エピソード17《北千住のケース》
午後2時、北千住で行われていたフリーレースで衝撃的な展開が起きた。
何と、周囲がノーマークだったプレイヤーが1位となったからである。
【!?】
【ちょっと待て!? これはどういう事だ?】
「俺、ヒデヨシが勝つと思っていた」
「自分もヒデヨシではないが、中堅所のランカーが勝つと。これがジャイアントキリングか?」
「どう考えても、あのプレイスタイルはアクションやスタントをやっていたような動きだ。ヒデヨシでもプロには勝てなかった、と」
「プロフィールを見たのだが、あいつは本物から来ている」
【パルクール・サバイバーはプロ禁止ではなかったな。あくまで超有名アイドル禁止だ】
【AR対戦格闘では一部機種でプロ禁止とされているが――】
「本物って、パルクールか?」
【パルクールのプロが出たら、それこそ問題視される】
【協会としてはパルクール・サバイバーはパルクールではなく、フリーランニングと認識しているからな】
【それにしても、どうなったら――この結果になる?】
周囲のギャラリーは本命と言われていたヒデヨシというプレイヤーが敗退した事に落胆、大番狂わせがあった事には唖然とするしかなかった。
これに関してはネットで中継動画を見ていた視聴者も同じであり、その衝撃が大きかった事を物語っている。
このレースを見ていた人物は、口を揃えてヒデヨシの敗北を『大番狂わせ』や『ジャイアントキリング』と言う。
しかし、本当にそれだけで片づけてよいのだろうか――視聴者の一部では、これが本当に大番狂わせなのかを疑問に思う人物もいる。
「ヒデヨシが敗れたか。しかし、それとは別に警戒するべき人物が出てきたのは収穫と言うべきか」
先ほどまで別のレースに参戦していたプレイヤー、生でレースを見る事は出来なかったがデータベース内の動画をセンターモニターで確認する。
同じモニターを見ていた人物からは『大番狂わせ』等というつぶやきも聞かれた。
「それにしても、あの女……レギュレーションギリギリの軽装備で、あの動きか。他のランカーやプレイヤーでは真似が出来ないだろうな」
それ以上に彼が気にしていたのは、1位となった女性選手の装備だ。
周囲が重装備や通常装備に対し、彼女はインナースーツにボディ用アーマー、アームガードとガントレット型ガジェット。
アーマーの方はカスタマイズで極限まで軽量化、レギュレーションギリギリまで軽くする事に何の意味があるのか。
様々なやり取りをしている二人だったが――聞き取れたのは、このやり取り位だった。
「1位となった選手ですが、違法パーツ類は一切確認されていない事がレース前のチェックで判明しています。それに、あの選手は別の競技で見覚えが……」
「別の競技、パルクールの事か?」
彼も、あの選手の動きに関してはある程度は気付いていた。
その動きは実際のパルクールでも目撃例のある物であり、上位ランカーでも即座に真似出来る物ではない、と。
「違います。あの人物、秋月彩(あきづき・さい)は過去に陸上競技で優勝請負人と言われていたようで、周囲はそれをプロのパルクールプレイヤーと勘違いしている可能性が――」
「そこまでだ。この話は我々だけの話、他言無用だぞ。万が一、ネットにでも拡散されたら楽しみが減ってしまう」
報告を聞いた彼は、何か思うような所があったらしく、途中で話を止めるように指示した。
午後2時15分、該当レースの動画が配信され、これを見たユーザーもあまりの凄さに衝撃を隠せないでいた。
【まさに蜘蛛女――】
【あの装備で、ここまでの事が出来るなんて。リアルチートの類なのか?】
【パルクール・サバイバーで軽装備が認められていたのか?】
【重装備やロボットの類も認められている以上、こうしたガジェットも問題ないと思うが】
【軽装備はNGだった気配がする】
【装備の軽量化自体は禁止されてはいない。ただし、安全装置を含めた装備を意図的に外す等の極限軽量化は禁止されている】
【しかし、あのシステムがあってこそのパルクール・サバイバー。アレを外したら単なるパルクールだ】
【せっかくサバイバーとパルクールを差別化できる所まで到達したのを、今回のレースで振り出しに戻す気なのか?】
【フリーランニングとパルクールが同じ競技と言われているが、パルクールとパルクール・サバイバーは同じ競技なのか?】
動画のコメントでも秋月の軽装備に関して疑問を持つコメントが多数を占めた。
重装備やパワードスーツ、ロボットに近い物は認められているのに、軽装備は不可能なのか――と。
「これは、一体どういう事なのか?」
この動画をチェックしていたランスロットは疑問に思う。
自分が使用しているARゲームのガジェットを使っている訳ではないのだが、彼女の軽装備には色々と疑問が残る箇所が多い。
「何だ、これは――」
あるテレビ番組のロケでお台場のテレビ局へ来ていたイリーガルは、一連の映像を見て衝撃を受けていた。
自分達が流通させているガジェットが役に立たない程のプレイヤーが出現した事、それが彼にとってもショックだったに違いない。
それに加えて、最近はランカーの出現が超有名アイドルファンの行動を大幅に制限させ、更には超有名アイドルグループに風評被害を与えている事もネックになっていた。
午後2時20分、別のフリーレースで勝利した阿賀野菜月(あがの・なつき)は秋月のレースを見て疑問を抱いた。
「あの軽装備、下手をしたら大事故につながりかねないのに―」
他のプレイヤーが『軽装備使用は動きを俊敏にする為のカスタマイズ』と考える中で、阿賀野は秋月に重大な事故が起きてからでは遅い――と言わんばかりに運営へ問い合わせを行う。
「すみません。運営の方で、一つ確認しておきたい事があるのですが」
『確認ですか、どのような部分でしょうか?』
「装備に関する部分ですが、安全装置を排除した装備の使用が禁止されているのはルールでも解除……されていませんよね?」
『安全装置を排除した違法改造、殺傷能力を追加した装備は禁止されています。それで、確認とは?』
「実は、あるプレイヤーの装備に関して確認して欲しい事があるのですが――」
『申し訳ありませんが、個人情報保護の観点から個人のプレイに関する箇所はお答えする事は出来ません……』
しかし、運営へ問い合わせても個人情報保護の理由で個別案件には答えられないという回答だった。
仕方がないので、今回の一件をメールで報告する形をとる事にする。
「事故が起こってからでは遅い、何としても重大事故に発展する前に対策を打ってもらわないと」
阿賀野はパルクール・サバイバーが危険な競技であるという認識を何としても取り除かなくてはいけない、そう考えていた。
スポーツ競技に怪我や事故は付いて回る問題であるのは百も承知。
その上で、パルクール・サバイバーはスポーツではなく新たなARゲームであると認識して欲しいと思っていた。
秋月の運動能力が非常に高いのは、動画を見れば火を見るよりも明らかである。
提示された資料では陸上経験ありと書かれており、インターハイを含めた競技でも見かける人物と言う事を運営は把握していた。
しかし、実際の能力は運営が想像していた以上の物で、ランニングガジェットも最小限と言う装備なのにガジェット使用時と変わりない能力を持っていたのだ。
これに対して『レギュレーションギリギリの装備で怪我でもされたら、面目丸つぶれだ』という意見もある。
ランニングガジェットの装備は強制の為、軽量化自体に違法行為はない――それでも、限度を超えた軽量は禁止されているが。
逆に言えば、違法ガジェットを使用しなければ問題ないという事である。
実際、軽装ガジェットでもサバイバー運営が認めた物であれば使用の問題はない。
これは、ランニングガジェットの導入を決めた時期がサバイバーの参加者増加のタイミングと重なったという可能性もある。
今回、秋月が披露したアクションは、3段ジャンプ、壁の駆け上り、低姿勢でのトンネル突破などのような中程度のアクションもある一方で――。
それ以上にホバリングや空中走りと言うようなランニングガジェットを使用しなければ不可能なものも『最低限の』装備だけで披露していた。
「あれだけの能力者、パルクール側は知っていたのか?」
運営に電話をかけていたのは白い服を着た提督である。
白の提督は一般職員のクラスで、力関係としては一番低い。その提督が秋月に関して要望を出していたのだ。
『サバイバーの運営は関知していないでしょう。おそらく、今回の動画で初めて知ったのが多いかと』
電話に出たのは小松提督だった。
本来は別のスタッフが電話に出たのだが、変わって欲しいと指名があった為に小松提督が受話器を受け取っている。
「陸上のアスリートや元野球選手、元水泳、元プロレスラーと言う経歴の人物は知っているが、それを超越した運動神経を持っている。ドーピングの疑惑があるのでは?」
『それは行きすぎでしょう。ドーピング疑惑があれば、レポートは必ずこちらに送られてきます。それに、警察だけではなくスポーツ団体等からのクレームも来る。ドーピングやドラッグという説が出る事自体が異常でしょう』
「しかし、軽量ガジェットであれだけの性能はあり得ない。それこそ、チートが疑われる」
『チートであれば、それこそ運営が黙ってはいない。超有名アイドルファンから買収されたスタッフがいれば話は別だが、そう言う話も本部には伝わっていない』
「レースを観戦したスタッフからの情報だと、彼女にパルクールの経験はないらしい。そして、その知識もネット上で知った物が大半だ。それで、あのアクションが出来るのか?」
『最近のケースでは、歌ってみたにおける歌い手が超有名アイドル以上の歌唱力を披露、音楽ゲームでも有名プレイヤーのプレイ動画を数本見ただけで譜面をインプットと言う超越した人物もいるでしょう。ネットの知識だけで超人プレイが出来る人物がいても矛盾はしない』
「それでも、あれだけの人物であれば超有名アイドル側が物理的に抹殺しようとするのでは?」
2人の会話は続いていたが、白提督のとある一言を聞き、小松提督は何かを思い出していた。
そして、唐突に電話を切る。話の方は続いていたはずなのだが、激怒して電話を切った訳でもなく、周囲を見回した。
「秋月と言ったか、調べてみる必要性がありそうだ」
そして、ネット上で秋月が過去に出場したトラックレースの動画を発見して、それを確認し始めた。
映像に関しては1年前の物であり、アップされたのもごく最近だ。どうやら、プロアスリートのスカウトマンが撮影した物らしい。
彼がどのような経緯で動画をアップした理由は不明だが、一部で需要があった事は容易に想像が出来る。
「400メートル走か。これ位であれば、ガジェットを使えば10秒は切れ―」
動画を再生しているタイミングで再び電話がきた。今はそれ所ではないのだが、電話が鳴りやむ事はない。
仕方がないので電話主だけを確認してかけ直す方向にしようとしたが、その電話主を見て慌てて電話に出た。
「こちらパルクール・サバイバル――」
『阿賀野菜月だ。メールの方は届いているか?』
電話の主は阿賀野菜月であり、メールと言われても当時の電話に出ていないので対応出来ないと答えた。
「メールと言うと……?」
『既に送信済みだ。名前も書いてある』
そして、メールボックスを確認した小松提督は秋月の件と書かれたメールを発見し、阿賀野もこれだと答える。
「秋月――まさか!?」
映像を再確認すると、既に動画の秋月はゴールをした後だった。そのタイムは30秒を切っている。
単純計算で100メートルを約8秒と言うあり得ないスピードと言える。
「メールが届いているのは確認したが、アレは普通に人間の運動能力か?」
『運動能力? 何のことだ』
「今、400メートル走の映像を確認した。400メートルを20秒台と言うのはありえないぞ」
『400メートルを20秒? それは単純計算でもあり得ないだろう。時計が故障しているのではないか』
「再確認をしたが、この当時のタイムは29秒台―ドーピング疑惑があった訳ではないアスリートで、ここまでの記録は出る物か?」
『別の部署にも、この事を伝えよう。下手をすれば超有名アイドルが全てを掌握する為のネタに使用されるだろう』
そして、別の部署へと連絡を取る。それ以外にも、彼は別の人物にもメッセージを送っていた。
【超有名アイドルの動きが目立ち始めているように思える。もしかすると、日本の全人口超有名アイドルファン化でも考えている可能性があるような気配も―】
このメッセージが示すもの、それは日本がこれから進むと思われる未来の一つとされている。
ある提督が発見した映像、これは過去に秋月彩が400メートルのトラック競技で走った時の物である。
ランニングガジェットを使えば、フルパワーで200メートルを10秒台と言う事も可能と言う中、この動画は常識を打ち破るような展開を生み出す。
余談だが、ランニングガジェットには装着者に過度な負担がかからないようにセーフティー機能が搭載されている。
これに関して知っている人物はごく一部であり、アンテナショップの従業員を含め、運営の上層部も知らない事実だ。
従業員の場合、一部ではアクロバットプレイ防止の為という話も伝わっているようだが、これがどのように伝達されているのかは不明――。
仮に事実を公表した場合、海外で軍事転用される可能性があったというのも理由のひとつだが、真相は色々な所で錯綜している為に不明というのが現状だろう。
真相に関しては、ネット上でも調査中としていて全容解明に至っていないようだ。
「なるほど。あの彼女がパルクール・サバイバルトーナメントに参加していたのか――」
提督が確認していたメール、それは阿賀野が送信した物で、そこには秋月が軽量ガジェットで異常なアクションを披露する姿がキャプションとして添付されていた。
ランニングガジェットが実装される前、パルクール・サバイバルトーナメントでも常識を超えるようなアクションを披露する集団がいた。
それこそ、BMX等に代表されるアクロバットをパルクールで披露するような事もある。
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