エピソード12《実技試験》
午前10時30分、ゲームセンターに姿を見せていたのは上条静菜(かみじょう・しずな)だった。
彼女がゲーセンに姿を見せた理由は音楽ゲームをプレイする為である。
今回は特に依頼もなかったので、久々のオフと言う可能性も否定できない。
「センターモニターか――?」
上条がセンターモニターの前を通り過ぎようとした時、そこに表示されたのはあるパルクール選手の映像だった。
それを見た上条は通り過ぎるのを止める。その人物に見覚えがあった訳ではないのだが、気になる動きを見せていた事も理由の一つだ。
モニターに表示されていた選手はランスロットと言うコードネームの選手、この名前自体は色々なゲームでも使われているので、単純な名前被りという可能性もある。
しかし、上条は彼の動きに関して何か見覚えのある物を感じていたのだ。
動き自体は他の選手も行うような物だが、微妙な挙動に対して上条は何かを感じ取っている。
「あれは別のARゲームでも見た事のある動き。もしかすると、あのランスロットの正体は……」
上条は何かの確信をしていたようだが、今は別の用事が先である。
その為、レースの結果を見ることなく音楽ゲームコーナーへと向かった。
「あの挙動は、明らかに銃剣の部類を使用しているようなアクションだった。それに――」
その後、ランスロットはネームドプレイヤーで1位を獲得、このレースでは2位以下に30秒近く突き放すような記録を叩きだしたのである。
このプレイには賛否両論が出る可能性もあるかもしれないが――。
「仮にARブレードアクションで見かけたランスロットと同一だったとしたら、サバイバーにも他のARゲームと兼任のプレイヤーが増えるきっかけにもなるかもしれない」
彼女が向かう先、そこにはアンテナショップがあった。
ARウェポンを扱っている店舗だが、ここで扱うのはパルクール・サバイバーではない。
【あのランスロット、他のARゲームでも見かける名前だが、同一人物か?】
【同一人物とは違う可能性は否定できないが……名前だけで判断するのは危険だ】
【能力、技術、ランカーレベルなどを総合的に判断する事。それが証明になる】
つぶやきサイトでは、ランスロットが偽者と考える人物もいた。
しかし、あれだけのスコアを叩き出せる人物が偽者とは考えにくいのも事実。
「あれで偽者と言うのであれば、トップランカーが意図的に名前被りをしてしまった事になる。それは……あり得ないだろう」
上条はアンテナショップで装備の準備をしながら、他のレースをチェックする。
そして、レース結果も踏まえてランスロットが本物であると確認した。
「これの正体を知っているのは……ごく一部だけだろう」
スタッフに封印を解除してもらったコンテナ、そこにはフレームだけでコクピットもむき出し状態の素体ガジェットが収納されていた。
これは俗にARフレームと呼ばれるもので、これにアーマーが装隠される事でゲームで使用されるARガジェットへ変化する。
上条がタブレット端末のプログラムを走らせると、素体ガジェットに白をベースとしたアーマーが装着され、更には複数の武器もマウントされていく。
完成したARガジェットのコクピットハッチ部分が開くと、上条はそこへと乗り込む。
「レーヴァテイン、スタンバイ!」
上条の一言で服装もラフなものから、ARゲームで使用されるジャケットに瞬間変化する。
その後、コクピットハッチも閉まり、レーヴァテインのカメラアイが光る。
上条は何かをチェックした後で、そのまま何処かのエリアへとホバーで急行した。
午前11時、西新井駅の近くにある特別なコース、ダミーの高層ビルを含めて本格的な物がコースとして設置されており、実戦向きとも言える仕様となっている。
このコースは――ARによるCGも含まれていたコースだった。高層ビルが一夜城の様にわずか数時間で準備できるはずもないだろう。
「君たちには、ガジェットに設定されたコースに従ってゴールまでのタイムを競ってもらう。コースに関しては隠しコースも存在するが、どのコースを走るかは――」
目の前にいる軍人を思わせるような外見の人物が説明をするが、コースの具体的な説明に関しては一切触れられていない。
もしかすると、コースを説明する気がないのではないか、と考える人物もいる位である。周囲の人物が、全てそうした考えではないのだが。
ライセンスを取る気がないのであれば、この場にはいない――と言うのはネット上でも言及される程にテンプレである。
「コースに関してはガジェットの方にデータが入っているので、そちらの方を参考にして欲しい」
コースを詳細に説明するよりは、自分達の判断でどのようなコースを利用して最短距離をはじき出せるか――と言った事を考えさせるためにコースを意図的に教えていないような話し方だった。
そして、そこから何かを読み取ったのは蒼空である。他のメンバーも何となくだが、理想のゴールパターンは1つではないと気付き始めている。
「おそらくは、タイムを競うという部分はブラフ。実技の目的は、パルクールの基本技術を習得出来たかを確認する為のテストか」
蒼空(あおぞら)かなでのように実技の意図を読み取る人物もいれば、単純に最短距離を走ればよいと考える人物もいる。
実技では実際のレース同様に最大16人で行われ、順位によって合格の是非が決まるとも言っていた。
しかし、この発言に関してはブラフの可能性が高いだろうか?
おそらくは、チートを使ってでも1位を取れれば良いと考えている人物を釣る為のトラップである可能性は高い――。
それぞれのメンバーはレンタルガジェットを装着しているのだが、このガジェットはアンテナショップで使用されている物とは異なる。
使用するユニットに関しては選択が可能であり、スピード、パワー、バランスの3種類から選ぶという物だった。
武装に関しては銃か剣のどれかしか選べないが――実技的には、基本武装を使える事が第一と言う事かもしれない。
「ガジェットは教習専用で、実際のレンタルガジェットやワンオフとは異なる。それでも、通常のパルクールを行う上ではチートと言われる可能性は高いが……」
教官の言う事に関しては何かの含みがあるように思えたが、そんな事は関係ないという事で半数以上のプレイヤーは含みも気にせずにガジェットを装着、実技開始を待つ。
実技と言っても――1位にならなければ不合格という様なものではない様子だが――?
午前11時5分、スタンバイしていたメンバーが一斉にスタートする中、蒼空はスタートせずに出遅れた。
しかし、単純にシステムエラーと言う訳ではなく、集団の様子を見ているようにも見える。
スタートをしなかったのは蒼空だけではなく、もう一人いた。蒼空を見つめるのは、実技用バイザーとアーマーを装備した人物、体格からすると女性にも見える。
「君は実技の目的が――」
蒼空が彼女に質問しようとした時には、既に姿がなかった。一体、彼女は何を伝えようと考えていたのか?
既に集団はコースの4分の1は通過していると言う。いつまでもスタートせずに情報収集をしても不合格になる訳ではないが、制限時間は設定されている可能性がある。
これは実技コースが現状で少ない為、ライセンスを取ろうとしている他の生徒を捌けないという事にも関係しているのだが……こちらが遠慮すべきなのかは分からない。
「この先へたどり着く事が出来れば、全てが分かるかもしれない」
蒼空は真相を掴もうと考えていた。超有名アイドルに対抗できるコンテンツとしてのパルクール・サバイバルトーナメント。
しかし、物事には完全無欠と言う物は存在しない。下手をすれば完全無欠がチートとして判断されてしまうからだ。
超有名アイドルがチート認定されている現状、それが意味している物も同じかもしれない。
あまりにもライバル不在の状況が続く状態、それをやらせと判断するのか、あるいはマッチポンプとして判定するのか……それは誰にも分からない。
しかし、超有名アイドルが無双を続けている現状を良く思わない勢力が存在し、徹底抗戦をしている事は想像に難くないが。
5分後には蒼空も走りだし、ルート検索後に最短ルートを進む。
そのルートは他の参加者や先ほどの女性が取ったルートとも大幅に異なる。
運営側の狙いを蒼空が先読みしたと思われるのだが、実はこれが裏目に出てしまう。
【コースを外れています。直ちに所定コースへ戻ってください】
バイザーに表示される警告メッセージ、それは初心者向けの場合に表示されるコースアウト警告。
初心者用ルールの場合、この警告を無視すると別のインフォメーションメッセージ表示後にカウントが始まる。
10カウント以内にコースへ戻るか、コースへ戻る意思を見せないと失格となるのだ。
「やはり、実技では初心者ルールに設定されているのか?」
しかし、蒼空は警告を無視してビルとビルの間を飛び越え、更にはホバリングを駆使して壁けりを繰り返したショートカットを披露する。
ガジェットがなければ、おそらくはアクロバット判定で失格になっているだろう。
そして、パルクールでは推奨されないアクションである事も事実――何故、こうしたアクロバットを禁止にしたがるのかは定かではないが、ネット炎上が目的とは考えにくい。
「なかなか面白い事をするプレイヤーだ。こちらの意図を先読みしての行動だろう」
教官室では教官や実技担当の審査員等が中継ポイントに設置されたカメラ、ステルス迷彩を搭載した特殊なカメラ搭載ラジコン、更にはパルクール・サバイバーの中継用カメラを駆使して撮影されている映像を確認していた。これだけのカメラが設置されている事にはプレイヤーも気づいていないだろう。
「他のプレイヤーは中継ポイントのカメラやピンポイントで配置されたカメラマンを発見できても、ステルス迷彩仕様までは見つけられない。しかし、あの人物は他にもカメラがある事を分かっていて行動している」
教官は蒼空がそうした情報を仕入れ、それからスタートした事には高く評価をしている。
しかし、その一方で受付をしていた提督は、蒼空の行動に関して疑問を持つ箇所があると教官に指摘する。
「彼の行動は、まるでパルクール・ガーディアン等を意識しているかのように見えます。書類を見る限りではARゲーム経験者の様ですが、いわゆるチートと言われる人間でもなければ、ランカーに代表されるような常識外れの能力を持っている訳ではない。単純にオールラウンダーと言う事ですよ」
提督は蒼空の経歴等を見たうえで客観的な話をする。入れ込み過ぎても――出来レース等の類と思われるからだ。
しかし、客観的とはいえど蒼空の能力を過大評価している訳ではない。
ほぼ同時刻、先ほど蒼空に姿を見せた女性が別回線でメッセージを送っていた。
その場所は監視カメラ等が撮影できない電波障害エリアであり、このエリアではランニングガジェットのナビも使用できないエリアでもある。
【例の勢力が紛れているのは決定的の模様】
メッセージはショートメッセージで書かれており、この他にもいくつかの暗号化されたデータも送られていた。そのデータを見たガーディアンは別の意味でも驚いた。
「これが、パルクール・サバイバーの真実なのでしょうか?」
男性スタッフは隣にいた小松提督に質問をしようとしたが、彼は全く答えるような気配ではない。
おそらく、想定外の事が向こうで起こったと言うべきなのか。その情報を確認した小松提督は指令室を出て行き、別の場所へ向かう。
「全ての始まりは、あの時からだったのか……」
ある提督は指令室を出た所で、ある事を思い出していた――。
先頭グループからも出遅れている状態であり、スタッフも蒼空の様子を見て、実技は不合格になるのでは……と考えている部分はあった。
「自分でも分かっているつもりだ。パルクール・サバイバルトーナメントも、他のARゲームも派閥が存在するのは宿命だと」
先頭集団に追い付こうとしている蒼空は考えていた。
結局、一つのゲームで全員が同じ考えを持ってプレイしている訳ではなく、それこそ十人十色の思考や楽しみ方を持っていると言う事を。
それは、自分が過去に経験した事にも共通しているが――。
単純に攻略本を片手にプレイするようなゲームでは、単純に作業ゲーと言うプレイヤーもいるだろう。
だからこそ、ARゲームが誕生した――そう思うプレイヤーは多いだろうか?
しかし、そうした考え事を抱えたままでレースをしたとしても、良い結果は生まれないとも言える。
そして、そんな彼が第1チェックポイントへ辿りついた時、ある光景を目撃する事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます