、蒼空と最下位争いをしていたメンバーは次々とリタイヤし、気が付くと残りメンバーは20人――合計で4人がリタイヤという展開である。
レースの模様はセンターモニターやインターネットの生放送専門サイトでも中継され、日本全国だけではなく世界中からでも視聴が可能だ。
レース途中でのリタイヤが出るのはパルクール・サバイバーでは日常茶飯事。
しかし、これが意図的なもの、投資競馬に代表されるような物、闇ギャンブル等に利用されていると判断されれば、レースその物が没収試合になる可能性もある。
超有名アイドル勢によるランキング荒らしが表面化する前は、こういった闇ギャンブル関係での八百長試合の方が警戒されていた。
実際は、報道されていないだけでも2件が確認されたが――それを運営が把握していたかは定かではない。
これらの事件が報道されていない背景に、大手有名アイドル事務所が関与している疑惑があるのだが、これらの情報は誤報の可能性が高くて報道できない事情がある。
下手に報道をしてマスコミの信用を損なう事だけは避けたいと考えているらしいが、反対に『超有名アイドル事務所に買収されている』という事がネット上で広まっている関係もあって、板挟みになっている事情もあった。
「いつの頃からギャンブル関係以外が目立ち始めたのか。闇ギャンブルはパルクールに限った話ではないのだが……」
別の場所から中継動画を見ていた提督は、ふと何かを考えていた。
「結局、有名アイドル事務所1社が日本を全て掌握しているという勘違いがネットを通じて広まっているのが原因……?」
提督の言う誰かとは、特定人物ではなくネット上における噂――。
しかし、マスコミ各社にとってはタブーとされており、この話題を切り出すことすら出来ないのが現状である。
これで報道の自由と言えるのか、疑問の残る個所は多い。
午後3時18分、何処かから発信された電波によって複数の選手がクラッシュ事故を起こすという事態となった。
コース上にはセーフティーカーは出ておらず、臨時の作業員が負傷した選手の搬送等を行っている状態である。
拡散された電波の影響でマシンに不調をきたすガジェットがある中、蒼空のガジェットは少しレスポンスが遅いという個所以外の不調はなかった。これがカスタマイズの効果なのかは不明だが。
「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて―」
機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤ。
蒼空と最下位争いをしていたメンバーはガジェットの不調、負傷等でリタイヤする。
気が付くと、残りメンバーは20人、蒼空は19位争いのグループへ合流する事になった。
午後3時23分、ゴール地点となっている西新井のショッピングモール前、レスポンスの遅いガジェットで先頭へ追い付こうと考えたのだが、それを実行に移すのは至難の技だった。
結局は20位で完走と言う結果となる。しかし、スコア的には失格組よりは上だが、レースの順位としては最下位の位置に。これに関して蒼空は悔しい表情を浮かべる。
「これが、パルクール・サバイバーなのか――」
自分にも油断があった。どのような部分で油断をしていたのかは、これから考えるべき話だが苦しいスタートであるのは間違いない。
しかし、これでもマシな方と慰めるのは先ほどの店員だった。
最初のレースで1位デビュー出来る人物がいたら、それこそリアルチートの領域だとも考えている。
「他のARゲームとパルクール・サバイバルトーナメントには決定的な違いが存在する。それは、ランニングガジェットの性能だ。あれは人類が扱うには……と言うのも野暮な話だな」
店長の言う『人類が扱うには無理がある』と言う部分は膨張発言ではなく――真実だ。
そうでなければ他のガジェットでは行わないようなライセンス制度、厳重なルール、一部のコース限定である事も納得できる。
コースに関しては工事中のエリアも存在し、5月には埼玉県一部や神奈川県、千葉県にまで広まり、6月には関東地方全域まで対応予定だ。
それほどまでコースを拡張したとしても、ライセンスを発行できる場所が限られる為に人が集まるかは不明な部分が多い。
一部の市町村では地方活性化に利用しようと申請している場所もあるらしい。それ程、ARガジェットの可能性は非常に高いと言うべきか。
「そのガジェットを上手く扱えるかどうか、それがランカーとの差を縮める為の手段となる」
その後、店長は店の方も気になる為に離脱をする。蒼空の方は、ガジェット着脱スペースでガジェットをパージ、外したガジェットは返却コーナーへと戻した。
「代金は不要です。初回プレイに関しては無料になります」
返却スタッフに言われたので、特に財布を出すような事はせず、足早に返却コーナーを後にする。講習の方で聞いてはいたが、本当に無料とは驚きである。
「2000円になります。次のレースへエントリーするのでしたら、延長料金も必要になりますが――」
その後もスタッフは対応に追われ、こちらの質問に応えてくれるような気配ではなかった。
本来であれば、あの場で質問をしたかったのだが――。
午後3時25分、別のレース結果で再び観客が沸き上がっているのを蒼空は目撃する。
その選手とは、自分には若干聞き覚えのある名前。それも、別のARゲームにおけるHNと全く同じ物を――。
「ナイトメア……これは、どういう事だ?」
ナイトメア、かつて別のARゲームで凍結処分を受けたチート勢が使用していたHNである。
現在、このネームを使用しているプレイヤーはチート勢ではないのだが、彼らの環境荒らしによってARゲームが黒歴史になるという展開となった。
『この放送を聞いているランカー勢に警告する! 我々チート勢は――』
突如、ナイトメアは勝利者インタビューではなく、何かの宣言を始めた。
その宣言の内容は音声が入っていないらしく、周囲にいる観客からはブーイングの様な声も聞こえた。
「そう言う事か。これが、パルクール・サバイバー運営のやる事なのか」
ナイトメアの口元はフルバイザーの為に見えないのだが、彼の発言を意図的にカットしているのは運営であるのは間違いない。
これは明らかにフェアではない事を意味するが――。
その後、ネット上にはナイトメアの発言まとめがアップされた。
音声入りは運営に削除される可能性を考え、つぶやきまとめと言う形になっている。
その内容は一般人が見れば意味不明、超有名アイドルファンから見れば『超有名アイドル商法を馬鹿にしている』と言う物、反超有名アイドル勢力は『同調できるような発言ではない』と言う事で、チート勢力は完全に孤立している。
『確かに超有名アイドル商法が悪だと言われる風潮が存在するのは事実であり、それを排除しようという動きがあるのも事実だろう』
『しかし、我々は超有名アイドルを愛しているのであれば、商法が悪であろうと続けるべきと考えている。これらは全て合法として認められている以上、特に問題はない。FX投資と同じと考えている勢力は、自分達の応援しているコンテンツが売れていないが故の――』
『我々はナイトメアの名のもとに宣言する! 過剰な規制で自由を奪っているパルクール・サバイバーの運営に対して宣戦布告をすると!』
ネットで音源が残っている物は、この3つだけで残りは全て運営削除済み、あるいは投稿者とは別の勢力が削除を要請した物と思われる。
しかし、この音源だけでは色々な個所で矛盾が残る。意図的に矛盾を生み出そうとしているのか、それとも――?
「運営は彼の発言をシャットアウトして、何を行おうとしているのか」
蒼空の疑問は正論なのだが、これに回答を出せるような人物は存在しないのが事実である。
しかし、それらの発言には裏がある事を理解している人物は何人か存在していた。
「発言をシャットアウトしたとしても、いずれは別の場所で発覚すれば、被害は拡大するのは避けられない」
都内某所、スマートフォン端末でナイトメアのインタビューを見ていた阿賀野は、今回の運営が取った行動を非難していた。
結局、彼らのやった事は超有名アイドルを抱える芸能事務所等と変わらない。まるで秘密主義を作っているかのような流れでもある。
「世界線は……超有名アイドルに何をさせようとしているのか?」
阿賀野が見ている物、それはパルクール・サバイバーの先にある世界、あるいは未来その物である可能性も否定できない。
それを踏まえたうえで、阿賀野はナイトメアの発言を意図的に隠すような事はフェアではないと思ったのだろうか。
しかし、この発言を削除したのは運営ではない事が思わぬ箇所で判明する事になる。
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