エピソード11《ライセンス》
4月6日午前9時30分、蒼空(あおぞら)かなでが姿を見せていたのは西新井にあるショッピングモール内の施設だった。
今回の目的は、パルクール・サバイバーのライセンスを取る事である。
ショッピングモールは準備中のエリアが多く、コンビニや朝市と言ったエリアのみがオープンしている状態であり、本当にARゲームの施設があるのかも疑わしい。
蒼空が周囲を見回すと、あるエリアだけが長い行列を作っていた。その行列はかなり物であり、人気の高さを物語る。
その行列の先にある施設こそ、パルクール・サバイバルトーナメントのライセンスを取る為の施設だった。
「書類が完成した方から番号札に書かれたエリアへ向かって下さい」
男性スタッフが拡声器を片手に列の誘導を行っている。割り込み防止や悪質な転売屋が整理券を入手すると言うケースを防ぐ為、様々な対策を取っていた。
その詳細に関しては、他社にまねされる事を防ぐ為に企業機密――というわけでなく、あっさりと公開して情報交換を図っているようだ。
その中で蒼空は別の入り口から普通に施設へ入る。彼の入った入り口には『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙があった。
蒼空とは別に列を作っている先にあるのは通常の入り口であり、こちらの方は入場規制もある位。
そう言った状況の中、蒼空が入口からまっすぐ進むと、そこには何処かの提督の様な恰好をした人物が受付窓口にいた。
窓口の上には『資格停止者、再交付専用』と書かれている。ここで正しいのか――若干の疑問もあるが、とりあえず聞いてみる事にした。
「こうしたケースは非常に珍しいのだが……スタッフの手違いがあったとはいえ、こちらもルールブックを破って特例を出す訳にはいかない事情がある。そこは理解して欲しい」
ライセンスの確認をしていなかったのはアンテナショップのスタッフであり、蒼空は完全に不可抗力でいきなり免許発行停止を受けたのである。
蒼空の持ってきたのはわずかな資料であり、大体の資料は既にアンテナショップ側が窓口へ提出済だった。責任はアンテナショップ側にあると言う事で、出来る限りの対応をした事なのかもしれない。
「君は既に別のARゲームで使用するIDカードを持っている。別の条件でパルクール・サバイバルトーナメントのライセンスを発行する事は可能だ――」
提督もパルクール・サバイバルトーナメントと略す事なく、各種説明を丁寧に行う。
実際のパルクールと混同すると言う事での名称だが、こうも長いと略称を浸透させた方が早いのでは……と蒼空は考える。
「あの、パルクール・サバイバーの略称は使わないのですか?」
「それは現状では対応できない……と言うべきか」
蒼空の一言を聞いた提督は『それはできない』と言う。長い用語を使うよりは、短い方が何かと便利とは思うのだが。
しかし、出来ないと言った理由として、『パルクール・サバイバー』があくまでもファンの間で広まっている名称であり、こちらが使う訳にはいかないという事らしい。
某有名RPG等でも略称が存在したりするが、あくまでも『パルクール・サバイバー』と言う略称は公式で使い始めた物ではない事が、運営に略称の仕様を躊躇させている可能性は高いようだ。
「こちらも色々と手探りの部分があって、ユーザーの要望を柔軟に取り入れる基盤が出来ていないのが現状です」
提督は理由の一つに、運営がユーザーの要望を取り入れるような環境が出来上がっていない事を説明する。
ランニングガジェットに関しては、実際のパルクールと混同される可能性で採用したとも説明したが……真相は諸説あって把握できていないのが正解なのかもしれない。
最後に、蒼空はアンテナショップで受け取ったタブレット端末をどうやって使うのか説明を聞こうとしたが、提督は本来の受付へ向かうように指示をした。
ここはあくまでも自動車でいう所の違反切符専門の受付であり、免許の交付等を行う受付ではない。
蒼空に関しては特例が重なったという事情があって、一般受付ではなくこちらの受付を通る必要性があっただけである。
「君の場合はアンテナショップへの問い合わせが必要だったのだが、普通であれば一般受付で書類を作成するようになっている。書類に関しては、こちらで作って向こうへ回すように手配するから、一般の受付側にある機械で受付するといい」
提督が指を指す方向には券売機位の大きさの端末が5台置かれている。
そこに行列が出来ているようにも見えるが、何かを待っているのだろうか?
午前9時35分、蒼空が端末の前に立つと、そこにはタブレット端末を所定の場所へタッチするように指示が出る。
その後、端末をタッチすると端末の画面に番号札が転送され、7番と表示された。
どうやら、7番の部屋へ行くようにと言う指示らしい。これが一種の予備整理券であり、転売防止の意味合いもある。
大型端末にはタブレット内の書類データを読み取り、空席状況等を確認して適切な整理券を発行すると言う機能があるようだ。
「7番の部屋は、ここか……」
蒼空が部屋の中へ入ると、既に数人の免許を取ろうと考えている人達が椅子に座っていた。
タブレット端末のチェック、スマートフォンでサイトを見ている人物もいる。
しかし、スマートフォンは持ち込めるが通話に関してはできないようになっているようだ。
電波妨害と言う訳ではなく、テストでカンニングされるのを防止している――と言う事らしい。
その後も生徒達が指定された部屋に入って行き、しばらくした所で教官と思われる男性が部屋に入ってきた。
服装に関しては、受付にいた提督と同じようにも見える。おそらく、あの服装が施設の制服と言う感じだろうか。
「これで全員か――」
教官が持ってきたタブレットで生徒の確認をする。
どうやら、彼のタブレットにはこの部屋にいる生徒の名前が全て登録されているようだ。
午前9時40分、基本知識講習がスタートした。真剣な表情で話を聞く者もいれば、そうでない者もいる。
それらの生徒を個別で注意することなく教官は授業を続けていた。
教官によっては指導方法も違う可能性があるが、それがこちらに当てはまるかは定かではない。
「パルクール・サバイバルトーナメントでは、さまざまなコースを走ります。その一方で注意しなくてはいけない事があります。それは、決められたコース以外の箇所を走る事。レースによってはショートカットも認められていますが、初心者向けのレースでは規定コースのみとなっており――」
この訓練を受けていない者は基本的にランニングガジェットの使用は認められていない。
一部の例外は存在するのだが、その例外に当てはまらない人物が免許なしでガジェットを運用すると警察に逮捕という事態に発展する。
逮捕の事例としては無免許、違法ガジェットの不正所持及び不正使用、自動車で無免許運転をすると逮捕されるケースと同じと教官も説明していた。
今回の講習では簡単な基礎知識のみでメインは実技である事も言及された。
自動車免許に関しては講習だけでもかなりの時間を使うのだが、パルクール・サバイバーは特別なのか――と蒼空は思う。
一部エリアに関しては一部ジャンルに限っているという制限付きで、ARガジェットのライセンスなしでのプレイも認められている。
ARガジェット自体は機能としてもパソコン並みと言う事もあり、安価で入手出来る事もセールスポイントになっているだろうか。
「従来のパルクールでは、危険を伴うようなアクロバットを行うグループも存在していました。しかし、サバイバルトーナメントではそうしたアクロバットプレイを防ぐ為、ある物を開発いたしました。それが、ランニングガジェットです」
教師の背後にあるホワイトボードに表示されたのは、パルクール・サバイバルトーナメントで使用されるランニングガジェット――その一体と言える。
しかし、そのデザインはSFアニメ等で見られるようなパワードスーツにも似ている。これには、どのような狙いがあるのか?
デザインと言うよりは、ARゲームで使用されるフレームユニットにアーマーを装着させたという気配も感じられた。
「どうして、スーツのデザインがそのようになったのですか?」
蒼空とは別の席に座った人物が質問をする。蒼空はその人物の方は振り向かず、そのまま教官の方を見ていたが。
確かにそれも一理あると考えた教官は、質問に答える事にした。
「デザインに関しては運営側にデザイナーが数名いたので、そこから実用的な物をいくつか採用しております。この辺りは公式ホームページにも記載されておりますが、その経緯に関しては我々も把握しておりません」
他にも色々と質問が来たのだが、こちらでは回答できない物が多いという事で省略されたようだ。
中には超有名アイドルから裏金をもらっているのでは――とか、ソーシャルゲームの様なアイテム課金制度ではないのか――と言うのもあった。
そう言った部類はガイドラインに書かれていたような気配もするのだが、今のタイミングで蒼空は確認する事はしなかった。
「次は、こちらに関して説明する」
次にボードへ表示されたのは、一見するとモデルガンにも見えるが――。
その一方でなりきり系の玩具にも似ており、一部では銃刀法違反とみられるケースが多い。
これに関しては、ガジェットに組み込んでいるシステムで銃刀法違反と認識されないようになっていらしいのだが、詳細に関しては説明されなかった。
「そうした事情もあって、最初の頃にはロケテスト反対運動も起きたのはご存知の方もいるだろう。ランニングガジェットは安全であると保証されているのに、こうした事が起こるのは説明不足から発生する。それは、どの業界でも一緒だ」
その後、譲歩案としてランニングガジェットは免許制という事で許可を得たという事が説明される。
パルクールでも稀に目撃されるアクロバットを認めない事、超有名アイドルによるありとあらゆる物の私物化が進んでいる事等も話され、気が付くと前半の30分は終了した。
午前10時5分、蒼空はトイレへ向かった後に指定された別の部屋へと入る。
そこには既に教官がスタンバイしており、生徒の数も50人近くが座っている。蒼空の席は一番後ろの方だ。
「次に覚えてもらう事、それはパルクール・サバイバルトーナメントの運営が行っている事についてです。最初に、こちらをご覧ください」
先ほどの部屋と同様にホワイトボードが設置されており、そこにはコンクリートに亀裂の入った道路、破損した電柱、折れ曲がったガードレールの写真等が表示されている。
「これらの写真は、ランニングガジェットによって発生した事故による物です。自動車同士の事故よりも事態は深刻化しており、保険会社もパルクール専用の保険を売り出している位です。CMも流れているのでご存知の方もいるかもしれません」
教官から語られた衝撃の真実、それはパルクール専用の保険が存在する事だった。
マニュアルには、商業化に関しては運営の許可が必要と書かれていたような気配がする。
そして、ARゲームでの事故も発生数が増える度に問題視され、遂には保険会社が専用保険を作ったという話も言及された。
「それに加え、運営が整備していないコースを走る事は、住民にとっても迷惑になるケースが発生します。ガジェットの重量等もあって、運営が整備していない場所を走るとコンクリートが破損、家の屋根が壊れるケースもあります」
道路のコンクリートは年に何回か整備が必要になるのだが、パルクール用の道路には特殊なコーティングがされており、かなりの重量負荷がかかっても破損しないように調整がされている。
しかし、コンビニ等の施設にはコーティング対応が出来たとしても、個人の自宅にまでは対応出来るかと言うと難しい。
そして、ガジェットに重量が存在する事も初耳だ。
「これらの整備をする費用は、テレビのCM、関連グッズの販売、スポンサー収入等で得た利益で運用されています。いわゆるアイテム課金に代表されるソーシャルゲーム方式や超有名アイドルの展開しているような商法では、パルクールを正常運営する事は不可能なのです」
この他にも色々な話があり、30分の講習×2回、実技1時間の合計2時間でライセンスが発行される。
2時間通しで即日にライセンスを発行してもらう人もいるのだが、講習を2日間、実技を3日目に受けるというようなケースでも可能である。
この辺りは現在のニーズに応えているような気配を感じる。
ただし、実習に関しては合格しなければライセンス習得は出来ない仕組みであり、単純にゲームにおけるチュートリアルとは違う。
講習に関しては3000円で受ける事が出来る。比較的に安い買い物と見るが、これを高いと見るのかはユーザーによるだろうか。
実技不合格の場合の再受験に関しては2000円の別料金が発生するのだが、これさえ受ければアンテナショップでガジェットを購入する事も可能となる。
ライセンスを持っていない場合はアンテナショップでレンタルガジェットしか運用できない。
初回のみ体験プレイでレンタルガジェットを使うのであれば、費用的にはレンタルの方が安上がりになるだろう。
レンタルでもランニングガジェットを初めとした大型タイプはライセンスが必要なので、本来であればアンテナショップ側で確認を行うらしい。
しかし、実際にプレイヤーとして参加する場合は何度もレンタルガジェットを使うより、ライセンスを発行して自前のガジェットを用意した方が安上がりとなる。
レンタルガジェットと言ってもピンキリであり、ジャンルによってはライセンス不要とライセンスが必要になる物も存在する。
ジャンルと言っても、ごく簡単なARゲームはレンタルではなくガジェット端末の購入が必須であり、レンタル不可のガジェットも存在していた。
一方で、いわゆるランカー専用と呼ばれる特殊ケースのガジェットは例外であり、必ずしもカテゴリーに当てはまらない装備もあるらしい。
ランニングガジェットに関しては免許がないと使用できない事は、ここでも言及されていた。
他のガジェットはライセンス不要と言う装備もあるのに――である。
「最近になって、ガジェットを悪用した犯罪、チートの運用等も目立っています。これらに共通するのは背後に巨大な組織がある事です……」
「ARガジェットの様な便利な道具は、時として犯罪に悪用される可能性が大きい。それに加えて、一度でも犯罪に悪用されれば、そのレッテルは永遠に消えない事もあります……」
「その昔、ドローンや無人機等でも犯罪に悪用されるという理由だけで一方的な規制法案を強行しようとした事もありました。そうした道を、ARガジェットがたどるのは……我慢できません」
彼の方も個人的な私情をはさみたい所だが、そんな事をしても根本的な解決策になるとは考えにくい。
不満はあるのだが、単純にARガジェットを大量破壊兵器へ転用すべきではない事は共通していた。
「その巨大組織とは、超有名アイドルですか?」
この話を切り出した教官に対し、挙手をして質問をしたのは蒼空だった。
しかし、教官が答えを言うような事はなく、そのままチャイムが鳴って講習が終了。
これに関してチャイムに助けられたのか、それとも別の理由があったのか……教官が真相を語るような事はなかった。
そして、蒼空には教官が理由を語れない理由の予想が出来ていた。
それを踏まえて、あえて質問をぶつけていたのである。どのような意図で質問をしたのかは彼にしか分からない。
「巨大組織か――」
別の受験者は何かを考えているようでもあった。彼は実技は別の日に受けようと考え、受付へ予約日時を問い合わせる為に向かう。
彼は超有名アイドルに興味すら沸いていないようだが、蒼空の質問を聞き少し疑問を持つようになる。
「何が正しくて、何が間違っているのか――あるいは本来は正しい物を間違っていると排除しようとしているのか?」
彼の名前は無名――今は名前を知らずとも、後に分かるであろう人物。
一体、彼は何を一連の事件に当てはめようとしているのか、定かではなかった。
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