エピソード16《始まりのファーストレース》


 4月6日午前12時30分、昼食を取り終えた蒼空(あおぞら)かなでが向かった場所は、ショッピングモールに併設されたアンテナショップである。

ここではガジェットのレンタルだけではなくカスタマイズしたガジェットの販売も行っているのだが、その隣に併設されているお店はカジュアルショップと言うのも一見してシュールな光景を思わせた。

「いらっしゃいませ」

 若干不愛想にも見える女性メイド、彼女がこのアンテナショップの店長である。

どうやら、アンテナショップによって色々な特色を出そうと考えた結果が、ギャップ萌えの店長という結論に至ったらしい。

当然だが、他のアンテナショップでは「ガジェットの品ぞろえ」や「アフターサービスの充実」、「消耗品パーツの2割引」と言うようなコンセプトを出している実用的なショップも存在し、好評を得ている。

 こうしたショップごとの特徴は、パルクール・サバイバルトーナメントにおけるマンネリの打破に貢献をしていた。

その一方で、サービスの統一を要望する声が存在するのも確かだ。地域ごとに商法が変化するのは百も承知しているのだが――。

今回のショップのような「店長のギャップ萌え」は、本当にレアケース。「きぐるみのご当地キャラが店長」や「何故か音楽ゲームが充実している」というパルクールとは関係ないような特色を出している個所も存在するのは事実だ。

このようなショップはネット上でも評判を呼び、聖地巡礼をする観光客が出てきている位。



 数分後、店長の応対に戸惑いながらも蒼空は実技に合格したという証明書を提出、ライセンス発行を申請する。その後に持ってきた書類には必要事項欄が存在し、運転免許等でも記入する事のある住所や氏名と言った常識的な物も記入する必要性があるらしい。

その一方で、パルクール・サバイバルトーナメントならではの項目も存在し、その中でも他のユーザーが一番困惑した項目と言うのが――。

「この、運動歴と言うのは?」

 蒼空も困惑しているのは、運動歴と言う物である。

一種のランク分けに使用される項目であり、特に意識する必要はないという答えを聞く。

「運動歴は『陸上をしていた』や『県大会に出た事がある』のような簡単な物で問題ありません。プロ野球選手や元プロと言う場合はこちらで履歴を調べますので……」

 店長の方も、このように言っているので、蒼空は気楽に履歴を書くことにした。

特に肩の力を入れずに彼が書いたのは周囲も驚くような事である。

【学校の体育程度】

 蒼空が書いた運動歴を見て、店長は思わず言葉を失った。おそらく、自分が見た運動歴では一番少ない物だろう。

「本当に、この運動歴で実技に合格を?」

 顔が若干ひきつった状態で店長が尋ねる。普通であれば陸上に所属、駅伝で箱根を走った事がある、プロ野球のテストに受けたという経歴がほとんど。

中にはプロの水泳選手でも実技に不合格になったケースも存在し、それだけ狭き門である事を証明していた。

ランカーの中にはFPSやTPSゲームにおける経歴、サバイバルゲームの経験ありと言う人物もいるのだが……店員がドン引きするような経歴は初めてである。

「何か、おかしなことでも?」

 蒼空も疑問に思う。店長が驚いている事もあって、間違った事を書いたのでは―と考えたりもした。しかし、最近になって論文で不正やゴーストライター等も注目を浴びた事もあって、パルクールのライセンスも本人が書いたもの以外の受理が出来ないようになっている。

「いいえ、偽装のプロフィールでなければ特に問題はありません。運動歴がないという人も合格しているケースが数件存在しますので……」

 店長の発言には何かの含みがあったようにも思えたが、何とか出来あがったので書類を提出する。

書類提出後、ライセンス発行には時間がかかる為、蒼空はショップ内を探索する事にした。ショップ内は、以前にガジェットのレンタルをした場所とは比べ物にならない位に広い印象がある。簡単に例えれば、コンビニと大手スーパー位の差があるだろうか。

「パルクールを始めるのか?」

 品定めをしている蒼空の前に姿を見せたのは一人の提督だった。

ショップ内は特にアーマーを脱がなくても問題はないのだが、彼は特にアーマーを着ている気配はない。

「貴方は一体?」

 蒼空は提督の事を全く知らない為、彼が声をかけてきた理由が分からない。

「パルクールは経済特区としての側面も持っている。それは、過去にソーシャル特区を考えていた時と同じだ」

「経済特区ですか」

「現状の運営は危険視するような行動は見せていない。しかし、周囲の勢力が煽るような行動を取り続ける限り、争いは終わらないだろう」

「そこまで危険視するという事は…自分にパルクールから手を引けと?」

「超有名アイドルを魔女狩りしている勢力がいる現状の運営では、過去の失敗例と同じ道をたどると言う可能性があるという事だ」

「それは、BL勢による某漫画の脅迫事件等を踏まえてですか」

「フジョシのネットワークは脅威と感じられる物だが、それらは規制法案で規制されつつある。下手にネット炎上を誘う発言をすれば……」

「その規制法案って、確か頓挫したという話もネット上で流れていたような――」

 蒼空と提督の会話は続き、最後に蒼空はパルクールを危険視する理由を尋ねる。すると、数秒程の間隔を開けて答えた。

「今のパルクールはアカシックレコードの実験場としての意味合いが強い。運営も上層部はARガジェットの運用に関しては手探りなのだろう。それに、サバイバーの運営は更に別の目的を持っているように見える」

 他にも言いたい事があった気配だが、時間が時間なので別の場所へと向かう事にした。

一体、彼は何を伝えようとしたのか――。

「それにしても、ここまで装備が充実していたなんて」

 蒼空が驚いたのは、前に訪れたアンテナショップよりも販売されている種類が多い事、それに加えて複数のカラーリングバリエーションを変えたガジェットも販売されている事だろうか。

「どのアイテムを買うべきか――」

 その後、10分ほど考えた末、店員のお勧めセットを勧められる蒼空の姿がそこにはあった。

お勧めセットとは、ランニングガジェットのカスタマイズをショップ側で行った物であり、初心者向けとも言える。

あるいは、カスタマイズ不要と言う箇所で体験プレイ向けと言うのもあるのかもしれない。



 午後1時、北千住某所にある高層ビルの前、そこにはガーディアンの一人が姿を見せている。

「パルクールビジネスとはよく言った物だ。超有名アイドル商法を否定するような姿勢を取っていながら、似たような商法を展開している。これは、あまりにも皮肉だ――」

 彼は苦笑いを浮かべていた。その笑いはパルクールビジネスが成功しつつある現状に対しての物か、あるいは超有名アイドルを駆逐する事で新たなビジネスチャンスが生まれるという事に対しての物か?

その後、彼はビルの中へと入って行く。このビルは主にパルクール・サバイバルトーナメント向けのアイテムではなく、別のARゲームに使用するガジェットが売られている。



 同時刻、彼が入ったビルとは正反対にあるアンテナショップではちょっとした確認を行っている人物がいた。

「そのガジェットは非公認ガジェットと言う事で、パルクール・サバイバルトーナメントには使用できません」

 男性スタッフの目の前にいるのは、別のARゲームから参戦したと思われる男性プレイヤーである。

自分が使用しているガジェットでパルクール・サバイバルトーナメントへ出場できないか、と言う単純な用件を尋ねるはずが――。

「他のARゲームでは相互利用可能なガジェットが、パルクール・サバイバーでは使用できない。これは明らかに矛盾しているような気がするのだが」

 男性プレイヤーの方も後には引かない気配だ。

その後、別の人物が姿を見せて2人の仲裁をしようとしている。この人物は過去に色々なARゲームでランカーと呼ばれていた上条静菜(かみじょう・しずな)だった。

「パルクール・サバイバーではARゲームの汎用ガジェットは使用できないのは事実だが、ここはスタッフに従った方がいいと思う。他のARゲームプレイヤーが同じような人物と思われたくなければ――」

 上条が忠告をするのだが、男性プレイヤーは忠告を途中で無視する形でアンテナショップを出て行った。

強行出場でも考えているようであれば運営に密告する事も可能だが、そこまでして彼のプライドをズタズタにするのも違うので、それはさすがに止める。

「あなたも参加者でしょうか?」

 スタッフが上条にエントリーに関して尋ねるのだが、彼女は単純に通りすがりであり、レースに参加する意思もない。

結局は彼女も数分後にはアンテナショップを出て行った。

「珍しい客が来る事もあるな」

 イケメンと言うには微妙な身長170辺りのインナースーツを着た男性が、スマートフォンで何かの書類をまとめている。

それを受付へ見せて確認しようと思ったが、最初に今回の一件に関する事情を聞く事にした。そして、説明を求められたのでスタッフも事の顛末を彼に説明する。

「なるほど。別のARゲームAで使用しているガジェットを、パルクールで使用できないか尋ねたのか。確かに、違法ガジェットではなく一般で流通しているガジェットだから、ARゲームをベースにしたパルクール・サバイバルトーナメントでも使えなくもないか」

 彼は同じ事を自分もやるかと尋ねられたら、それにはNOと答える――とスタッフに言う。

自分はあくまでもパルクール・サバイバルトーナメントの参加者であり、他社製の他ゲーム用ガジェットを使ってでもクリアしようという考えはない。

一応、パルクール・サバイバルトーナメントのルールで勝ってこそ価値があるとだけ答えた。他にも色々と語りたいような気配だったが、正体バレが怖い為にその辺りは語らない。

「我々としても、不十分なデータだけでGOサインを出す訳には行きません。大事故になってからでは遅いのは、ロケテスト等の時に自覚しているはずですので」

 スタッフも他社のガジェットを持ち出してロケテに参加しようとしたプレイヤーが、権利はく奪された事件があった事を彼に話し、今回の事に関して理解を求めた。

しかし、彼は楽観的すぎる事もあって――本当に信用出来るのか不安だった。

「残念だが、俺はあくまでもランカーとは敵対勢力。しかし、他のARゲーム勢が資金節約の為に何が起こるか分からないガジェットを持ち込むのは、関心はしないが」

 何か意味がありそうな一言を残し、彼はアンテナショップから姿を消した。

後に男性スタッフが顔に見覚えがあったのでデータを確認した所、他のレースへ参加予定だった人物である事が判明する。



 午後1時20分、南千住近辺でレースが行われようとしている。

プレイヤー数は16人のフルゲート。しかし、見慣れないガジェットを装着しているメンバーが数人いた為、レース開始は遅れていたのだ。

「申し訳ありませんが、再確認をしますので――」

 メカニックスタッフが男性プレイヤーのガジェットを確認する。違法ガジェットであれば最初のチェックは通過できない。次に異常を示す表示をするとすれば、違法なチェック外しがされている事を証明する事になる。

【ガジェットに異常数値は検出されませんでした】

 スタッフのタブレットに表示されたのは、正常な数値である事を示すメッセージである。

結局、彼は特に違法なガジェットを持っていないという事でスタート前チェックは通過した。

それでも疑問を抱く人物はいるのだが、それでもチェックに異常が見られない以上は――問題なしと判断される。

「当たり前だ。ガジェットが異常を示すのは、超有名アイドルファンによる違法改造やチートプログラムが組み込まれている物に限定される。このガジェットには、そのようなプログラムは組み込まれていない」

 5番のナンバープレートを付けたガジェットを装備しているプレイヤー、彼はアンテナショップで上条と話をしていた人物でもあった。



 5分後、レースの方はスタートしたが――3名が違法ガジェット所持と言う事で失格となり、13人でのレースとなった。

当然だが、チェックを通過した5番のプレイヤーは失格対象ではない。

観客の中には、彼もチートプレイヤーなのでは――と疑う人物もいる中、疑惑のレースがスタートしたと言える。

「このハンドガンの威力、甘く見るなよ!」

 先頭を走るプレイヤーに対し、彼はハンドガンを向け、その銃口からは高出力のメガ粒子が放たれた。

メガ粒子を使う武器はパルクール・サバイバルトーナメントでは認められていないはずなのだが――。

「馬鹿な、メガ粒子だと!?」

「あれだけの武装、どう考えてもFPSゲームから持ち出されたガジェットじゃ―」

 先頭の2名はメガ粒子を回避できず、ガジェット損傷でリタイヤとなった。

この光景を見た観客も悲鳴を上げ、更にはレース中断の為のセーフティーカーを呼び出す手配もされていたのだが、決定的な証拠もないので呼び出せない状態である。

「パルクール・サバイバーでも過度でなければ、戦闘行為は認められる。つまり、その範囲内だ」

 その後、5番のプレイヤーがトップとなり、1キロと言う短距離レースは彼の独走が光るという結果になった。

「あのメガ粒子砲、反則じゃないのか?」

「選手を過剰に攻撃するような物でなければ、攻撃は認められている。ただし、オーバーキルは失格対象になるが……」

 観客の方も、今のメガ粒子砲に関しては反則の一種だと薄々感じている。

それを踏まえると、彼が独走する事に関しては納得できない人物もいた。観客の疑問は、ある意味でも現実となってしまったのである。



 午後1時30分、今回のレースに関して審議を行っている所だった。

原因はチートの使用ではなく、更に違う部分なのが周囲を驚かせる。おそらく、あのメガ粒子砲が審議対象であると観客は思っているだろう。

『1着になった5番のプレイヤーに対し、違法ガジェット使用の審議を行った結果、違法ガジェットは確認できませんでした。しかし、レギュレーションでは設定されていない未知のガジェットを使用したとして失格処分となりました』

 失格理由は違法ガジェットではなく、パルクール・サバイバーと互換性を持たないガジェット、つまり未知のガジェットの使用という説明である。

これには異論を持つプレイヤーが多かった。当然、5番のプレイヤーも抗議を行い、自分のガジェットが違法でないと主張した。

「超有名アイドルファン等が使う違法ガジェット、それが失格対象になるのは分かっている。だからこそ、このガジェットを使用した。それでは失格対象になるのか?」

 今回の抗議を簡略化すると、ランニングガジェットのレンタル料金等を節約する為に別のゲームで使用しているARガジェットを使用した……と言う事らしい。

料金節約部分を堂々と言う訳にはいかないので、一部はオブラートに包んでいるようだが――。

「しかし、運営の決定は覆らない。違法ガジェットではないが、公式で認められたもの以外を使う事の意味する物、それはチートと変わりない可能性がある」

 周囲が納得する理由を求める中、提督の一人がマイクを片手に一連のガジェットに関して説明を行う。

今回使用されたガジェット、それはARゲームでは『正規の物』であり、違法流通しているガジェット類とは全く違う。

この点に関してはチェックを逃れた理由の一つにもなっている。チェックのシステムがARゲーム全てで共通と言う事もあるのだが。

しかし、このガジェットにはランニングガジェット及び専用のガジェットと決定的に違う個所があった。

それはパルクール・サバイバーでは正式に認められていない物――と言う部分である。

つまり、公式発表で言う『未知のガジェット』とは、この事を意味していた。

発見が遅れたのは、このガジェットが武器としての機能を持っていなかった事も理由の一つだろう。

ガジェットにダメージを与えられるような物であれば、スタート前のチェックで異常を感知して報告が来る。

それもなかったという事で、運営がガジェットの照会をレース後に行い、その結果として失格に類する行為だったという判定になった。

違法ガジェットでのランキング荒らしに該当する行為ではなかった為、今回は失格処分のみでスコアは有効と言う結果になったのだが、それでも一部の選手が不服なのは変わりがない。

「メガ粒子の発射に関しては、別ガジェットと併用された物であり―今回のチェックとは別問題となりますが、これも放置する訳には行きません――」

 その後も提督の説明は続くと思われたが、他のレースもあるので簡単にまとめる事にした。

『今回使用されたガジェット、これにはチート能力が一切なかった事がチェックに引っ掛からなかった原因です。今後としては、違法ガジェット以外に関しての緩和も検討するような流れになるかもしれません』

 この発言に関してはネット上で早速拡散され、それに関して議論が白熱する。

チートでなければ他作品のガジェットの持ち込みも可能なのか、と。

ネット炎上までに至らなかったのは、自分達の無知を全国に晒して一部勢力が上げ足を取る事を防ぐ意味合いがあったのだろう。

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