リズム・リズム・〇〇リズム! (下書き)

 石レンガの道を走る。足音が軽快なリズムを奏でる。

 晴れた日には、こうやって外を走ると気持ちがいい。

 今日は年に一度のお祭りの日。あちこちから音楽が聞こえてくる。

 わたしはたくさんのリズムを浴びながら、必死に貯めたお金を握りしめて、目的のお店へと走った。

 そうしてお店が見えてきた時、派手な衣装を身にまとった男の人が入り口にいるのが見えた。

 腰にはトランペットを2本差している。


「おや、楽士がくしさんじゃないか!でも見ない顔だね、この町の人じゃないだろ?」


 店主のアトルおばさんが、男の人に話しかけた。


「よく分かりましたね!その通りです、僕は今日初めてこの町を訪れました」

「それじゃ、例の挨拶をしようじゃないか。…音楽と魔法の町、メロウピアへようこそ!年に一度のリズムフェスティバル、楽しんでいきなよ!」

「おぃーっす!んじゃあまずはこの店の楽器の品揃えから…」


 男の人がわきわきと腕を動かして店を見回していると、後ろから強そうなおじさんがやってきた。衣装を見ると、この人も楽士さんなんだろうか。正直、そうは見えないけど…

 そのおじさんは、ずんずんと体を揺らしてお店の中へ入っていった。


「トラーン!また貴様は楽士団を抜け出してうろちょろと!」

「ひぇっ!」

「新米のくせに団の手伝いもせずほっつき歩いて…今度同じことがあったら我が団を追い出すぞ!」


 強そうなおじさんというイメージは、怖そうなおじさんというイメージに塗りつぶされてしまった。

 トラーンと呼ばれた男の人は、すっかり縮こまっておじさんの後ろをぴょこぴょことついていっている。かわいそうに。

 2人を見送ったわたしは、アトルおばさんのお店に入った。


「いらっしゃい…ってマリーじゃないか!お母さんは一緒じゃないのかい?」

「今日はわたし一人だよ!ねぇ、楽器売ってよ!お金だってあるんだよ?」

「うーん…マリー…あのね」

「なんでなんで?おばさん楽器屋さんでしょ?なんで楽器売ってくれないの?」

「それは私があなたに楽器を売らないよう頼んだからです」


 わたしの頭の上から、厳しいトーンの声が降ってきた。

 アトルおばさんが「あーあ」みたいな顔をしている。


「…お母さん」

「楽器はダメって、うちのルールで決まってるでしょう?何度も言ってるじゃない」

「でもお母さん、ここはメロウピアだよ?楽士さんの町だよ?」


 楽士。

 それは、音楽で魔法を操る職業。

 美しい旋律を、楽しいリズムを奏でて、人々を楽しませ、魔物と戦う。

 この町の子どもなら、誰だって一度は憧れるはずの職業。


「ダメなものはダメです。うちに楽器を持ってくることも許しません。ほら、帰りますよ」


 わたしはそれ以上は何も言えず、すごすごとお母さんについていくしかなかった。

 ちょうどさっきのトラーンさんのように。



「♪〜」


 わたしの宝物の楽譜を見ながら、鼻歌を歌う。

 わたしが本当に小さい時にもらったその楽譜に書かれたメロディーは本当にきれいで、わたしを楽士の道に進みたいと思わせるには十分だった。

 でも、お母さんはそれを一回も許してはくれなかった。

 きっと、楽士じゃなくて、王国のアカデミアに行くことを望んでるんだと思う。

 たしかに、そっちのほうが将来は安定した仕事に就くことができる。

 でも、夢を追えないのは悲しい。


「はぁ…」


 何度目かわからないため息が出た。

 そうして、わたしは楽しげな音楽が聞こえてくる窓の外に目を移して――


「やぁ」


 ――男の人と目が合った。

 その男の人には、わたしも見覚えがある。というか、さっき会ったばっかりだ。


「トラーンさん!?」

「シーッ!お母さんに聞こえちゃう」


 トラーンさんは、あわてて口に人差し指を置いた。


「ど、どうして、ここに?」

「いやー、実は楽士団を追い出されちゃってね」

「え、えぇ…?」


 この人、またうろちょろしたんだろうか…


「そ、それで、なんでわたしに話しかけたんですか?」

「いやー、実はさっきのやり取り見てたんだよね」


 トラーンさんは軽く笑いながら言う。


「団追い出されちゃったしどうしようかなーって思ってたんだけど、そしたら君を見つけたから話しかけてみたってわけさ。気になってたんだ、きっと君は何度も怒られながらも楽士を目指そうとしてたんだろ?僕も楽士の端くれとして気になっちゃったんだ」

「わたしは…昔、この楽譜をもらってから、メロディーがきれいだなって思って、これを自分で演奏してみたくて…」

「ふーん、なるほどなるほど…ん?」


 トラーンさんは、楽譜を見て目を丸くした。


「こ、これは…まさか、いや…」

「え、えぇ?なんですか?」

「君、僕に提案があるんだが…僕と一緒に来て、楽士の修行をしないか?」

「え!?楽士の!?」

「そうだ。僕は楽士としては新米だけど…まあ結構優秀な方だし、お金もあるから君を世話するくらいはなんてことないよ」

「で、でも…」

「ずっとやりたかったんだろ?大丈夫、君には間違いなく才能がある。保証する、命をかけてもいい」

「い、命なんて…」

「どうだい?君だってずっと楽士になりたかったんだろ?いい話だとは思わないかい?」


 普通に考えて、怪しい。

 怪しいけれど、その言葉には魅力があった。

 この人についていったら、楽士になれる。


「幸い、僕はトランペットを2本持ってる。片方は予備だったんだが…ついてきてくれるなら君にあげるよ。君だけの楽器だ」

「わたしだけの、楽器…」


 殺し文句だった。

 楽器を手に入れることは、ずっとずっと願ってきたことだったから。


「…行きます!わたし、ついていきます!」

「よしきた!そうと決まったら、さっそく家出だ!さ、窓から出て!」

「ま、窓から!?」

「服や靴はあとで買おう。今はさっさと逃げ出そう!」

「わ、わかった!」


 わたしは裸足で石レンガに飛び降りる。

 日差しに照らされた部分は熱くなっている。


「靴ないけど…走れる?」

「走れる!」

「ならよし!この町をとりあえず出てしまおう!さよなら、音楽と魔法の町メロウピア!僕らはもっと強くなってくるよ!」


 アトルおばさんのセリフをちょっと変えて、トラーンさんはメロウピアに別れを告げた。


「隣の町まで行くよ、いけるね?」

「うん!」


 わたしは、突然始まったその旅に心を躍らせていた。

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