エピソード18《世界は何を求めるのか?》


『危険が伴うような物はパルクールとは認めていない』

 一連のアクションをアクロバットと定義してパルクール・サバイバーをパルクール関連団体は認めていない状況がある。

パルクール・サバイバルトーナメントでは、この辺りの動きに関しては定義付けが難しいという事で後回しにしていたようだが――。

 その後、運営が密かに開発していたランニングガジェットが時期を前倒しで実装される事になった――と言う風にネットでは書かれている。

実際に実装される事は確定していたのだが、前倒しと言うのは間違いとする声もあり、ここも不確定要素が多い。

 どちらにしても、今となってはどちらの情報が正しいのかは明確ではなく、調べる手段さえ限定される程に情報がネットに流れていない。

他にも様々な記載があったという話もあるが、ソースを確認出来ない以上はフェイクニュースと見ている勢力が多いだろう。



 午後2時40分、別のレースを終えた秋月彩(あきづき・さい)に対して、運営スタッフの男性が声をかけた。

「秋月選手、お手数ですがレース運営本部まで同行いただけますか?」

 この話を聞き、秋月は驚いたような表情をする。

違反ガジェットを使っていたのであれば警察沙汰になるのは本人も自覚しているのだが――何があったのだろうか?

最低でも彼らの服装は警官のソレではないので、逮捕と言う訳ではないのは――秋月も判断できた。



 2分後、運営本部の一室では連れてきた男性スタッフが部屋を出ていく。

どうやら、彼は案内するだけの役割らしい。他にも仕事がある為、あまり拘束しておくのも問題があるという判断だろうか。

運営本部の部屋は、パイプテーブルにパイプ椅子、運動会の設営と言えるような場所であり、どう考えてもハイテクが使われているパルクール・サバイバーのレースを監視できるような施設には見えない。

パイプテーブルにはノートパソコンが置かれており、そこから各種データを収集しているようだが、臨時に設営された物と言う印象が大きい。

パイプ椅子に座っているのは背広を着た男性1名、どう考えても提督のコスプレにも見えるような男性1名。

他に人影があるようには思えないが――。

窓には様子を見ようとしている野次馬もいるようだが、しばらくして去ってしまう事も気になる。

もしかすると、向こう側の様子を確認する事は物理的に不可能と言う可能性も否定できない。

実際、この窓は偽装窓であり、外からはPRポスターの画像が見えるという仕組みになっている。これも未知の技術による物だろうか?

「単刀直入に言おう。君の使用しているガジェットはレギュレーション違反と判定はしないが、生命の保証は出来かねる」

「言っている事の意味が理解できません。違法ガジェットが身体に負担を与えると言う事で禁止されている事は知っていますが、このガジェットには該当パーツは装着されていない。それで、違反だと言うのですか?」

 提督のコスプレをした人物が口を開く。

命の保証は出来ないという言葉に過剰反応した秋月も感情を表に出して反論をする。

「確かに、基本的なレギュレーションと言う観点から見ると違反には該当しない。レース前のガジェットチェックでも異常なしの判定は出ている」

 背広の男性が秋月のレース前チェックのデータを確認し、問題なしと宣言する。

ただし、あくまでも違反ガジェットを使っていない部分だけの話だ。

以前に許可を出した際は、ここまで仕様変更されているとは運営も気づかなかったという事もあるのだが……。

「しかし、この装備は極限にまで軽量化されている。規定重量ギリギリまで削られているのは……こちらでも放置は出来ない」

 提督は規定重量ギリギリまで削られた軽量アーマーの方を気にしていた。

規定オーバーの軽量化は一部で事例があるのだが、誤差数グラム規模での軽量化は前代未聞である。

本来であれば、あの重量になっている理由には非常用に使われる各種ギミックがあるからであり、これによって安全にプレイできる環境が生み出されていると言って過言ではない。

 これに対し、秋月はパルクールにはパルクールのルールがあると反論しようとした。

しかし、そんな事をしても水掛け論になるのは目に見えている。

それに加えて、下手に刺激をすれば運営からブラックリストに入れられてしまう事も否定できないだろう。

「こちらでもアクロバットが影響し、初心者プレイヤーが危険プレイを展開するような事は認めたくありません。貴女のアクションは、チート勢とは違って規格外と言わざるを得ない」

 背広の男性は水掛け論も百も承知で秋月に忠告をする。

危険プレイを真似するプレイヤーが増えて、そこから事故が起こってしまったら、運営の責任問題は避けられない。

そして、パルクール・サバイバルトーナメントの終了を宣言する事も、可能性として否定できないからだ。



 数分後、この他にも様々な事を言われたような――と秋月は思う。

しかし、それほど重要な事かと言われると――疑問に思う個所はあるのかもしれない。

「今回は君が無免許ではないと言う事もあって不問にするが、次に同じ例があった場合は警告としてポイントの減点、出場停止処分も検討する事になるだろう」

 提督は秋月に対してパルクール・サバイバーの流儀に従うように命令するはずだったが、こちらも秋月と同様に水掛け論を配慮して言及を避けた。

「パルクールが度重なるアクロバットによって怪我人が続出した例、それと同じ事を起こさせない為のパワードアーマーである事を忘れないように」

 背広の人物も強く言及する事はなかった。逆に言及してもよかったのだが、委縮する事を避けたと思われる。

「我々からの話は以上。君の活躍を見てパルクール・サバイバーのファンになったという人間もいる。彼らを失望させないようにしてほしい」

 提督の話が終わると、秋月は部屋を出て行った。

その一方で、隣の部屋へつながるドアが開き、そこから姿を見せたのは阿賀野だった。

「これでよかったのでしょうか。我々としては違法ガジェット以外には関わりたくないのが現状。それ以上にリソースを割けない事情があるのは、あなたも知っているでしょう?」

 背広の人物は運営のスタッフであり、阿賀野の話に関しても半信半疑だった。

違法ガジェットはガーディアン等も捜索しているが、それ以外には関わりたくないのが運営の現状である。

それ以上に、超有名アイドルやアイドル投資家、その他のテロを起こすと思われる団体は多数存在するのは事実だ。

そちらは警察に一任したいのが彼らの言い分――と言えるが。

「あの軽装ガジェットは違法ではないにしても、事故を起こしてからでは遅い。それを超有名アイドル勢や炎上系まとめサイト、ましてや超有名アイドルの手駒同然となった国会にはスクープされたくない」

 言いたい事だけ言い残して阿賀野は姿を消す。

彼女自体は過去にガーディアンへスカウトされた事のある経緯はあるのだが、裏ニュースや週刊誌報道、更にはデマつぶやき等の事もあって不信感が払しょく出来ない事もあって断っている。

部屋を出て行った阿賀野を見送る事はせず、そのまま他のレース映像を2人は確認し始めた。

そこにはチート勢と思われる選手も混ざっており、彼らを根絶する事が正常な運営を可能にすると考えているようだ。

「阿賀野菜月、彼女を放置する事は危険と思います。彼女の考え方は、日本経済を超有名アイドルから二次元アイドルへ入れ替えるだけの理論に近い物がある」

 背広の人物が阿賀野を危険人物と考えるのだが、提督の方は逆に放置しても大きな障害にはならないと考えている。

それを証拠に、提督の手には阿賀野から提供された違法ガジェットの密輸ルートが記されたフラッシュメモリが手渡されていた。

「この情報に釣られた訳ではないが、あの人物を警察や他の勢力には手渡したくはない。彼女がガーディアンを疑問視しているのは、ちゃんとした理由があってのことだろう。単純にネットのデマ等を鵜呑みにしている訳ではない」

 提督が阿賀野を泳がせるのには違法ガジェットのデータを提供してくれるだけではなく、さまざまな欠陥や仕様変更を定期的に送ってくれる事にあった。

これによって、危険なアクロバットをするプレイヤーも減り、ルールを守ったプレイヤーが増えてくると言う状況が生まれている。

「ああいう人物に限って、自分の言い分が通らなかった場合に何を起こすか分からない。あなたは後悔するでしょう」

 そして、背広の人物は部屋を出る。

彼の言う後悔がどのようなものかは不明だが、提督には大体の事は理解している。

そして、彼はポケットからスマートフォンを取り出して何かのモードをオフにした。その直後に誰かへと電話をする。

「私だ。泳がせている例のバイヤーに関しての情報が入った。後ほど送る」

『分かったわ。正体に関してもおおよその見当が付いているけど――』

「検討が付いているのか。ならば、このデータで確信になるか確かめて欲しい」

 提督はフラッシュメモリのデータを電話で転送、そのデータは1分も立たないうちに全て転送された。

『100ギガのデータを一気に送られても、すぐにはデータを閲覧は出来ない……って、ちょっと待って?』

 一気に送られてきたデータを電話主はスマートフォンで慌てて解凍していくのだが、その中に見覚えのある人物の顔を見つけた。

「どうした? この莫大なデータは阿賀野から提供された物――」

 何かを伝えようとした提督だったが、電話は何かのノイズが入った後に切れてしまった。

電波妨害や圏外と言う訳ではないようだが、提督は心配をする。



 一方、竹ノ塚のパチンコ店にいたのは青髪のツインテールに若干貧乳、店内にいたら即座に目立つような女性だった。

彼女はデータが送られた後にいくつかの画像をチェックしていたのだが、その途中で提督との通話が切れてしまったのだ。

「このスマートフォンは特殊回線を使っているのに、こうもあっさりと電波障害を受けるの?」

 スマートフォンを振っても事態が変わる訳ではないが、一応振ってみる。

すると、電波のアンテナが3本立った。しかし、提督との通話が回復する事はない。

「仕方がないわね。別のエリアにある施設へ移動する……」

 彼女が別の場所へ移動しようとした直前、何者かが接近しているような気配を感じた。

メット型のガジェットにも赤い点として敵を感知している。

しかし、接近してくるのは超有名アイドルや第3勢力とは全く違う人物――想定していた勢力ではない。

「その特殊回線、お前は運営サイドだな?」

 ガジェットに反応した人物、それは黒髪のロングヘア、カジュアル系の服装をした男性である。

腕にガジェットを付けている様子は全くなく、最初は誤作動と彼女は考えていた。

 しかし、次に彼女がロングソード型のガジェットを展開しようとした時、彼女の反応速度よりも1秒以上の速さで別システムのソード型ガジェットを取り出した。

そして、それらが分離したと思ったらソードビットとして彼女の周囲を包囲する。

「仮に運営だとしても、レース外のガジェット使用、ARゲーム以外での戦闘行為は禁止されているはず。こんな事をすれば、ブラックリスト入りするのは分かっているでしょ?」

 彼女の警告に彼は耳を貸そうともしなかった。

パルクール・サバイバーではレース外のガジェット使用は禁止、ARゲーム以外における戦闘行為も禁止、更にはガジェットによる犯罪使用もご法度。

そうした厳しいルールが存在してこそのARガジェットと言うのがネットでは常識となっている。

当然、彼もルールは把握しており、ソードビットにはビームエッジが展開されていない。

「忘れたのか? ここはARサバイバルゲームのフィールドだ」

 彼女は彼に言われて、ようやく気付いた。

彼は周囲にいる敵に対して攻撃を行っていただけ。

本来であれば、彼女が回線を使う為に別ゲームのエリアに入った事の方が越権行為とネット上では炎上の的になってもおかしくない。

ARゲームに関して言えば、いくつかの作品で提携話は浮上しているが、サバイバルゲームやデュエル、ファイティング系と言ったジャンルではシステムの都合上で提携は実現していない。

「それは失礼しました。しかし、無予告の威嚇はどう考えても挑発行為であり、褒められるものではありません。それは他のARゲームでも一緒。違いますか?」

 彼女の言う事も一理ある。

そして、彼はお詫びの言葉を言おうと考えたが、即座に言葉を思い浮かばなかったので、彼女へデータを転送する。

その後、彼は別の相手を探して何処かへと消える。

「なるほど。彼があの人物だったのか」

 送られてきたデータはデジタル名刺と呼ばれるもので、そこにはランスロットと言う名前と複数のARゲームにおけるフレンドID番号が書かれていた。



 午後3時、西新井近辺のショッピングモール。ギャラリーも目立ち始めているが、ショッピングに訪れる客も若干混ざっているような光景だ。

そこには店長のお勧めカスタマイズのランニングガジェットを装着した蒼空かなでの姿があった。

蒼空のガジェットは、以前の阿賀野菜月向けに作られたピーキーカスタマイズとは違い、万人向けのオールラウンダー向けに加えて自身による調整がされている。

脚部装甲、バーニアユニット、オールレンジメット、ガントレット型ガジェットは店長が選び、蒼空が自分向けにカラーカスタマイズを施した結果、スカイカラーをベースとしたガジェットに生まれ変わっていた。

「カスタマイズ初心者の割には、ノウハウが生かされている。もしかして、別のARゲームに参加していたのか?」

 店長の疑問も一理あるが、蒼空は若干ぼやかすように単語を選んで話す。

全ては別のARゲームに飽きてしまった事が理由だった。

「あの当時はARゲームも純粋にゲームがメインで、ガジェットにスポンサーロゴが付くようなタイプが実装、賞金ありトーナメントの開催がなかった時代だ―」

 今から3年前、ARゲームが浸透していなかった頃にリアルチックなガンシューティングゲームをプレイしていた。

このゲームは、今の様なARガジェットは使用されておらず、純粋に進化しただけのゲーム筺体である。

しかし、あの時に初心者狩りを繰り返し、賞金を荒稼ぎしていた勢力と遭遇したのが運の尽きだった。

 この人物は後にネットで調べた結果、超有名アイドルのCDを複数枚以上購入してCDチャートを水増ししている勢力の筆頭だった事が判明した。

それ以上に信じられなかったのは、彼らが公式ファンクラブのメンバーであり、事件の真相等を全てもみ消した事にある。

つまり、ネット上で言われる【超有名アイドル勢力は絶対正義】という事を痛感した瞬間である。

超有名アイドルが絶対正義と言うのは架空の出来事であり、小説サイトであるようなアカシックレコードを題材にした作品の中だけだと思っていた。

それが、本当に存在していた事には未だに驚きを隠せない。この時は第4の壁と言う単語もネタとして認識されている程度で、大きな話題にはなっていない時代である。

「あれがきっかけで、自分はARゲームから手を引いた。あくまでもチートが広まっている作品だけで、音楽ゲーム等はプレイを続けている」

 それでも、彼らのやっている事は超有名アイドルの名を騙っているだけの犯罪行為と認識している。

だからこそ、彼らには相応の罰を与えなくてはいけない。このARゲームで――。

蒼空の話を聞いていた店長は若干呆れている。何に対して呆れているのかは大体の予想が付く。

そう言った人物を何人も見てきたかのような表情で、蒼空に対して反論を始めようとしていた。

「それでは、超有名アイドル勢力とやっている事は一緒よ。パルクール・サバイバーは超有名アイドルの宣伝塔でもなければ、超有名アイドルファンに復讐する為のステージでもない!」

 その声は他のギャラリーも振り向く位に声が大きい。

それ程に店長は悲しいという思いが強いのかもしれないだろう。

「ランニングガジェットをどう使おうが運営は特に文句を言う事はない。ただし、たった一つだけ禁止されている行為が存在する……それは、ランニングガジェットを戦争の道具にする事よ」

 店長は超有名アイドルへの復讐も戦争と大きく変わらないと断言した。

これに対して蒼空は反論できない。講習でも、この辺りの運用方法に関しては何度も念を押されていたからである。

「ガジェットの力、それは地球消滅の可能性を持った想像を絶するテクノロジーの塊と言っても過言ではない。だからこそ、パルクール・サバイバルトーナメントで使用するランニングガジェットには免許制を導入した……」

「お前もドローンに関連した事件は知っているだろう。ARガジェットで一部ガジェットに免許制度を導入した理由は、そこにあると言ってもいい。つまり、そう言う事だ」

 店長の話は続く。彼女は同じような目的を持った人物がどのような末路をたどったのか、それを知っている。

野望を持った何人かはチート勢や超有名アイドル勢に雇われた選手もいれば、ランニングガジェットの力を利用して世界征服を考えようと言う人物もいた。

「特定のジャンルに対し、個人的な復讐心でランニングガジェットを使えば、その反動は必ず自分に跳ね返ってくる。それがどのような形で跳ね返るのかは分からないけど」

 ここで店長は話を終え、蒼空のランニングガジェットも起動準備に入っていた。

他の選手もガジェットの準備が整い、蒼空はスタートラインへと立つ。

「フルゲート16人に加えて、特別枠込みの20人か。スタートの地点で何か起こらなければいいが――」

 スタッフの一人がアクシデントの発生を懸念していた所、まさかのレッドフラッグ表示でレースの開始が一時ストップする。

それだけではなく、ガジェットの方にも何かのノイズと思われる異変が起こる。

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