エピソード10《ナイト・レース》
午後5時、パルクール・ガーディアンはさまざまなエリアをチェックした結果、複数のアイドルグループ関係者を逮捕する事に成功、そこからさまざまな裏金作りの実態が判明する。
『先ほど、芸能事務所複数に対して逮捕状が――』
【予想通り】
【予想通り】
【予想通り】
【予定通り】
【予定通り?】
つぶやきサイトでは間違い探しを思わせるような書き込みが複数発生する程、今回の事件が大きい事を物語る。しかし、これで事件が全て解決したわけではないのは百も承知だ。
「サイトの反応も予想通り。今回の事件によって、超有名アイドルや芸能事務所に潜む闇が明らかになる事の方が大きい」
自宅の居間にある大画面テレビでニュースを見ているのは阿賀野である。
彼女はゲーセン巡りを終えた後は自宅へ戻り、コンビニ弁当をレンジで温め、それをつまみながらタブレット端末でニュース実況をチェックしていた。
「この闇が明らかになった事の意味、分からない訳ではないだろう。超有名アイドルがコンテンツを独占する事は、政府与党を増長させ、そこから惨劇へ発展する事は確定的に明らかだ」
レンジで温めた弁当はのり弁当なのだが、じゃがいものコロッケとちくわ天、焼きそばがトッピングされた物。
コンビニオリジナルメニューとの事だが、コロッケの食感がサクサクでフライドポテトを思わせる食感も特徴だろうか。
「どちらにしても過去のアイドルが行っていたグレーゾーンを国会で公認させ、そこで得た資金で政治家へ献金する―そう言った事が平気で行われ、それに異論さえも唱えない」
阿賀野はテーブルに置かれた緑茶のペットボトルに口を付ける。
その後はテレビのチャンネルを別の番組に合わせるのだが、そこでも同じようなニュースが報道されている。
「パルクール・サバイバーがコンテンツ業界を変えると言うのであれば、本当の意味で変えて欲しい所だ」
彼女の目には何かに取りつかれたような気配も受け取れる。
何が彼女を超有名アイドルが悪の存在だと決めつける事になったのか。
それがアカシックレコードと関係があるのかどうかも、本人にしか分からない。
午後6時、この辺りになると空も暗くなっている。その中でもパルクール・サバイバルトーナメントは行われていた。
むしろ、ナイトレースにこそ真髄があると言うネット掲示板のコメントもある位である。
ナイトレースでは太陽光充電が使えない為、チェックポイントにはバッテリーゾーンと言うピットが設置されていた。
ピットの使用は任意であるのだが、バッテリー切れはリタイヤを意味する為、補給のタイミングはレースを制するのにも重要な要素であるのは間違いない。
バッテリーゾーンでの戦闘行為が確認された場合、該当者は失格になる為に――昼のレースとは違って迂闊な行動は自殺行為だろう。
それに加え、ナイトレースではビルの駆け上り等と言った一部アクションは制限されている。
これは近隣住宅の騒音問題に配慮した物になるのだが、別の理由として夜間の視野が狭い状態での危険なアクションは事故につながる事も含まれている。
装備にも制限が付いており、いわゆる暗視ゴーグル機能が禁止されている。これにも理由が存在し、圧倒的なアドバンテージが取れると言う物だ。
しかし、暗視ゴーグル自体が犯罪に悪用される可能性もあっての制限と考える人物も少数だが存在するのは事実。
ARゲームのジャンルによっては暗視ゴーグルの使用が認められており、サバゲのようなジャンルでは使用が容認されているのも現状だ。
この辺りは、ARゲームのジャンルごとに色々とあるのかもしれないが。
「さすがに夜間では年齢制限も付けられるから、一部のネームドプレイヤーはいないか」
「ネームドだけではない。ランカーの中には午後5時台までしか参加しないプレイヤーもいる。理由は人それぞれだが、夜間専用ランカーもいる以上、仕事の都合かもしれない」
2人の男性は雑誌の記者で、スポーツ雑誌を担当している。
今回は珍しい競技が行われているという事で取材をかねて梅島近辺にやってきた。
「夜間となると、観客も少ないように見える。屋内観戦がメインなのか?」
「パルクール・サバイバルトーナメント専用の観戦スペースは存在するが、それでもプレミアム会員限定だと聞く。一般客の場合は、他の店舗でスマートフォンでの観戦がメインかもしれない。あるいは、防寒装備で観戦するとか」
「それにしても、パルクールと言うと夜間には行わないイメージがあるのだが、サバイバルトーナメントの方は夜間にも行うのか?」
「サバイバルトーナメントは基本的に午後10時まで行われる。それ以降はコースメンテナンスや道路解放等が行われる。朝は7時からと言うケースが多いようだが―」
2人が話をしている内にレースが始まり、12人のプレイヤーが夜の街を走り抜けていく。
午後7時、あるアンテナショップではレンタルガジェットの整備が行われていた。
お客も50人位が入店しており、繁盛をしているように見えるのだがメインはナイトレースの観戦だ。
さすがにビールを片手に――と言う人物はいない。ほとんどの人物はお茶やホットコーヒーが多い。
ARゲームの観戦をメインにしたスポーツバーがあれば、そちらではアルコールも提供されているのかもしれないが。
「データを確認しましたが、恐ろしい人物ですね」
店員の隣でガジェットのデータを確認していたのは、スタッフの連絡で駆け付けたスタッフだった。
「自分達も正直言って驚きました。まさか、あの仕様書で調整したガジェットをライセンス未所持のプレイヤーが――」
「ライセンス未所持?」
男性スタッフのさりげない発言を聞き――彼は真相を聞こうとする。
そして、スタッフはその経緯を自分が知る範囲で話す。
スタッフの方もアンテナショップからの情報程度と前置きしている為、出回っている情報は少ないだろうか。
事情を聞き、その経緯にも驚いたのだが――それを現実に起こした蒼空に関しても興味を持ち始める。
「Aという格闘ゲームをプレイしていた格闘ゲーマーがBというシステムの似た格闘ゲームに対し、初プレイなのかと驚かせる連続コンボを披露する等と言う一例もあります。もしかすると、彼も元々はパルクール経験者なのでは?」
「それは違うな。後日、IDのゲーム履歴を見せてもらったらしいのだが、それらしいゲーム名はなかったらしい。本物のパルクールプレイヤーだったら、協会の方でも認識しているはずだ」
男性スタッフは別のゲームをプレイしていた事で、超絶テクニックを出しやすかったのでは――と考えた。
「それにしても、あの仕様書は阿賀野菜月(あがの・なつき)を想定していたカスタマイズなのに、アレをあっさりと動かせるなんて」
男性スタッフは阿賀野専用にカスタマイズしたガジェットを動かして見せた蒼空に対し、驚くしかできなかったのである。
その後も彼は色々と聞こうとしたが、修理の手が止まるのを理由に深く言及するのを避けた。
どちらにしても、彼は西新井には来るだろう――ソレは確実である。
午後10時、最後のレースも終了してパルクール・サバイバルトーナメントの1日は終わった。
この後は一部道路における通行止めエリアの解放、パルクール専用エリアの道路舗装やシステムメンテ、レンタルガジェットの修理、日間ランキングの集計などで忙しくなる。
この辺りをメインとしたアルバイトも募集しており、時給もそこそこよいらしい。
ある意味でもARゲームは様々な部分で経済活性化を進めている存在と言えるのかもしれないが――。
本来であれば24時間プレイ可能環境を作る事は可能だったらしいが、技術面で不可能と言う事で午前8時から午後10時までの時間を設定した。
年末年始は休業にせず、元旦に個人大会を開催する事も可能だ。それほどにARゲームに関しての環境が整えられたと言うべきだろう。
これにはコンテンツ推進プロジェクトも関連していそうだが、公式発表は出ていないので何処まで関連しているのかは不明である。
【これほどのシステムを持っているのに、何故に日本はパルクール・サバイバルトーナメントをコンテンツ推進プロジェクトから外したのか?】
ネット上では、パルクール・サバイバーが日本のコンテンツ推進プロジェクトから外された件について議論が展開されていた。
これに関しては別のARゲーム等でも議論になった事があり、それが浮上する度に『超有名アイドルが日本を代表するコンテンツであると誰もが信じている』と冷ややかなムードになる事が多い。
それでも、パルクール・サバイバーに関してはプレイ人口が増えていくにつれて注目されていき、色々な所でニュースになる事もあった。
この辺りを有名税と考える人物もいたが、それはそれでさみしいというファンもいる。トータルバランス的にも難しい課題だ。
【結局、ネット炎上や炎上マーケティング、風評被害はどのようなコンテンツでも起こりうる――それらに対するリスク管理をしたとしても】
【どの世界でも、どの次元でも同じような事件は起こると言う事か】
【絶対回避は不可能ではないのだろう?】
【しかし、ありとあらゆる事象を操る事が出来たとしたら――それは神と同じだ。それこそ、マッチポンプなどを疑われる】
しかし、この辺りはどのようなコンテンツでも起こりうることであり、それを完全回避する事も難しい。
超有名アイドルでも襲撃事件が起こった際には様々な賛否両論が展開され、その度に言われてきた単語がある。
その単語が浮上しない事に対し、阿賀野はある陰謀があるのではないか――と考えだした。
「アカシックレコードを『なかった事』にしようという超有名アイドルの圧力が、今回のパルクール・サバイバーで展開されようとしている」
アカシックレコード、ネット上では存在するはずがないと否定されている存在、それがどのようなものかは諸説あるのだが、未だに実体は掴めていないのが現状だ。
果たして、アカシックレコードは阿賀野の作り出した造語なのか、現実にあるのか――真相は不明である。
しかし、類似した存在に関しては過去に存在していたとするウィキの記述があり、完全なフィクションでない事は裏が取れていた。
それでも阿賀野の言う様な存在であるかどうかは、現状では否定されている。
午前0時を過ぎたあたり、アンテナショップの一部は24時間営業等の特別な事情がない限りは閉店している事が多い。
ただし、深夜ではARゲームはプレイできない為、ガジェットの返却などが主な業務だろう。
それを狙ってガジェット強盗が出没しそうな雰囲気もあるのだが、それを行おうと人物はいない。
ガジェット自体が転売不可と言う物であり、下手にオークションへ流せば即座に逮捕、足が付いてしまう危険性があったからだ。
「ARゲームは安全だけでなく、防犯にも力を入れているという冗談混じりなつぶやきもあったが――」
深夜バイトの男性スタッフがつぶやく。ネット上では防犯にも力を入れているというつぶやきもあるのだが、実は真実だったという事で驚くユーザーは多い。
まるで、想定できるであろうリスク回避を行ってからARゲームの運営開始を――という意図さえも感じる物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます