コトノハの夜
「…なんだあの人」
「どうかしたか?どこにでもいる普通の女子高生じゃん」
「馬鹿め、あんなキレイな身なりした女子高生がこの国にいるわけないだろう、どの時代だ、もしくはどの国だ」
「…まあ、いないとは言い切れないけどこんなド田舎じゃまず見ないわな」
「てかあれが女子高生の年齢であるという保障はどこにもねえぞ」
俺たちはそんなバカなことを呟きつつ帰路についていた。
「んじゃまたな、
「おうよ、
金井と別れて、俺は田んぼの間を進む。
やがてその不思議な女子高生(?)とすれ違う。
そのとき。
「Ja, jel sen axis... j...jam, etaz axis sovek?」
「へ?」
その女子高生…略して(?)女の子が話しかけてきた。
「あー…すいません、もう一回言ってくれませんか?」
「Est!? Jel axizen Aspolpaanjisto!?」
「あ、あすぽ…ええ?」
「...Aag, etaz axizen Aspolpaanja...? 」
…顔立ちは日本人なのに、どうやら日本人ではなかったようだ。
しかも話してくるのは英語でもない。
さてどうしたものか、せめて今夜まで彼女を引き止めておく術はないかと思案していると、彼女の腹が可愛らしい音を立てた。
彼女は赤くなったかと思うとお腹をおさえてうずくまり、涙目でこちらを睨みつけた。かわいい。
「まあ、その、なんだ…飯くらいは食わせてやるから、とりあえず来るか?」
俺は彼女の肩をトントン叩いて、家を指し示した。
「ただいまーっす」
「おかえり
「ただいま母さん…聞いて驚け、この娘日本人じゃねえ多分」
「えぇ…意思疎通できない娘を連れてきてどうするってのさ」
「それがな、腹減ってるみたいだからなんか飯でも食わせてやってくれ。腹鳴ってたからな」
「あら、そう…なんか余ってたかねえ、なんとか上がらせて待ってな」
「あいよ、善処します」
俺はそう答えて靴を脱いでみせた。
彼女の履いている靴を指差し、玄関を指差す。
次に自分の足を指差し、靴を脱いでいることをアピールする。
なんとか通じたのか、彼女は靴を脱いで俺についてきた。
リビングの椅子に腰を下ろして、彼女にも着席を勧める。
これも通じて、彼女も腰を下ろした。
やはりボディランゲージなるものは偉大だ。
以前学校の先生が、英語の成績が1だったがthisとかそのへんの小学生レベルの語彙でアメリカを旅した猛者の話をしていたが、大切なのはコミュニケーションを取ろうとする努力なのかもしれないと、改めて痛感した。
なんだかこれだけで就活通れる気がしてきた。
まあそんなバカなことを考えつつも、俺はなんとか最低限のコミュニケーションを取ろうとした。
まず自分を指差す。
「スルガ ケイ」
次に台所にいる母さんを指差す。
「スルガ フミコ」
その次に飾ってあった家族写真を持ってきて、父さんを指差す。
「スルガ ゴロウ」
そうして彼女を指差す。
すると彼女は自分を指差して、「私?」みたいな表情をした。
俺は首を縦に振った。
「Aa...Ez axis Alen Riin.」
「エザクシスアレンリーン?」
「Nav, Nav! ...Alen Riin!」
どうやらアレン・リーンが彼女の名前らしい。
エザクシスは多分「私の名前は」とかそんな意味を持ってるんだろう。知らんけど。
一応確認しよう。
「アレン・リーン?」
俺は彼女を指差して問う。
「Jeis, jeis! Ez axis Alen Riin!」
彼女は嬉しそうに言った。
イェイスとかいうのはたぶん「はい」だろう。Yesに似ている。
とするとさっきナフナフ言ってたのは否定だろうか。
「はい」がイェイスで「いいえ」がナフだろう。
…知らない言葉を想像で補うのはかなり難しい。コトノハの夜が今日でよかった。
それまではなんとかこれで意思疎通を図ろう。
そのためにはできるだけ言葉を知っておいたほうがいいが…
「え、えーと…エザクシススルガケイ」
とりあえずリーンの言葉を真似して話してみた。
「Ke, Kei!? Sel eek am hediit Aspolpaanjin!?」
リーンがいきなり興奮気味に聞いてきた。多分、聞いてきていると思う。
「あ、ああ…?ええと、多分、ナフ」
「Wesf...」
リーンは落胆的にそう言って、椅子に凭れた。
そのタイミングで、母さんがご飯を持ってきた。それも二杯。
「え、なんで二杯?」
「せっかくだからあんたも食いな、同じ釜の飯を食えば通じることもあるでしょ」
「そういうもんかね…しかしおやつに白米は人生初だな…いただきます」
俺はそう呟き、箸を持ってご飯を食べ始めた。うん、塩が効いててうまい。
「Eh...A, Aa...」
リーンは箸に四苦八苦しつつ、見よう見まねで持とうとするが、落としてしまった。
「Aa, Efs dex ez kles!」
リーンは落ちた箸を拾おうとして、頭をテーブルにぶつけてしまった。
「Uuaa! ....Aa, ua...」
「だ、大丈夫か…?というか母さん、スプーンない?」
結局、リーンはスプーンにも四苦八苦しつつ米を美味しそうに食べた。
「って、もう日が暮れてんじゃん…やっぱ早くなってきたな」
「あれ?景、今日って例の日じゃないの?」
「そうだよ、コトノハの夜だよ、コトノハの夜」
「Kotonohanojolu axis sovol au?」
「ん?もしかしてコトノハの夜を知らない?ほんと、どこの娘なんだ…?まあすぐわかるから、10分くらい待ってて」
俺は手でジェスチャーした。
それが通じたのか、リーンはそのまま待った。
そして10分後、俺は部屋の電気を消した。
「Ua, e!?」
リーンが驚いているのを尻目に、俺はカーテンを開ける。
田舎特有の明るい月明かりが室内を照らす。
「…さて」
俺はリーンに向き直り、手を広げた。
「コトノハの夜へようこそ」
…決まった!これはかっこよく決まったはず!
「えっ…ええっ!?」
リーンが困惑する。
「やっぱりケイ、アスポルパーニャ語話せたの!?なんでさっきいいえって言ったの!?」
「ま、まあ落ち着けリーン…コトノハの夜、やっぱり知らなかったんだな?」
「そ、そうよ…なんで言葉が通じてるの?」
「なんで…と言われても、コトノハの夜だからとしか言えないな…月に一回、あらゆる言語の『壁』がなくなる月夜があるんだよ、それがコトノハの夜」
「え、ええ…私にとっては、それはヒトが空を直接飛ぶのと同じくらい非現実的よ…」
「そ、そんなに変か…?というか、本当にコトノハの夜がないところから来たのか?」
「え、ええ…」
「だとしたら…もしかして異世界転生とかそういうのでは?非現実的だけど」
「それは非現実的…と言っても、この『コトノハの夜』を見せられた以上は何が起きてもおかしくは…」
「だからコトノハの夜はべつに異常現象では…まあいいか。そんなことより」
俺は本題を切り出した。
「コトノハの夜が終わる前に、何かしらルールを決めよう。もしリーンに拠り所がこの世界になくて、それでいてここで暮らして行くんだったら、言葉が通じなくても大丈夫な手段が必要でしょ?」
「え、ええ、そうね…」
その後、俺はリーンを連れて家中を案内して、設備の使い方やこの国での常識などを教えた。互いの言語の文字も見せあい、アルファベットとの対応表を作った後、日本で暮らすための会話集のようなものを作ることを約束した。
そうして次の日。
「Aa, esteril lkuit ardezen...」
「悪いな、何言ってるかわかんねえ」
当然言葉は通じなくなっていた。
しかし、ルールを作ったので生活に困ることはない。
リーンは戸籍を取得し、俺の手助けで学校にも通えるようになった。
俺たちは互いにアスポルパーニャ語と日本語を学び、会話もできるようになっていった。
この奇妙な生活がいつまでも続く保障はない。ラノベみたいにある日突然魔王がリーンを取り戻しに来るかも知れないし、異世界からこの国へ侵攻があるかもしれない。
それでも、俺はこの、コトノハの夜を切掛に始まった生活を楽しんでもいいんじゃないかと思っている。
-END-
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